2-2

「よし、班分けはこれで大丈夫だな。それじゃあ、次に各班リーダーとサブリーダーを決めてくれ」


 ダブルブッキング事件が発覚してから早半日近く経とうとしていた。結局、千波さんに正直に伝える覚悟が決まらず、気がつくと『ごめん、今日用事できちゃったから先に帰ってて』とお茶を濁しまくりなLINEを送って延命措置を図っていた。正直に伝えた上で、大塚が言うように誠心誠意謝罪すれば千波さんは笑いながら許してくれることはなんとなくわかっている。けれども、(可愛い)女性との約束を破るという非モテ男子にとって許されざる行為と、キャンプよりも千波さんとのデートを優先したいという往生際の悪い思いが重なり、謝罪それを邪魔していた。


「だってよ関。どうするよ?」

「――え? ごめん、聞いてなかった」


 不意に大塚に話しかけられる。タカムーが壇上で何かを話していることは認識していたが、別の処理で精一杯だった俺の脳は肝心の話の中身までは理解してくれていなかった。


「お前なー。サクッと決めて部活に行きたいんだから、頼むぜ」


 大塚は呆れた顔でため息をつく。


 放課後に流れ作業で班分けのクジを引いた結果、まさかの大塚と同じ班になった。こういうのを腐れ縁と言うのだろうか。まぁ、交友関係が大して広くない俺にとってありがたいと言えばありがたいんだけども。


 一班あたり男三人、女三人の構成で、男のもう一人はまだあまり絡んだことがない木原きはら貴幸たかゆきという、良くも悪くも目立たないポジションの生徒だった。オーバル型の黒縁眼鏡が醸し出すまったりとした雰囲気とは裏腹に、その奥にある黒眼がギラリとしていてどこかアンバランスに感じた。女三人の方はというと――


「校内イケメン四天王の一人である大塚君、人気急上昇中の関君と同じ班だなんて……私、今年のクジ運全部使い果たしちゃったかも……」

「こら早希さき、それ木原君のこと軽くディスっちゃってるから」

「そんなつもりじゃ……木原君はあれだよね、なんかミステリアスな感じ!」


 ……などと意味不明な盛り上がりを見せるこちらの二人の女子。名前は確か……背が高い方が福吉ふくよし早希さきで、少しふっくらしている方が井田原いだわら美幸みゆきだったかな? 俺の女子データベースが火を噴くぜ。いや、火を噴いちゃだめなんだけどね、システム障害的に考えて。


「もう、早希も美幸もふざけてないでちゃんと話し合おう? ほら、大塚君急いでるみたいだし」


 先の二人と比べると至極まともなことを澄んだ声でさらりと言ってのけるこの女子は――相変わらず、相変わらず、ゆるく結いた栗色の髪がとても艷やかで。


「もう、ひよりんってば相変わらず真面目なんだから。……あ、もしかして大塚君にアピールしてる?」

「なっ……なんでそうなるのよ」

「あれ、違った?」

「んー、でもひよりんのその反応……ということは――」

「あー! あー! さ、早くリーダーと副リーダーを決めましょう?」


 ひよりんと呼ばれた女子――清藤きよふじ緋依ひよりは、福吉井田原ペアにからかわれると慌てた様子で誤魔化して、なぜか俺の様子をちらちらと伺う。……伺う相手、間違ってますよ? この三人、休み時間でもつるんでるところをよく見かけるし仲良さそうだな。


 清藤さんと言えば――数少ないちょいちょい会話するクラスメート(女)だったんだけれども、千波さんと一緒に廊下を歩いているところを見られた辺りから若干の気まずい空気が流れるようになった気がする。まぁ、俺が自意識過剰なだけかもしれないが、このタイミングで同じ班になるとは……クジ引きの神様、ドSかよ。


 清藤さんの話を聞いてようやく今何をする時間なのかを把握した俺は、とりあえず仲間に入れてもらうべく口を開く。


「リーダーってことなら……大塚でいいんじゃね? 頭良いしコミュ力あるしカリスマ性あるし……認めたくないけど顔良いしモテるし」

「……最後の方のは別に無理して列挙してもらわなくてよかったが。うーん、どうするかな」


 断腸の思いでストレートに褒めてヨイショしてリーダーを押しつけるつもりだったのに、あろう事か大塚は歯切れの悪い反応を見せる。あっれえ、俺の渾身のヨイショ返してもらえます?


「別に俺がやってもいいんだけど……今回は、最近調子がすこぶる良さそうな関にリーダーを譲りたいと思う。みんな、どうかな?」

「……は?」


 俺が調子良い? 何の冗談だよやめれくれ。ダブルブッキング事件で苦悩の真っ只中だっつーの。


「あ、それいいかも! 関くん、見た目よりもしっかりした感じだし、ちゃんとまとめてくれそう」

「アウトドアな行事だし、男子が仕切った方がスムーズにいくかもね。大塚君が関君を薦めるなら、間違いないだろうし」

「ぼ、僕もそれでいいと思う……」


 …………はぁぁぁ?


 何言っちゃってんのこの人たち。自分がやりたくないからといって適当な台詞並べちゃってさ。井田原さん、褒めてくれてるつもりかもしれないけど、見た目よりってのは超余計だよね? 福吉さん、君にとっての大塚は何なの? 神なの? そして木原、お前に至っては俺の何を知ってて肯定してるんだよ。


「賛成多数、と。決まりだな。じゃあ関、よろし――」

「――いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って」


 お兄さん! ……じゃなくて、なに数の暴力で押し切ろうとしてるんだよ。そんなものに俺は決して屈しないぞ。


「なんだ関。何か不満か?」

「不満か? って……」


 そんな不思議そうな顔して聞くな大塚よ。何かっつーか、全部まるっと不満だよ。不満しかねーよ。


「ここはその、機会の平等ということでジャンケンをだな――」

「――私、」


 血と汗と涙の歴史の中で、人類の英知が生み出した〝ジャンケン〟という最強の機会均等ツールのプレゼンを行おうとしたところ、一人の女性が俺の前に立ちはだかった。


「関君がリーダーをやってくれるなら……サブリーダーは、私がやるよ」


 …………え?


 プレゼンの邪魔した上に、何そのわけのわからない前提条件……その条件って本当に必要でしょうか? 再検討いただけませんかね? つーか、あなた今俺の中の気まずい人ランキング第一位独走中なんだんだけど―― 


「おお、マジで? 助かるよ、

「……ふふ。ひよりん、なかなかやるね……」

「二人とも、色々と大変かもだけどよくしくねー!」


 ……え? え? ええっ?


 なんだこの有無を言わせない流れ。つーか木原、なに勝手に議論の場から降りて安心仕切った顔してんだよ。まだ議論は終わってないぜ? 議論しようぜ議論、ディスカッションをたっぷりとよぉ。


「え、いやでも、俺リーダーとかしたことないし……帰宅部だし、頭とか顔も悪いし……」


 こうなってしまったらもう形振り構ってられない。良い感じに面白くない自虐ネタを披露して、ドン引きされつつフェードアウトするという高等テクニックを披露する時が来た!


「大丈夫! 私がちゃんと関君のことフォローするから。あと、後半はあんまり面白くないからスルーしとくね!」


 ……いや、別にそういうことを求めてるんじゃないんです。あとスルーと言いつつしっかり拾ってくれちゃってますよね……?


「決まりみたいだな。――高村先生、リーダーとサブリーダーが決まった班はどうすればいいですか?」


 おかしいな。俺の意思確認は一切なく物事が進んでいく。


「おお、もう決まったか。この後、日程の詳細と要所要所で必要な作業について説明するから、リーダーとサブリーダーは引き続き残ってくれ。残りのメンバーは解散でも構わん」

「わかりました、ありがとうございます!」


 裏ではタカムーとか呼んで小馬鹿にしてるのに、なんだそのいかにも優等生っぽい振る舞いと爽やかな笑顔は。……って、そんなことはどうでもいい。もう一回、もう一回なんとか議論の場に皆を戻さなければ――


「つーわけで、申し訳ないけど関と清藤さん、あと頼んだわ。部活行ってくる」

「あ、うちも部活行くー! ごめん、二人ともよろしくね?」

「ひよりん、ふぁいと……!」

「ぼ、僕もそろそろ帰ろうかな……」


 ばたばたと帰宅準備をして足早に去って行く班員の方々。あっれえ、記憶違いじゃなければ俺リーダーやるなんて一言も言ってないんだけどな……。大塚、部活行きたさで強引に進めすぎだろ。今度覚えてろよ。……そして木原、お前は確か俺と同じで帰宅部だったよな?


 受け入れがたい現実を目の前にするも、ギリギリまで粘って現実逃避することを決意しかけた時、ふと清藤さんに視線をやると――


「――一緒に頑張ろうね、関君!」


 ぐっと拳を握って微笑むその姿があまりにも眩しすぎた。あぁ……負の感情が浄化されていく。

 気まずさとかそういう余計なものを全部捨て去って、さっさと現実を受け入れるのも悪くないと思えた。


 ――教室の窓から吹き込む生暖かい風を感じながら……苦悩が少しだけ頭から遠のき、もう一つの夏が始まる予感がした。

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