ユニコーンの背に乗れちゃいました!


 翌日、いつもよりもっと早くに起きた私は今、ややフラフラの状態で教会の入り口に立っています。

 昨日はアンドリューが長居出来ないからと、あれからすぐに解散したのだけど……。今日のことが心配すぎて、緊張で仕事も上の空になりがちだったし、一睡も出来なかったのだ。


 だって! 現国王が私を捕まえようとしているんだよ? 国王だよ? 国で一番偉い人だよ!? 怖いに決まってる!!


 私が鍵である以上、現場には向かわなければならないし、よく考えたらそれをあと八人分繰り返さなければならないのだ。しかも曲者揃いらしいし、それを思うだけで眩暈がする。


「エマ様、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」

「う、うん。なんとか……」


 そのせいでシルヴィオはずっと心配顔。ただの寝不足だから本当に申し訳ない。自己管理の出来ない脆弱な人間でごめんなさい。

 すると、心配そうな顔をした人がもう一人、気遣って声をかけてくれた。


「すまない。私の都合でこんなに早い時間にしてしまって」


 アンドリューだ。人に見られてもすぐに王太子であるとバレないよう、フード付きのマントと鼻まで隠れるマスクをしているけれど、心の底から申し訳ないと思っているのがよくわかる目と声色だった。


「いえ! 忙しい中、一緒に来てくださるだけでありがたいです。それに、この時間の方が人目もなさそうですし」


 私たちがしようとしていることは、今はまだ公に出来ないのはわかっていますからね! もう少しだけ幻獣人を増やし、安全な拠点を確保してから国民に知らせるのが一番だと昨日も聞いたし。

 今の段階では、現国王派に知られた場合に阻止される可能性が高い。けど、ある程度の幻獣人が復活すれば阻止も難しくなるからって。しばらくはスピード勝負って感じみたいだよね。はぁ、早く安心したい……。


「別にオレだけでもよかったのに」

「お前は気に入らない、というだけでリーアンの解放まではせずに戻りそうだからな」


 やや拗ね気味のシルヴィオは、アンドリューの返した言葉にわかりやすく舌打ちをした。

 リーアン? もしかして、ドラゴンとは違う別の幻獣人かな。聞いてみるとそうだ、との肯定が返ってくる。


「セキの地区には二人の幻獣人様が眠っておられる。場所はわかるのだが、その二か所のうちどちらがカノアでどちらがリーアンなのかまでは把握していないのだ」


 どのみち解放をするからいいものの、出来れば最初はカノアであってほしい、とアンドリューは言う。なぜなら、一刻も早く安全な場所に避難出来る保険がほしいからだそう。

 確かに、逃げ場があるのとないのとでは安心感が違うよね。私なんか、本当に鍵であること以外は足手纏いもいいところなんだから。


「……ねぇ、アンドリュー。あの頭ハッピー鳥野郎だけは封印したままにしません?」

「そういうわけにはいかないだろう。一刻も早く幻獣人様を増やすのが今の目的だぞ? それに、リーアンの火力は禍獣の王を倒すのに必要不可欠だ」


 なんだろう、会話が不穏。そして頭ハッピー鳥野郎とは。

 いずれわかることだろうけど、不安になるからやめてほしい。


「むぅ……。オレにもっと戦う力があればよかったんですけどね。戦闘はそこまで得意ではありません」

「シルヴィオには唯一無二の能力があるだろう。さらに存在価値を上げてどうする」

「エマ様のことはオレだけで守りたいんですっ! はぁ、禍獣の王さえいなければ一人でも問題ないのに。迷惑な存在ですよ。本当に」


 唯一無二の能力? 幻獣人にはそれぞれ違った能力があったりするのかな。ドラゴンも空間を司るって言っていたし。シルヴィオの能力も気になるな。


 とはいえ、今はのんびりと会話している場合じゃない。せっかく早起きしたのだからやるべきことをしないと。

 いや、いい子ぶった。さっさと終わらせたいっていうのが本音だ。


「え、えーっと、ちなみにここからはどうやって行くんですか? まさかまた空を……?」


 なので、会話が途切れたところで質問を挟んだ。緊張の理由はこの移動方法にもあるんだよね。

 前にアンドリューに連れられて空を移動した時は本当に怖かったから! 結局、あの時は教会に戻るのも空の移動だったもの。


 だから今回は出来れば空の移動は避けてほしい。とはいえ、他に移動手段がないというのなら覚悟を決めなくては。

 だけど、その心配は杞憂だった。


「いーえ! エマ様のことはオレが運びます。アンドリュー、絶対にエマ様に触れないでくださいね」


 シルヴィオがユニコーンの姿になって私を背に乗せてくれると言い出したのだ。

 良かったぁ、陸の移動なら安心……とはならない! 待って!


「わ、私、乗馬なんてしたことないです……!」


 そう、馬に乗るのってそれなりに技術が必要だよね? たぶんだけど乗ったことなんか一度もないよ? 絶対に落っこちる。

 けれど、シルヴィオは笑顔でこう答えた。


「大丈夫ですよ。オレを他の馬と一緒にしないでください。エマ様を落とすようなことは絶対にありませんから」


 それは、どういうことだろう。根拠もなく言ってるようには見えない。で、でも、騎乗技術がないのに馬に乗れるなんてことがあり得るの? ユニコーンだけど。


「本当に大丈夫だ、エマ。シルヴィオなら幼い子どもでも落とすことはない」

「え? それって……わ、ぁ!」


 アンドリューに言われても戸惑ったままでいると、突如フワリと身体が浮くのを感じた。失礼しますね、とシルヴィオが私を横抱きに抱えたのだ。ひえっ! 

 そしてそのまま、流れるようにシルヴィオが人型からユニコーンの姿へと変化し始める。あわわ……!


「空は飛べませんけど、速さならそこそこですよー。陽が昇り切る前にセキに入っちゃいます」


 気付いた時には、私はユニコーンの背に座っていた。急に視線が高くなって驚いた私は、慌ててなめらかなシルヴィオの白いたてがみにしがみ付く。よく見ると毛先が淡い紫色で、人型の彼の髪と同じ色だ。


「ふふっ、エマ様。オレは嬉しいですけど、そんなにしがみ付かなくても大丈夫ですよ? 身体を起こしてみてください」


 ユニコーンのシルヴィオがくすぐったそうにそう言うので、おそるおそる身体を起こしてみる。私が怖がらないようにか、ジッと動かずにいてくれているのがありがたかった。


「あ、あれ? 本当だ……。なんだろう、安定感がすごい」

「信じてもらえました? オレが心を許した相手なら、摑まっていなくても落ちたりしません。幻獣人、すごいでしょう?」

「う、うん! すごい。本当に!」


 これならどれだけ速くシルヴィオが走っても大丈夫だってわかる。身体が何か温かいものに包まれているような、そんな安心感があるのだ。


 これが普通の馬と幻獣人の違いかぁ。もちろん違いはそれだけじゃないだろうけど、感動しました!

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