次の幻獣人はドラゴンですか!?


 シルヴィオの怒りのオーラを受けて、アンドリューも硬く拳を握って一つ頷いた。


「長い歴史の中で、この世界を守り続けてくださったのは幻獣人様だ。現国王はその恩を仇で返そうとしている。彼らに、このまま永遠に眠り続けてもらうつもりなのだ。……とても許せることではない」


 アンドリューからも怒りのオーラを感じる。

 でもそれは無理もない、かも。これまで、その思想に最も近くで触れていたのは王太子である彼だから。

 かといって、反対派のアンドリューに詳細を知らせるわけもない。立場上、思惑を知りながら計画を止めることも出来ず、きっと誰よりも歯がゆい思いをしてきたんじゃないかな。


「それに、禍獣の王は道具などでは決して倒せない。あれを目の当たりにすればそんなことは誰にでもわかる。幻獣人様は、この世界に必要な方々だ。それが分かっていないのだ。なんとしても現国王の計画を阻止しなければ」


 禍獣の王……。それがどんな存在なのかは想像もつかないけれど、アンドリューが言うなら相当なのだろう。禍獣の王という単語を耳にしたシルヴィオも、黙って表情を硬くしていることから、本当に恐ろしい存在なんだってことはハッキリとわかる。


「そのために、我々がやることは大きく分けて二つ。一つは魔石に魔力を補充し、出来る限り早く国民に十分な数を行き渡らせること。もう一つは、禍獣の討伐だ」


 結局のところ、国民と言うのは目の前の問題をどうにかしてほしい、と願っているのだ。魔石を根こそぎ持って行き、現国王の信頼が落ちている今がチャンスだとアンドリューは言う。

 ここで信頼を得て、幻獣人に感謝の気持ちを持ってもらうって作戦か。不安に思っている国民の前に幻獣人が現れたら、安心してもらえるかもしれない。


 でも、その作戦は危うくもある気がする。人の気持ちは、簡単なことで揺れ動くものだから。


「最悪、幻獣人様や私が悪し様に言われても構わないのだ。出来れば悪く言うのは私だけにしてもらいたいが。たとえ糾弾され、石を投げつけられようが……それでも、禍獣の王の手に落ちるわけにはいかない。私は、一人でも多く国民の命を救いたい。それだけだ」


 ────だから頼む、シルヴィオ。


 頭を下げてそう告げたアンドリューの言葉は、シルヴィオには響いただろうか。私は祈るように彼の横顔を見つめた。


 シルヴィオはしばらくの間アンドリューと見つめ合った後、長いため息を吐いた。


「相変わらず、甘い考えなんですね。子どもの頃から変わっていません。正義感が無駄に強くて、頑固で」


 腕を組み、呆れたような目でそう言ったシルヴィオは、それからビシッと人差し指をアンドリューの鼻の前に突き出した。


「いいですか? オレは幼き頃の貴方の言葉しか聞くつもりはありません。世界を守りたいと願う幼い頃の貴方に、手伝うと約束してしまいましたからね。それを叶えるだけですから!」


 と、いうことは……? 思わずシスターと目が合った。たぶん今、私もシスターと同じように顔に喜色を浮かべていることだろう。


「シルヴィオ……! 感謝する」

「やめてください。今の貴方に感謝されてもまったく嬉しくありませんから」


 ガバッと勢いよく頭を下げるアンドリューに、プイッとそっぽを向くシルヴィオ。照れ隠しとかではなく、本気で嬉しくなさそうな様子には苦笑いしてしまう。


「それに、エマ様を安全な場所にお連れするのは賛成ですから。そのためにはアイツが必要になりますし」

「アイツ……?」


 忘れていたのですけどね、とシルヴィオは頬を掻く。

 なんでも、その朝露の館に行くには特別な扉を通らなければならないという。この世界にあってこの世界にない場所に館があるそうで、とある幻獣人がいないと決して辿り着けないらしい。……どういうこと?


「えっと。まずそのアイツ、というのは誰なんですか? それに、決して辿り着けないって……?」


 せっかく淹れてもらったのでお茶を飲もうとカップを持ち上げつつ訊ねると、二人がそれぞれ説明をしてくれる。


「アイツ、というのは空間を司るドラゴン、カノアだ」

「カノアはこの世界のあらゆる場所を自由に行き来することが出来るんです。空間と空間の狭間という、人には決して干渉出来ない場所にも、ね。朝露の館はそこにあるのです。あの場所なら絶対にエマ様が見つかることはありませんよ!」


 空間を司るドラゴンかぁ。……えっ、ドラゴン!? さすがは幻獣、といったところだ。

 でもドラゴンってアンドリューのような翼竜とは違うのだろうか。疑問を口にすると、あはは、とシルヴィオが明るく笑いながら否定した。


「ぜーんぜん違いますよ? 翼竜人はトカゲに羽が生えたようなものですし」

「魔法も使えず、実際その通りではあるんだが、一応私たちはドラゴンに最も近い眷属だぞ……」

「ま、他の種族よりも珍しいのは確かですねー」


 言い方! とは思ったけど、本人にはまったく悪気がなさそう。ただ、事実を述べただけというか、無邪気さを感じるから。こっちがヒヤヒヤするからとても心臓に悪い……!

 でもそうか、最も近い眷属ってことはやっぱり幻獣人に近い種族なんだね。


「魔石に魔力を補充するにせよ、朝露の館に移り住むにせよ、まずは他の幻獣人、特にカノアを早く解放しなければならない。早速だが明日、セキの地区へと向かいカノアを解放しに行きたいと思っている」


 う、明日か。急だけど、自分の身を守るためにも覚悟を決めないといけないよね。

 はぁ、もはや言っても仕方のないことだけど、大きな声で叫びたい。なんで私が鍵の聖女なんだろう。荷が重すぎるよぉーっ!

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