幻獣人の解放はダメだったの!?
「それって結局、聖女様と呼ばれるかどうかの違いであってお役目を果たしていることにならない?」
朝食の準備も終え、カラと一緒に洗濯をしていると、昨晩の話を聞いたカラにそんな風に言われた。
……確かに!
いや、いやいや、でも私はただの鍵だから! 幻獣人たちを解放するだけの鍵。要はいるだけでいい存在ってやつだ。
「そ、そんなことないよ。私、幻獣人を解放はするけど、束ねることは出来ないもの。ましてや一緒に禍獣を倒すなんて絶対に無理」
「それはそうかもしれないけど……」
カラはチラチラと、とある方向を見ながら言う。その視線の先を確認しなくても言いたいことはわかっている。シルヴィオのことを言いたいんでしょ? 彼はずっと程よい距離を保ちながら、ニコニコして私を見つめているからね!
朝の着替えを終えて部屋の外に出た瞬間から、ずっと私についてきているのだ。まるで鳥の雛のよう……。
何かすることは? とひたすら聞いてくるので、何かお願いする時は私が声をかけるから、と言ったんだけど。その結果、何も言わなくはなったもののこうして付きまとっては嬉しそうに微笑んでいる。い、居心地が悪い……!
シスターやカラは事情を知っているからいいけど、子どもたちは聞いてもよくわかっていない子がほとんど。不思議そうにシルヴィオを遠巻きに見ていたなぁ。話しかけたそうにしている子もチラホラ。
遅かれ早かれ誰かが突撃するだろう。大丈夫かな、って少しだけ心配。
でも、シルヴィオは私の言うことは絶対に聞くという姿勢だ。教会の人や子どもたちには親切にしてね、とお願いしたから問題ないとは思うんだけど。
そんな話をしていると、広場の方から子どもたちの「おねーちゃーん!」と呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらこっちに走ってくる気配。
カラと二人でそちらに目を向けると、子どもたちの中でも年長者であるアライグマのダニエルと狼のメアリーが何かを持ってこちらに来ているのがわかった。二人は私たちの前で立ち止まると手に持っていた箱をズイッと差し出す。
「これ、いつも光っていたよね? けどほら、今は光ってないみたいなの」
「大事な物だってシスターが言っていたから、心配になって……あっ、持ってきたらダメだった!?」
その箱は木で出来ていて、子どもたちの両手にギリギリ収まるかどうかの大きさだった。箱の蓋部分にビー玉サイズくらいの透明な石がはめ込まれている。なんだろう? 初めて見た……。
不思議に思って首を傾げていると、カラが血相を変えてその箱を受け取った。
「そんな、結界箱なのに! ほ、本当だわ、魔石の魔力が切れてる……」
結界箱……? あ! そういえば言っていたよね。基本的には幻獣人が封印されている近くは結界が張られているけど、いつその効力がなくなるかわからないからと、人の住む場所には結界を張る魔道具が設置されているって。
え、それじゃあ、今この教会を守るための結界を張る道具は使えなくなってしまったってこと?
「結界箱……? そ、それじゃあ、教会に禍獣が入って来ちゃうの?」
「う、嘘だろ、どうしよう……!」
しまった、カラの言葉を聞いた子どもたちが不安がり始めた。カラも慌てて口を押さえているけど、聞いてしまったものは仕方ない。ど、どうにか落ち着けないと! そう思って口を開きかけると、スッと私たちの背後に誰かが立ち、影を作った。
「入って来ませんよ、禍獣なんか。オレがいるんですから」
そして、その影の主は私の頭上でのほほんと微笑みながらそう言った。あ、そうだった。シルヴィオは幻獣人なんだった。
「え、えっと。私、まだよくわかっていないから教えてもらいたいんですけど。幻獣人がいるだけで結界が張れるんですか?」
「まさか。そこまで万能な存在ではありませんよ。ただ、弱い禍獣ならオレの気配を察知しただけで逃げて行くってだけです」
それじゃあ、弱い禍獣以外は入ってきてしまうってこと? あ、あれ? シルヴィオの封印を解いた時、結界も一緒に解けてしまったってことなのかな……?
私がそう言うと、ああそうでしたね、とシルヴィオが顎に人差し指を当てて事も無げに言う。
「結界は偶然の賜物なのですよ。でもまぁ、オレたちを封印したことで維持されていたんだと思います。それを解き放ってくださったわけですから……確かに結界はなくなりますね!」
「そ、それって、私! 余計なことをしてしまったのでは!?」
サッと血の気が引いていくのを感じる。封印は、解いてはいけなかったの? でも、幻獣人がいないと禍獣が減らないからじわじわ世界が崩壊していくって言っていたし……。
すぐにでもアンドリューに確認したいところだけど、彼は昨晩の内にすぐお城に戻ってしまった。立場上そんなに頻繁にはここに来られないって言っていたから、次に会えるのはいつになることやら。
うぅ、説明を全て鵜呑みにした私が悪かったんだ……!
「余計なことだなんて、悲しいことを言わないでください。オレは自由になれて、貴女に会えて、とても嬉しいのですよ? ……オレが何か、お役に立てることをすれば解放したことを喜んでくれます?」
シルヴィオは悲しそうに胸に手を当ててそう言うと、キョロキョロと辺りを見回した。
あ……。私、シルヴィオを傷付けることを言ってしまった。そうだよね、自分は開放されるべきじゃなかった、って言われたようなものだもの。大反省だ。
本当に私は余計なことばかり。どんどん気持ちが落ち込んでいく。
「お嬢さん、それを貸していただけませんか?」
「え、え? これですか?」
「ええ。すぐに済みますから」
なんて謝ろう。そう考えていると、シルヴィオはカラに結界箱を貸してほしいと丁寧に頼んでいた。物腰が柔らかくて、なんて紳士的なんだろう。カラも美青年なシルヴィオに微笑まれてほんのりと頬を染めている。すごく気持ちがわかる。後で語らいたい。
いやいや、そうじゃない。もちろんちゃんと反省してる。けど……何をするつもりなんだろう?
「見ていてくださいね、エマ様っ!」
シルヴィオはそう言うと、結界箱を片手に乗せて得意げに笑った。次の瞬間、ほわりと結界箱の透明な石が光り始める。えっ、光り始めた!?
『この国に存在する九人の幻獣人様。彼らは存在自体が魔石のようなものね。魔石に力を補充してくださるのも彼らなのよ』
あ、そうだ。シスターがそう言っていたじゃない。つまり今、シルヴィオは。
「はい、これで結界箱の魔力は補充出来ましたよ! これで教会には弱い禍獣以外も入って来られません! どうでしょう? オレ、貴女のお役に立てましたか? それとも、まだ足りないでしょうか……」
「し、シルヴィオぉ……!」
魔石に魔力の補充をしてくれたんだ。私はあんなに酷いことを言ったのに、彼はこんなにも親切。
「わ、わ、なぜ泣くのです? オレ、やっぱりお役に立てていませんでしたか!?」
「違う、違うよ、シルヴィオ……! ごめん、ごめんなさいぃぃぃ」
「えぇっ!? 今度はなぜ謝るのですか!?」
自分の行いに対する自己嫌悪と、それでも献身的に尽くしてくれるシルヴィオの優しさ。この涙の原因は、どちらの比重が多いのかな。
少なくとも私は、きちんとシルヴィオと向き合わなきゃいけない。そう強く思った。
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