寝起きのイケメンは心臓に悪いです


 陽の光を顔に感じた。眩しくて、思わず眉間にシワが寄る。その眩しさから逃れようと寝返りを打ち、薄目を開けると目の前に美しいご尊顔があった。


「おはようございます、エマ様! 良き朝ですよ!」

「……ひぇ」


 その美しいご尊顔の持ち主は、ベッドに両腕を置いて頬杖をつきながら飛び切りの笑顔で私にそう言った。妙な悲鳴が微かに漏れたのも仕方ないと思う。


「ここはとても居心地のいい場所ですねぇ。人も空気も清らかで! あ、一番清らかなのはエマ様ですけどね。オレ、ここ気に入っちゃいました。さぁ、エマ様。なんなりと御用を申し付けてください。貴女のためならなんだってしますよ!」


 うっとりとした顔で、心底幸せだと言うように彼は言う。すごく張り切っている。なぜそこまでやる気満々なのか、どうして私などに尽くしてくれようとするのかはわからない。わからないけどとりあえず!


「え、えっと。とりあえず、着替えたいから……一度部屋から出てもらえます?」


 まだ布団に包まったままの私が戸惑い気味にそう言うと、彼、シルヴィオは嫌な顔一つせず「畏まりました!」とだけ言い残し、淡い紫のグラデーションになっている白髪を揺らしながらルンルンと部屋から出て行った。

 その様子を見届けてようやくベッドの上で上半身を起こす。それから大きなため息を吐いた。


 び、ビックリした。寝起きにイケメンはさぞ気分がよかろうと以前までは思っていたけど、実際は心臓に悪いとは思いもよらなかったな。新発見だ。


「着替えなきゃ」


 教会の朝は早いのに、シルヴィオはそれよりも早起きだったなぁ。などと、どうでもいいことを考えて心を落ち着けつつ、のそのそとベッドから降りて身支度を整える。未だにドキドキと脈打つのを感じながら、私は昨晩のことを思い出した。




「む、無理ですっ!!」


 男前な王子様が跪いてここまで言っているのに、私の意思は変わらない。だって、無理なものは無理だもの! 聖女だなんてそんな大役、私には務まらない。重圧で潰されて足手纏いになる未来しか見えない。

 だって、私は昔から何をやっても普通以上のことが出来なくて、失敗ばかりで、最後には結局これといって特別な結果は出てこないような、普通も普通の人間なのだ。聖女だなんて特別感満載の役目をこなせるわけもない。


「……普通の何が悪いんだ?」

「え」


 テンションがおかしくなっていた私は、その場で自分の思っていたことをぶちまけていたみたいだった。あれ!? 口に出ていた!?


「むしろ、普通にこなせるのは十分すごいことだと思うが。その普通さえこなせない者などたくさんいる」

「特別な結果が出ないっていうのもすごいですよ? いつでも平和を保っているってことじゃないですか。やっぱり聖女様はとても素晴らしい人です! よかった、オレの仕える人がこんなにも素敵な人で」


 ど、どうしてそうなっちゃうの? だって、普通のことしか出来ないからお前はダメなんだっていつも……。いつも? あれ、誰かに言われていたんだったっけな。それとも私の思い込みだったのかな。


 言われてみれば確かに、普通を保つのって案外難しいことだと思う。普通って実はすごいこと、なのかな……?

 いやいや、自惚れちゃダメ。この人たちは私に聖女になってほしいから褒めてくれているのかもしれないもの! 絆されちゃダメ!


「と、とにかく! 私、本当に何もかもがわかっていないから……! この世界のことを良く知りもしない私なんかに、世界の命運を託したりしたらダメですって!」

「当然だろう。貴女に全てを背負わせるつもりはない。全責任は私が取る」

「いや、そうではなく……」


 なんだか、さっきからわざとなの? っていうくらい私の主張が空回りしている気がする……!


「そうですよ。それにもし聖女様のせいにするというのなら、オレが喜んで世界を滅ぼしますよ!」

「いや、それは本当にやめてください! 幻獣人様が言うとシャレにならないですから!」


 笑顔が怖いです、シルヴィオさん! もー、なんで意図が伝わらないの? 無理だって言っているのにっ!


「オレのことはシルヴィオって呼んでください、聖女様!」

「ああ、そうだな。貴女はこの世界で最も尊ばれるべき方だ。幻獣人様方に対しても敬称をつける必要はないだろう。むしろ、侮られてしまう恐れがある」

「まぁ、そんな風に思う者がいたら消しますけどね、オレが」


 ああ、もうツッコミが追い付かない。だからそもそもね? 聖女という立場を受け入れ切れていないの、わかって!?


「だから! 私は、聖女ではありませんっ!!」


 静かな夜の森の中、私の声がこだました。サワサワと風で揺れる木の葉の音が耳に入ってきたのは、一瞬でこの場が静かになったことを意味する。

 それに気付いた私はハッとなって顔を上げた。ちょ、ちょっと言い過ぎたかも!?


「エマ……」


 少し驚いたように目を丸くしたアンドリューとシルヴィオさんがこちらを見ている。うっ、注目を浴びるのは苦手なのに。二人とも恐ろしく顔がいいから余計に、今の私は蛇に睨まれた蛙状態だ。


「……わかりました。では、エマ様と」

「え」


 数秒後、口を開いたのはシルヴィオさんだった。胸に手を当てて、穏やかに微笑みながら跪く。ど、どういうこと?


「お名前は、エマ様ではないのですか?」

「いえ、あっていますけど……」


 シルヴィオさんはそのまま私の右手を取り、甲に刻まれた鍵の紋章をうっとりと眺め、指でさする。く、くすぐったいんですが!


「聖女様がお嫌なら、喜んでお名前を呼ばせていただきますよ、エマ様! ああ、なんと光栄なことでしょう!」


 ……あの、話、聞いてます? なんだろう、この無力感。もはや何を言っても無駄な気がしてきた。


「あー、諦めてくれ。幻獣人様は基本的にこういう方々ばかりだ」

「嘘でしょう!?」


 アンドリューはさすがにわかったみたいだけど……獣人って基本的にこういう探り合いみたいなのは苦手なのかな。特に幻獣人様は!

 種族によるのかもしれないけど、少なくともこのシルヴィオさんには何を言ってもダメだってことがよくわかった!


「あ、あの、シルヴィオさん」

「え……シルヴィオって呼んでくださらないのですか……?」


 うっ、潤んだ瞳で見上げてこないで! ユニコーンの筈なのに犬耳や尻尾の幻覚がっ! というか、髪の色やオーラが全然違うだけで、完全に人間体だなぁ。角とか尻尾とかがあるわけじゃないんだ。それも幻獣人だから?

 と、それはまぁいいや。少し落ち着いて話したい。私はゆっくりと息を吐き出してから声をかける。


「じゃあ、し、シルヴィオ……」

「はい! エマ様!!」


 ああっ、無理! 眩しすぎるよ、その姿! シルヴィオが心から良かれと思って言っているのがわかる。純粋すぎるというか、妄信的というか、誤解を解きたいんだけど失望されたらそれはそれで後が怖い気もする!

 ガックリと気落ちしていると、アンドリューがフォローの言葉をかけてくれた。


「エマの気持ちはわかった。突然、受け入れてくれだなんて無理があったな。反省している。……だが、シルヴィオを含め、幻獣人を復活させられるのは現状、貴女しかいないんだ」


 せめて、彼らを解放するまでは手伝ってもらえないだろうか、と言われたら断れない。私は渋々、首を縦に振ったんだ。

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