あれよあれよという間のことでした
手を離そうにも、右手が塔に引き寄せられているのか全然離れない。光はさらに強まって、目も開けられないくらいだ。これ、いつまで続くの!?
「鍵を模した紋章が輝いている……! やはり、エマ自身が鍵のようだ!」
「い、意味がわかりませんんんっ!!」
光だけではなく、塔の方から強い風を感じる。これ、右手が引き寄せられていなかったら吹き飛んでいたよ、絶対。というか今も塔にくっ付いた右手以外は吹き飛んでいるし。まるでこいのぼりのように! ああああ! 助けてぇぇぇ!!
そんな私に気付いたのか、アンドリューが私の腰を抱き寄せて支えてくれた。はぁ、助かった。でもアンドリューはよく平気だね? 吹き飛ばされる気配すらない。翼竜人、すごい。
しばらくすると、急に塔の鐘の辺りから光の玉が飛び出した。比喩ではなくて、本当に飛び出したんだよ! その光の玉は上空で止まり、さらに輝きを増す。
そして────
「……ああ。久しぶりだな、シルヴィオ」
耳元でアンドリューが呟く声が聞こえ、上空には美しい馬のシルエットが現れた。ううん、ただの馬じゃない。頭に一本の角がある……? ま、まさか、あれは!
「ユニコーン……?」
まさかね? だってユニコーンって伝説の生き物でしょ? あ、幻獣なんだっけ。ああ、もう目の前の光景を受け止めきれない!
ってあれ、ユニコーンがこちらに向かって来ているような。ぶ、ぶつかる!?
「貴様ぁ!!」
「おわっ」
ユニコーンは真っ直ぐ駆け降り、地面に着くなり後ろ脚でアンドリューにピンポイントで蹴りを入れてきた。私を支えてくれていた腕がその蹴りを防ぐために離され、突然の衝撃に少しよろける。あわわ、転ぶ!
転倒は免れない、そう思った。だけど次の瞬間、私が感じたのは地面の硬い感触ではなくふわりと私を支える誰かの腕。え、アンドリューはそれどころじゃないし、この腕は誰の……?
「大丈夫ですか!? ああ、申し訳ありません。オレとしたことが……! 貴女を転倒させてしまうところでした」
「え? あ、え? あれ? ユニコーンが、いない?」
私は今、めちゃくちゃ混乱している。さっきまで目の前にいたユニコーンがいなくなっていて、その代わりに超絶美麗な男の人がいるのだから。
癖のある長い白髪は毛先にいくにつれて淡い紫色に変化しており、綺麗なグラデーションになっていてとても神秘的。そして毛先の色と同じ淡い紫の瞳が私を優しく、そして心配するように見つめている。
そんな瞳と目が合って、呼吸を忘れてしまうほど美しいご尊顔をまじまじと観察してしまった。まつ毛長っ! というか近っ!?
ハッとなって息を吐き、私は叫ぶ。
「誰っ!?」
そんな美しい男の人が今、私を抱き締めんばかりに支えてくれている。なんで!? 誰!? もう大パニックである。
「これは失礼いたしました。オレがユニコーンですよ、お嬢さん。名前はシルヴィオ。以後お見知りおきを」
そして、自分をユニコーンだと言った彼、シルヴィオはそのままダンスを踊るかのように私の手を取り、優雅に礼をした。
いや、その、離してもらえませんかね?
「シルヴィオ、エマが困っている。少し離れてやれ」
アンドリューが助け舟を出してくれた! よかった、これで一度落ち着ける、と安心したのも束の間、シルヴィオはグイッと私の腕を引っ張り、自分の腕の中に抱き込んだ。あわわわ!?
「は? 貴様、美しい女性に許可なく触れていいとでも思ってんのかこら、名を名乗れ頭が高ぇんだよああ!?」
……誰? さっきまでの優しい声色と口調はどこ行った? 低い声と早口でまくし立てるその様子は質の悪いヤクザのようだ。というか貴方も今、私の許可なく触れているからね?
「っと、ちょっと待てよ? ……アンドリュー? 貴方、アンドリューですか!」
「ああ、そうだ。気付いてもらえて何よりだ、シルヴィオ」
もしかして、知り合い? とにかく、シルヴィオさんの態度が元に戻ってホッとした。
怖かったー。ついでに離してもらえるとありがたいんだけど。
「いつの間に大人になったんです? 前に会った時は六、七歳の子どもだったでしょう」
「あれから二十年経っているからな。そりゃあ大人にもなる」
二十年……。じゃあやっぱりこのユニコーンのシルヴィオさんは、封印されていた幻獣人様ってこと?
あれ? 封印されていたんだよね? それが、解けた? なんで?
……いや、わかるよさすがに。私が塔に触れたことで輝いた右手の紋章、同時に飛び出した光の玉、そこから出てきたユニコーン。
私、聖女決定じゃん……!
「そうです! 聖女様はどこですか? 二十年もの間、オレがいなくて苦労をかけてしまったことでしょう。またお世話をしなくては!」
パッと表情を明るくさせ、シルヴィオさんが嬉しそうにそう言った。あ、それって私の前の聖女のことなのかな。なんだか居た堪れない。
「……前の聖女様は、もういらっしゃらない」
それに答えたのは、アンドリューだった。わずかに顔を強張らせ、それでも真っ直ぐにシルヴィオさんを見つめている。
そういえば私も、前の聖女がどうなったのかは知らない。でも、アンドリューの雰囲気からあまりよくない報せであることはなんとなく察した。
「……そうですか」
その言葉と視線を受け、意外にもシルヴィオさんはあっさりとその事実を受け入れたように見えた。というより、全てを察したというか、そんな風にも見える。
「そしてここにいるエマが新たな聖女様だ。鍵の紋章を持つ、鍵の聖女。彼女が君たち幻獣人の封印を解いてくれるだろう」
「新たな聖女様ですか?」
えっ、こんな立て続けに言っちゃうの? シルヴィオさんの様子を見るに、前の聖女のことをとても慕っていたようなのに、そこへ新たな聖女とか言われても戸惑うだけになるんじゃ……! オレの聖女はあの人だけだ、みたいな!
「なんと……! 貴女が新たな聖女様だったのですか!? わぁっ、早速出会えるなんてラッキーです! オレ、一生懸命お世話しますね!」
「へ……」
しかし、思っていた反応は全くなく、むしろ大歓迎モードに戸惑うのは私の方だった。
「あー……シルヴィオは女性にとにかく甘い。特に聖女様には。前聖女のことを忘れたわけではないだろうが、新たな聖女であるエマにも同じように尽くすことだろう」
「ええ……?」
感覚の違いってやつなのかな? 幻獣人様、よくわからない。というか!
「わ、私、聖女なんて務まらないですっ! 今日は聖女の話を断ろうかと思って……」
「ええっ!? なんてことをおっしゃるのですか、聖女様!」
やっと今日伝えたいことをハッキリ言えた! と思ったらアンドリューではなくシルヴィオさんに遮られてしまう。
「貴女はこんなにも清らかで美しいのに! 務まらないわけがないでしょう? ああ、目覚めてすぐに見たのが貴女で本当に嬉しい。オレはなんて幸せ者なのでしょう。今後は貴女の指示にしか従いませんよー!」
「……だ、そうだ。幻獣人様の力は我々に必要不可欠。そして言い出したら聞かないのはシルヴィオだけではない。エマが聖女を務めてくれないと困るのだ」
こ、これはずるい。詰んだ。アンドリューは私の前に跪き、真っ直ぐ私の目を見つめながら懇願した。
「鍵の聖女様、必ず貴女をお守りする。だからどうか幻獣人を束ねてくれないか。私と共に国の危機を救ってもらいたい」
「アンドリュー、抜け駆けはずるいですよ。聖女様! 貴女のことはこのオレがお守りしますからね!」
ああ、もう。こんなの、断れないじゃない! そんな自信なんか欠片もないのにーっ!
こうしてこの度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。
ああああああ、どうしよう!?
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