時告げの塔は不思議な塔でした
「その、すまなかっ……くくっ」
「しゃ、謝罪の気持ちが、感じられませんが!?」
どのくらいの時間、空の移動をしていただろうか。たぶん、五分とかそのくらいだけど、私的には数時間くらいに感じた。
ようやく地面に降り立ったはいいものの、恐怖で支えがないと立てない状況です。おかげで今も私はアンドリューにしがみついたまま、へっぴり腰で足を震わせている。そんな私を見てアンドリューは耐え切れずに笑い出した、というわけだ。酷いっ!
「いや、本当に申し訳ない。そんなに苦手だとは思わなかったんだ。帰りはもっとゆっくりと飛ぶ」
「帰りも飛んで行くんですかぁ!?」
ゆっくり飛べばいいというものではない。高い場所に安全ベルトもない状態で行くのが恐ろしすぎるんだよ! これをまた体験せねばならないのかと思ったら涙目にもなるというものだ。
「それは我慢してもらうしかないな。大丈夫、そのうち慣れる」
慣れるほど飛ぶことになる、と言われた気がした……。勘弁してよぉ。獣人基準で考えるのはやめていただきたい。私は脆弱な人間なのだから。
そういえば教会の子どもたちも高い木に登るのが好きだったっけ。種族にもよるのだろうけど、みんな空を飛ぶくらいで大騒ぎなんかいしなさそうだな……。
人間が私しかいないんだから、仕方ないといえば仕方ないけど。はぁ。
「歩けるか? 無理そうならまた抱き上げるが」
「い、いえ。さすがにもう自分で歩きます」
柵の外に出るのが怖いっていう恐怖は文字通り飛んでいったしね。別の恐怖にやられてまだ足はガクガクしているけど、歩けないということはない。なにより抱き上げられるのは恥ずかしいので出来るだけ遠慮したいというのが本音である。
それにしても、静かだ。今、私たちは森の中を歩いているんだけど、本当に危険じゃないのかな? アンドリューはもし何かあっても自分がいるから大丈夫とは言っていたけど、やっぱり怖い。安心出来るほど信頼関係も出来上がっていないもの、申し訳ないけど。
キョロキョロと周囲を気にしながら歩いていることに気付いたのだろう、アンドリューが心配しなくても大丈夫だと、根拠も含めて話してくれた。
「時告げの塔は幻獣人様の一人が封印されている場所でもある。教会よりもここの方が結界の力は強固だ。禍獣はまず入って来られない」
「これから向かう場所にも幻獣人様が……」
幻獣人様は封印される直前、自分の身体を媒体にして結界を張ったんだって言っていたっけ。だから、彼らが封印されている場所の周囲は結界で守られているって。そっか、それなら確かに教会よりも安全かも。
でもシスターは、外は危険だって何度も言っていたよね。やっぱり禍獣以外の、熊とかが出るのかも。
というか、熊系の獣人もいるかもしれないよね? あれ、獣人と四足歩行の獣ってカテゴリーが違うのかな……。食べているお肉とかは獣の肉だろうし。気にはなるけどなんとなくデリケートな問題な気がして聞けずにいるんだよね。
「ただ、あれから二十年が経過している。この結界がいつまで持つのか、私たちには知る術がない。だから居住区には結界用の魔道具も念のため準備してあるんだが……使える魔石も残り僅か。我々は今、瀬戸際に立たされているんだ」
そうだ、魔石の魔力の補充は幻獣人様がやってくださる、ってシスターが言っていた。その幻獣人様が封印されているから、魔力を使い切った道具や石はそれ以上使えなくなるんだ……。
アンドリュー曰く、新しい魔石の発掘もなくはないけど、自然発生する魔石は魔力がほとんどないからたくさん集めてようやく一つ分くらいにしかならないらしい。うーん、ままならない。
「魔石がなくとも生活には困らないが……。有事の際の結界がないとな」
禍獣の討伐も幻獣人様がいないとなかなか進まないんだよね。彼らがいないと禍獣の数がじわじわ増えていくってことか。下手したら禍獣の王もそろそろ復活してしまうし、それどころかこちらは結界も心許ない。ほ、本当に危機的状況だ。ここまで説明されてようやく実感した。
どこまで平和な頭してたんだろう、私。きっとなんとかなる、だなんて根拠はどこにもないのに。頭のどこかで自分には関係ないって思ってたんだ。最低だ……。
「着いたぞ。ここが、時告げの塔だ」
「ここが……」
辿り着いたのは広くて綺麗な泉と、その畔に聳え立つ塔。周囲の木よりも高いけど、高層ビルに慣れた私の目から見ると思っていたほどの高さではない。五階建てのビルくらいだろうか。
「時告げ、ってことは、時間を知らせる時計塔なのかな」
泉の周りを歩きながら、時告げの塔に近付いていく。何気なく呟いた私の言葉をアンドリューが拾った。
「いや、時間は知らせない。あの塔が告げるのはこの世界の『転機』だ」
転機を告げる、塔? なんでもこの塔は、世界で起こる大きな出来事を察知した時、てっぺんにあるあの鐘を鳴らすんだって。それ以外は人が無理矢理鳴らそうとしても決して鳴らないそうだ。
なんて不思議な。まるで、塔が意思を持っているみたい。
「前聖女が現れた時、禍獣の王が復活した時。あの鐘は鳴った。世界を左右する事象が起きた『時』を告げる塔、だから時告げの塔と呼ばれている」
その不思議な現象に、神に通じているのではという噂もあるという。そう思ってもおかしくはないよね。私もそうだと言われたら信じてしまう。
だから神聖な場所として、ここに来られる者は限られた人物だけらしい。……私、いていいの? 王子様が一緒だからってことで許してもらえているよね? 大丈夫?
「エマ、貴女がこの泉に現れた時も、この鐘が鳴ったのだぞ」
「へぇ……って、ええっ!?」
ちょっと待って、溺れかけていたのってこの泉だったの? それにこれじゃあ、ますます私が聖女で決定っぽいじゃない! ないよ! ないない!
「でもまさか、泉で溺れかけているとは思わなかった。鐘が鳴っていなかったら、エマを助けられなかったかもしれない」
「時告げの塔、ありがとう!!」
それだけは心の底からありがとうだよ! まさしく命の恩人じゃないか、時告げの塔! 私は感謝の気持ちを込めてそっと塔の壁に触れた。
その瞬間────
私の右手の甲と時告げの塔が突然、輝き始めた。何、何、何、何ーっ!?
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