え、翼竜は幻獣じゃないんですか?
ついて来てくれ、それだけを言い、アンドリューは立ち上がった。そのまま教会を出て行こうとしたアンドリューは一度立ち止まって私が来るのを待っている。
拒否権は、なさそうだなぁ。嫌だ、と言っても無理に連れて行こうとはしないだろうけど。迫力はあるけど、とても紳士的な方みたいだから。
それに、黙って私の話を聞いてくれたのだ。王子という忙しい立場だろうに、こうして時間も作ってわざわざ会いに来てくれている。それも、何度も。ここでついて行かないのはさすがに失礼だよね。
戸惑いつつも、アンドリューの待つ教会の出入り口へ歩み寄る。
「シスターは悪いのだが、ここで待っていてくれないか。これから向かうのは時告げの塔だ。夜更けには無事に戻ると約束する」
「時告げの塔……! そうですか。畏まりました。では、私はここで待ちましょう」
時告げの塔? 初めて聞いた場所だ。シスターは知っているみたい。それもそうか。夜更けには戻るというのだから、そこまで離れた場所ではないのだろうし。
「休んでいても構わないのだが……エマが心配か」
そうだよね。すでに遅い時間なのに、これから出かけるんだもの。シスターには休んでいてもらいたい。私もそう言おうとすると、その前にシスターが慈愛の笑みを浮かべながら口を開いた。
「ええ。この子はもう、私の娘ですから」
「シスター……」
なんだろう、鼻の奥がツンとする。娘、と呼ばれたことが妙に嬉しいと感じた。
この世界に来て、知らないことばかりで……。迷惑ばかりをかけた私をずっと気にかけてくれて、助けてくれたシスターは私にとっても母親みたいな存在になっているのかもしれない。実の母親がどんな人なのか覚えていないからなんとも言えないけれど。
そんなに長い時間を過ごしていたわけでもないのに、不思議だな。
そうか、嬉しいんだ。私は、大好きなシスターに娘と呼んでもらえてすごく嬉しかったんだ。
「出来る限り早く戻ろう」
「……お気をつけて」
深々と頭を下げるシスターと離れがたい気持ちをグッと抑え込む。シスターが信頼しているのだ。私もアンドリューを信じよう。それに何も今生の別れでもないのだから。ちょっと行って戻ってくるだけなのに、大げさだよね。
「……いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
だから、挨拶はこれだけでいい。私はすぐにアンドリューの後に続いて外へ出た。
外の空気は少しだけ冷たかった。日中は暖かかったんだけどね。
教会を出て暫く歩き、みんなで育てている畑を通り過ぎる。その先は教会をグルッと取り囲む柵。ここから先は、行ったことのない場所だ。危ないから行ってはならないって言われていた場所。
あっ、もしかしてそれは禍獣が出るから……? うん、きっとそうだ。子どもたちにも危ないから決して外に出るなって言い聞かせているし、カラやシスターが一人で教会の敷地外に出ているのを見たことがない。
「あっ、あの!」
でも、アンドリューは平気で敷地の外に出て行ってしまった。私はどうしたらいいのかわからなくて慌てて声をかける。
振り向いたアンドリューは不思議そうに首を傾げ、柵の手前で立ち止まって戸惑う私を見ると納得したように数度頷いた。
「柵の外もまだ結界の範囲内だから大丈夫だ。それに万が一危険があったとしても、エマのことは私が必ず守る。安心してついてきてくれ」
「で、でも」
正直、怖くてこれ以上は足が出ないのだ。安全な場所だと言われても、真っ暗な森を見ただけで怖くて仕方がない。
情けない話だよね。聖女にはなれないって心の底から思うよ。
「怖いか」
「! ご、ごめんなさい。でも……はい。どうしても、怖くて」
先に進んでいたアンドリューがこちらに戻ってきてくれた。申し訳ないな。
彼は私の前で立ち止まり、目を合わせようと少し屈んで顔を覗き込んでくる。私は人と目を合わせるのが苦手なので、目が泳いでいると思う。失礼な態度だとは思うんだけど、アンドリューは顔もいいから余計に直視出来ないというか、なんというか。
「謝ることはない。怖がるのも仕方のないことだ。むしろ配慮が足りなかったのは私の方だな。申し訳なかった」
「えっ!? そんな、こちらこそ!」
やっぱりアンドリューは紳士だ。私の方が謝られてしまった。優しい人なんだな……。そう思って俯いていると、急に身体が浮くのを感じた。ビックリして顔を上げると、金色の瞳と至近距離で目が合う。
「っ!」
「どのみち空の移動になる。しっかり私に掴まっていてくれ。まぁ、私も離すことはないが」
あまりにもあまりな事態に声も出ない。今、私はアンドリューに横抱きにされている……!? 溺れかけた時も抱き上げられたよね? これで二度目だ。でも今回は意識がハッキリしているから恥ずかしさが桁違いなんですけどぉ!?
っていうか待って。それ以上にやばいことを今言わなかった? 空の、移動?
次の瞬間、バサッという羽音と風が巻き起こった。それがなんなのかはすぐにわかる。わかるけど、信じられない、というか。
だって、アンドリューの背中から翼が生えているんだもん! 獣人だとはわかっていたけど、そんな出し入れ自由な物なの!?
「あ、アンドリューは一体、何の獣人なの……?」
「私か? 私は翼竜だ」
翼竜!? それ、幻獣なのでは? 私がそう言うと、幻獣に近いとされてはいるけど、同じ種族の者はいるからただの獣人だと返されてしまった。この世界の基準では翼竜もただの獣人なの……? じゃあ幻獣ってどんな種族なんだろう?
そんな考えに気を取られていると、フワッと内臓が浮く感覚が私を襲った。
そうだ、やっぱり空の移動って────
「行くぞ」
「いっ……! ひゃぁ、あああああ……っ!?」
私の返事も待たずにアンドリューは地面を蹴って空に飛び立った。急上昇によって心臓がヒュッとなる。そ、そ、空を、飛んでるぅぅぅ!! いやぁぁぁぁ!!
静かな夜空に、私の情けない悲鳴が響き渡った。
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