王子様の微笑みはちょっと迫力がありました
その日は結局、何をしてもうまくいかない一日だった。それでもなんとか子どもたちを寝かせるところまで終わらせた私は、重い足取りで礼拝堂へ向かっている。そこで、国の王太子であるアンドリュー様を待つ約束だったから。
もちろん、気は重い。自分のダメさに打ちのめされたばかりだからね。友達を励ますことさえ出来ない無力な私に世界を救うなんて、出来っこない。
もしも、アンドリュー様の話が聖女についてのことだったら、きちんとお断りしよう。迷惑をかけて余計に被害が増えてしまっては大変だもの。
「シスター!」
「ああ、慌てなくて大丈夫よ。まだいらっしゃってないわ。中で待っていましょうか」
生活棟を抜け、渡り廊下を歩いていると礼拝堂の扉の前でシスターの姿を見かけた。遅れちゃったかな、と駆け寄ると、シスターは穏やかに微笑んだ。その顔を見てホッと胸を撫で下ろす。
だって、やっぱり緊張しちゃうよ。話の内容もそうだけど、王子様と会うんだもん。ファーストコンタクトが水の中だったし、ずぶ濡れの私を運んでくれたから今更礼儀も何もないんだけど……。
偉い人に会うという経験がたぶんほとんどないから、どうしたらいいのかわからないんだよね。そこはシスターの真似をして乗り切ろうっと。
しばらく礼拝堂の椅子に座って待っていると、奥の方からコツン、という靴の音が聞こえて来た。隣に座っていたシスターが「いらっしゃったみたいね」と小さく呟いて立ち上がったので、私も慌てて腰を上げる。
シスターは人がやって来る方に向かって頭を下げていた。そ、そっか。王子様だもんね。私もそれにならって頭を下げた。コツン、コツンという靴音が少しずつこちらに近付いてくるのがわかって、心臓も早鐘を打ち始める。
どんどん近付いてきたその足音の主は、私たちの手前で止まった。高級感のある革靴のつま先だけしか見えないけれど、それだけでこの人物が高貴な方なのだとわかる。
「頭を上げてくれ。ここは教会だろう。神の下、人は皆同じ。今しばらく私の身分など忘れてもらいたい」
そ、そうは言っても! 私が戸惑っていると、すぐ隣でシスターが顔を上げる気配がした。あ、いいんだ? それに合わせて、私も恐る恐る顔を上げる。
「あ……」
つい、少し声が漏れた。だって、目の前の人物を見た瞬間、溺れていたあの日のことをすぐに思い出したから。
癖のある、炎のような鮮やかな赤い短髪、光っているのかと錯覚する金色の瞳、そして頭に生えている二本の角。体格の良さもあって、迫力のある風貌だけれど、凛々しくて男前な顔立ちだ。
よく見たら、首筋や手首に鱗のようなものが見える。あの時も今も薄暗い中だから細かい部分はわからないけど、今は溺れかけたあの時とは違って意識がハッキリしているからそれがわかった。
「聖女様」
「!」
その姿に見惚れていると、王子様は一歩前に出て私の前で跪いた。そのまま私の手を取り、ジッとこちらを見つめてくる。
え、えええええ!? 何!? この状況!? 王子様みたいっ! って、本物の王子様なんだっけ。いや、それはともかく! 今、この人は私をなんと呼んだ?
「私の方が、貴女に頭を下げるべきなのだ。新たな聖女様、またお会い出来て良かった」
「せ、聖女……」
やっぱり聖女って言った。それじゃあ、やっぱり? 返す言葉に困って黙っていると、シスターが静かに口を開く。
「やはりこの子は、聖女様なのですね」
「シスター。ああ、そうだ。彼女こそが、異界から招かれた新しい聖女様だ」
聞き間違いようがない。ハッキリと言われてしまった。ショックを受けた私はやっぱり何も言えずに突っ立ったままだ。こんなのが聖女ってどうなのよ?
「あの時は名乗りもせずに申し訳なかった。私はベスティア国第一王子、アンドリュー・レクス・ベスティア。聖女様、どうか名前を聞かせてもらえないか」
現実逃避しそうになっているところへ、王子様改め、アンドリュー様が私に声をかけてきた。跪いたまま。
「え、えっと、私は、エマです。その、アンドリュー様……」
「私のことはアンドリューと呼んでくれ、エマ。敬称など不要だ。貴女は誰よりも尊ばれる存在なのだからな。皆にも示しがつかなくなる」
「ええっ!? うー……! じゃ、じゃあ、あの! アンドリュー!」
「ああ、なんだ」
アンドリュー様、さらに改めアンドリューはニッと悪そうな笑みを浮かべている。いや、悪そうに見えるだけで本人は微笑んでいるだけかもしれないけど! カッコいいよ? 確かにカラの言ってた通りカッコいい。でも偉い人オーラがすごくてちょっと怖いのだ。怯む。
いやしかし、頑張って私! ちゃんと思っていることは伝えないと! ここはハッキリ言わないと大変なことになる。勇気を出して! で、でもまずは。
「跪くのは、やめてもらえません、か? その、慣れていないので……」
「そうか? すまない。エマの世界で
普通ではありませんとも! あんまり記憶がないけど、それだけは断言出来ると思う!
ようやく立ち上がったアンドリューは、それなら座って話をするか、と通路を挟んで反対側の席の端に腰を下ろす。それに合わせてシスターが通路側に私を座らせた。ちゃんと話せるようにとの配慮だろう。
ありがたいやら、緊張するやら。やっぱり私が話さなきゃいけないのね。自分のことだもの、当たり前だけれど。よ、よし!
「あの、申し訳ないんですが、何かの間違いだと思います」
「間違い?」
意を決して、私はハッキリと告げた。私は聖女と呼ばれるようなすごい存在ではないこと。何もわかっていない、ただの無力な女でしかないこと。聖女の役目について少しだけ聞いたけれど、力にはなれそうにないことを。
アンドリューはそんな私の話を最後まで聞き届け、暫くの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「言いたいことは、それだけか?」
ニヤリ、とさっきよりも悪そうな笑みを浮かべて。ひえっ、お、怒られちゃう!?
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