シスターのお話を聞きました
食事を終え、いつも通りまた手伝いをし、暗くなってから子どもたちを寝かしつけた後には少し自分だけの時間がやってくる。そんな時、カラにシスターが呼んでいることを伝えられた。
私も話をしたいと思っていたところだったので、二つ返事で了承すると、カラにおやすみの挨拶をしてからシスターの部屋へと向かう。
「ああ、エマ。呼び出して悪かったわね」
執務机に座って書類を端に片付けながら、シスターはこちらに微笑みかけてくれた。この優しい笑顔がすごく好き。
「いえ、私も少しお話をしたいと思っていたので」
シスターはこの教会の責任者だ。ご高齢ながらいつもシャンと背筋を伸ばしていて、それでいて穏やかな雰囲気を纏う魅力的な方。カラが大きくなるまではずっと一人でこの教会と子どもたちの面倒を見ていたというから頭が上がらない。とても尊敬出来る人で、私を住まわせてくれる恩人だ。
最初は、真っ白な髪に、顔や身体の所々にある白い鱗や黄色くて鋭い眼光に驚いたけど、白蛇の獣人だと聞いて納得したし、少し話したらとても素敵な方だってわかった。う、あの時の反応は失礼だったよなぁ、って今でも反省しちゃう。
今後もここにいる間はずっと、この教会のお手伝いをしていきたいなって最近は思っているんだ。元の世界に帰れるかなんてわからないし、他にすることなんて何もないもの。
シスターは私を部屋に招き入れるとソファに座るよう指示をした。淹れたばかりのお茶がそっと差し出される。彼女の淹れるお茶を飲むと心も身体も温まるんだ。
「カラに聞いたわ。一歩、踏み出せたみたいね」
お茶を一口飲んでほぅ、と息を吐くと、シスターがそう切り出した。そっか、カラが伝えてくれたんだ。それなら話も早い。心の中でカラに感謝を告げながら私はカップを置いて軽く頷く。
「はい。相変わらず過去を思い出そうとするとダメなんですけど……今の状況を考えたり知ったりする分には大丈夫なので。あの、ご迷惑をおかけしました」
「あらあら、迷惑だなんて思っていないわ。ここをどこだと思っているの」
申し訳ない気持ちで頭を下げると、シスターはコロコロと笑いながらそんな風に言ってくれる。本当に優しいな。けど、私みたいな得体の知れない人物を受け入れて置いてくれるっていうのは事実、すごいことだと思う。
「それに、貴女のことは王太子様に頼まれているもの。身の保証は出来ているし、実際に働き者で優しい貴女を追い出す理由なんてどこにもないわ」
「そ、それが不思議なんです! 王太子様、えっと、アンドリュー様、でしたよね? お会いしたこともないのに、どうしてあの方は私を助けてくれたんでしょうか……」
溺れている人を助けるのには、確かに理由はいらないと思う。国の代表として困っている人を助けるのも。
だけど、それだけで身元不明な人物をここまで手厚く保護してくれるものだろうか。人柄だと言ってしまえばそれまでだけど、たぶん他に理由があるんじゃないかって気がしてならないんだ。
最初に私の顔を見た時の彼の驚いたような表情といい、人間かどうかを真剣に確認したり、何より「聖女」と私を呼んだことが気になっている。
これが聞き間違いだったらかなり恥ずかしいんだけど。
「そうね。でも、私も全てを知っているわけではないの。わかる範囲で良ければ話そうと思っているわ」
そのために今夜貴女を呼んだのよ、とシスターは微笑んだ。
私が落ち着くのを待ってくれていたんだ。いずれ説明してくれるつもりだったことがわかってじん、とする。うう、優しい。
「ありがとう、ございます。私なんかのために……」
「もう。そんな言い方をしないでと、初めにお願いしたでしょう? 自分を下げてはダメよ、エマ」
やんわりと自分を卑下する私を窘めながら、シスターは少しだけ身を乗り出した。その瞳が真剣だったので、私も自然と背筋が伸びる。
「貴女はね、この国にとってとても重要な人物である可能性が高いの。その理由とあわせて、少しこの国のことを説明させてちょうだい」
「は、はい」
重要人物? 私が? そのことにかなりの引っ掛かりを覚えたけど、今はまずシスターの話を聞こうと思う。この人ならきっと順を追って説明してくれるという信頼もあるからね。
「まず、貴女はこの世界に蔓延る禍獣という存在については聞いたかしら」
「かじゅう、ですか? いいえ、まだ」
曰く、この世界には禍獣と呼ばれる災いをもたらす獣がいるという。獣の姿は様々だけど、黒ずんだ身体に黒いオーラを纏っているのが特徴だとか。
す、すごく怖そう。獣自体に馴染みがない私としては、野生の猿や熊と遭遇しただけでも怖いのに。
そんな禍獣は、生物の悪しき感情が元となって生まれたと言われているのだそう。生きている限り悪しき感情はなくならない。ゆえに、禍獣もこの世からいなくなることはないんだって。
「禍獣は人を襲う。ただ獣に襲われるのとは違って、襲った相手を絶望に陥らせて死を呼ぶの。一度触れたら最後、悪夢に襲われてその間にやられてしまうわ。とても恐ろしい災い。……ここで保護した子どもたちの家族は、みんな禍獣にやられてしまったのよ」
「え……」
だから、出来れば禍獣の話は子どもたちにはしないでくれると助かるわ、とシスターは告げた。
まさか、いつも元気で明るい子どもたちにそんな悲しい事情があったなんて。身寄りのない子たちとは知っていたけど、想像以上に辛くて悲しい。きっと、すごく怖い思いもしたんだろうな。
それを想像したら、とてもその話題を出す気にはなれない。シスターの言葉に私は重々しく頷いた。
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