この世界は危機的状況でした
そんな恐ろしい災い、禍獣だけど、対応策がないわけではないという。それを聞いて少し安心した。要は禍獣に触れなければいいのだから、道具や武器を使って遠ざけながら逃げることは可能なんだって。
「あの、倒すことは出来ないんですか?」
「出来るけれど、とても危険だわ。だから私たちのような一般人は逃げることを第一に考えるの。人の住む場所の近くに禍獣が増えてきた場合は国の騎士や傭兵が討伐に向かうわ」
ただし、禍獣を完全に消すには光の魔石が必要だという。
魔石? 今、魔石って言った? もしかしてこの世界には魔法があるの? やや食い気味にシスターに聞くと、彼女は一瞬目を丸くした後クスクスと笑った。
「エマったら。子どもみたいなことで目を輝かせて。誰だって一度は魔法を使うことを夢見るものね。気持ちはわかるわ」
ど、どうやら私は子どもが良く言うようなことを言ってしまったらしい。魔法が使えたら空を飛びたい! とか、姿を消したい! みたいなことを言うあんな感じかな。それはちょっと恥ずかしい。
でもシスターは丁寧に教えてくれた。ありがとうございます……!
結論から言うと、人が自らの力で魔法を使うことは出来ない。ただ、魔力の込められた石を使うことで魔法のような現象を起こすことは出来るらしい。
そっかぁ、魔法は使えないのかぁ。ちょっとだけ憧れていたんだけどな。残念。
「でもね、魔石を使わずとも魔法を使える人たちがいるの」
ただし、何ごとにも例外というものはあるようで。
「この国に存在する九人の幻獣人様。彼らは存在自体が魔石のようなものね。魔石に力を補充してくださるのも彼らなのよ」
独自の不思議な力を使い、武器も持たずに禍獣を倒せる存在。幻獣、ってことだよね? そんなすごい種族がいるんだ……。
ただ、幻獣人は同じ種族が二人として存在しないから、九人という人数が変わることはないという。彼らは種が残せない代わりに、一人一人がとても強い力を持っているんだって。
しかも不老で長命。え、すごい! だけど不死ではない。もしも彼らが死んだ場合は、その時初めて同じ種の幻獣人がどこかで生まれるらしい。そっか、同じ幻獣人は同じ時代に二人と存在はしないってことか。
彼らはこの国の守り神とも言われていて、安心して暮らせるのも彼らの存在があるからだとシスターは教えてくれた。す、すごい人たちなんだなぁ。
感心していると、シスターは途端に顔を曇らせた。どうしたんだろう?
「けれど今、彼らは身動きがとれない状態なの。大きな戦いで酷く弱った彼らを回復させるために、前聖女様が二十年前に封印したそうよ。そして封印された幻獣人様たちはその身体を媒体にして結界を張り、今も人々を守ってくださっている」
「酷く弱った……? とてもすごい力を持っているのではないんですか? そこまでの戦いが……?」
守り神とさえ呼ばれている彼らがみんな弱ってしまうだなんて。よほどの何かがあったってことだよね。私が聞くと、シスターは沈痛な面持ちで頷くと、重々しく口を開いた。
「ええ。全ての禍獣を思い通りに操る、禍獣の王との戦いがあったの。何十年かに一度、禍獣の王は蘇り、この世界に闇を呼ぶのよ」
「禍獣の、王……」
いつもは禍獣の王が蘇っても、九人の幻獣人によって難なく倒すことが出来ていたけれど、前回の戦いではかなり苦戦したようで、幻獣人たちもかなりのダメージを負ったのだとシスターは語った。
そのため、次に禍獣の王が蘇ってくるまで回復に専念させる必要があった、と。
「ただ、そうなると禍獣の討伐も滞ってしまって……。今、結界の外は禍獣でいっぱいだそうなの。騎士様や傭兵たちが頑張ってくれてはいるけれど、じわじわと禍獣は増えていく一方なのよ。封印された彼らによる結界のおかげで居住区は安全が保たれているけれど、このままではいつ結界が綻び、禍獣が結界の中に押し寄せてくるかわからない状態よ」
こんな状態で禍獣の王が再び蘇ったら、今度こそ世界が崩壊するわ、とシスターは話を締めくくった。
知らなかった。この世界がそんな危機に面していただなんて。子どもたちと毎日楽しく過ごしていたから、夢にも思わなかった。
「そこで必要なのが聖女様の存在なの。聖女様がいらっしゃれば、幻獣人様の封印を解くことが出来る、というのが前聖女様の残したお言葉よ。彼らを束ねて世界を救ってくださる、新たな聖女様を私たちはずっと待っているの」
「新たな、聖女……」
なんとなく、嫌な予感がする。聖女様って、誰かが私に言っていなかったっけ? まさか、そんな。まさか、ね?
「エマ。貴女はきっと……いいえ。間違いなくその聖女様だわ」
脳内で否定していたことに対して、シスターが直球を投げてきた。ううっ、やっぱりそんな感じなの? 嘘でしょう? 私なんて、特にこれといって特技も力もない弱い人間なのに! シスターたち獣人の方がよっぽど力があるくらいだよ!
ショックのあまり声も出せないでいる私に、シスターはさらなる爆弾を落とす。
「明日の晩、アンドリュー様がここにいらっしゃるわ。その時、さらに詳しい話を聞かせてくださるでしょう。エマ、貴女も一緒にお話を聞きましょう?」
「あ、明日ですかっ!?」
と、と、突然すぎるよぉっ!? まだ今の話を受け止めきれていない私は混乱していて、声も出せないまま頷くことしか出来なかった。
全く心の準備が出来ていないのに頷くなんて、私……馬鹿なの?
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