第6話

 街はクリスマスシーズンだった。

 駅前だけでなく、通学路の新町商店街も、クリスマスツリーで彩られて煌びやかになった。

 康子は、クリスマスを前田と過ごす予定だった。沙織も、友達とパーティーだった。

 琴は、沙織にパーティーに誘われたので、予定も無いため、行くよ、と言った。

 沙織は、テニスサークルに入っていたので、その繋がりのパーティーだった。

 琴だけ、何だか余所者みたいで、行きづらかったが、寂しいので出ることにしたのだった。

 前もって、プレゼント交換あるから、買ってきてくれと言われていたので、前日に駅前で二千円弱の目覚まし時計を買って、ラッピングしてもらっておいた。

 当日、講義が終ると、大学から駅三つの市内に自宅のある澤田という男の家に集まった。琴の家と違って、庭付きの五〇坪ほどもある広い家だった。

 座敷に通されると、既に何人か来ていた。料理が食卓の上に載っていた。澤田の母が作ったと言う。煮物系の料理が多かった。

 ぞくぞくと人が集まり、総勢十人になった。誰かが、ケンタッキーでチキンを買ってきて、それも、食卓に並んだ。

 琴は、座敷の畳に正座した。今日は、スカートにストッキングなので、脚を崩せない。

 平瀬も来ていた。琴は、平瀬を無視するでもないが、気まずい雰囲気で話もしなかった。

 消極的な琴に、絶えず気を使っていたのは、会場を提供した澤田で、会話に付いていけず独りになりがちな琴に、時折、話しかけていた。

 澤田は、あまり背も高くなく顔も今一冴えない男だったが、気の使い方も嫌味が感じられず、なかなかの好男子だった。

 しかし、琴は、生来からの性格の請か、人見知りがちで、誰ともなかなか打ち解けなかった。澤田は、琴に親切だという以上でも以下でもなかった。

 琴のために、宴は、ひとりひとり一気飲みのあとに自己紹介という場面が設けられた。

 琴は、酒が弱いので一気飲みはビール半分で許してもらい、申し訳程度の自己紹介しか出来なかった。

 「涸沢琴です。沙織の友達です。よろしくお願いします」

 合コンとして、女目的に来た男子すら、気持ちが引くような消極さだった。琴は、プライドが高いため、いきなり打ち解けて親しく話せなかったし、また、話しただけで誰かの彼女になろうとも、思って居なかった。ただ、今日は独りで居ると惨めで辛いから、沙織に連れられて来たのだ。

 宴が、琴の気持ちとは裏腹に盛り上がり、ついには皆で学歌を歌いだした。琴は、覚えていない請もあって、歌に付いていけなかった。

 独り白けた雰囲気で、宴から冷めた心持で、皆を眺めていると、澤田が話しかけてきた。

 「ごめんね、琴ちゃん。みんな、勝手に盛り上がっちゃって。サークルの仲間だから、入りにくいよね」

 「そんなこと、ないですよ。結構、楽しんでいるんで……」

 「せいぜい、うまいもの食っていってよ。大したものないけどさ……」

 澤田が、唯一気を使ってくれる男なのに、この程度であった。

 やがて、プレゼント交換が始まり、皆、食卓の上に、各々持ってきたプレゼントを出した。琴も、昨日買って来た目覚まし時計を出した。

 プレゼントをぐるぐる回し、皆にちやほやされている沙織の合図で止めて、プレゼントを交換した。

 琴のプレゼントは、まるでわざとのように、平瀬のところに行った。平瀬は、プレゼントを開けて、琴の買ったのを知ってか知らずか、不服そうな顔をした。

 琴は琴で、誰かのプレゼントを貰って開けると、パワーストーンの数珠が入っていた。

 沙織が、横から声を掛けた。

 「いいねー、琴。綺麗なブレスレット」

 平瀬が、遠くから琴を見た。

 「俺、目覚まし時計三つほど持ってんだけどなあ……」

 隣の男が言った。

 「だよなー。センスねえよな。多分、このプレゼント主、男だぜ」

 「いや、男とか女とかじゃないけど……」

 琴は、その台詞を聞いて、誰のプレゼントか見ていたんだ、と思った。私のプレゼントをもらったことが、気に食わないのだ。

 琴は、沙織に言った。

 「あげようか、これ?」

 「だって、琴のじゃん」

 「私、こんな高い物、申し訳ないし。……沙織が貰った方が、誰かさん喜ぶよ」

 別に、パワーストーンのプレゼントした相手が、平瀬だったわけではない。ただ、このサークルの仲間には成れないと思った。

しかし、沙織も弁えたもので、

 「これは琴へのプレゼント。貰っておきな」

 と琴が数珠を差し出した手を、両手で握って閉じさせた。

 琴は、むかつきを抑えながら、そのプレゼントを受け取った。

 宴は、そのあと、琴の気分とは関係なく盛り上がり、サークルの部員同士の親睦を高める意味は充分だった。

 孤立しがちな琴は、サークルメンバーの仲の良さを尻目に、ますます惨めになり憂鬱な気分になった。早く、宴会が終れば良いのに、と思った。 

 宴の中で、琴は、集団の中の孤独を、下手をするとあまつさえ疎外感をすら感じた。孤独は、人間関係の中で、他人によって作られるのだなあと思った。独りきりだと孤独にすらならないのではなかろうか。

 ようやく宴が終ると、琴は、皆に挨拶して、早々に玄関に出た。

 皆は、まだ玄関で、余韻に浸りながら、立ち話をしていた。

 「琴、おやすみ」

 沙織だけが、琴に声を掛けた。

 「おやすみ」

そう言い捨てると、琴は、振り返りもせず、早足で駅に向かった。

駅に向かう道すがら、悪酔いしたサラリーマン気分になり、千鳥足で前もろくに見ずに歩いた。すると、ごみ収集所の回収ボックスにぶつかった。手足を、回収ボックスからはみ出た生ゴミに突っ込んでしまい、靴も手もべとべとになって匂いが付いた。

 「なんで、こうなのよ!」

 スニーカーの足で、回収ボックスを蹴った。

 「ばかやろー」

 夜空を仰いで叫んだ。

 「……なんで、私ばっか……」

 そう呟くと、また、ふと駅前の占い師を思い出した。

 「私の結婚相手、ろくでなしかも……」

 臭い手足のまま、駅に急いだ。

 今日の夜空は、雲が暖かい毛布のように、月を包んでいた。

 

家に帰ると、ごみを触ったのが気持ち悪かったので、すぐに靴を台所洗剤で洗った。あまりいいものではないが、夜遅かったので台所の流しで洗った。なかなか匂いも取れず、満足のいく洗浄が出来なかったが、疲れたので妥協した。そのあと、風呂に入って、身体を清めた。

 風呂から上がり、ようやく一息つくと、もう午前零時を過ぎていたが、寂しくて山際のホームページを開いた。深夜で近所迷惑なので、コンポにヘッドホンを繋いで、「岩風」を聞きながら、ブログを読んだ。

「寒くなってきましたね。もう今年も年の瀬です。

 年の瀬と言えば、クリスマスソングですが、私は、クリスマスソングというものを、作ったことがありません。

 クリスマスソングというのは、やたらムーディーで、男女の恋愛を盛り上げてくれるものですが、私には、どうもクリスマスソングが、一尺玉の花火に似て、儚い華美さの塊に思えるので、私は敢えて書かないんですね。

 人間と言うのは、愛無しでは生きられない。しかし、それは偽の愛ではいけない。愛はいつだって真剣で本物だ。だから、年末にサンタクロースによって齎される祭りの縁日のようなクリスマス自体、私はあまり好きではないのですね。

 むろん、それでも恋人のために、クリスマスプレゼントも買えば、食事もします。

 しかし、クリスマスという理由でけで、盛り上がろうとする男女の仲は、軽薄のような気がします。

 男女の仲というものは、いろんな苦楽を共にして、深められていくものです。一日にして深まるものでもなく、歴史が必要なのです。

 その歴史に基づいて、クリスマスを行事として、楽しむのは一向に構わないと思うのですが、クリスマスソングに乗せられて結ばれるのは、軽薄なように思うのです。

 だから、私は、敢えてクリスマスソングを作らないのです……」

 「そうだよね、山際さん。……クリスマスだからって、何も男女で居なきゃいけないことも無いよね……」

 ちょっと元気付けられた琴は、ヘッドホンを付けたまま、ベッドに横たわり、蛍光灯を切った。山際の「岩風」が、その日の傷心の子守唄になった。音楽の揺り籠にあやされながら、琴は、その夜ぐっすりと眠った。

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