11 【真白の少年と真黒の少年】


 背格好にさしたる特徴はない。痩せぎすのセピーデダムとは違う、中肉中背の容姿。椅子に腰かけていて正確には分からないが、大体スラエータオナと同じか少し低いくらいだろうか。体躯に関しては取り立てて論うほどでもないシルエット。



 しかしそれ以外に、平均という言葉は彼に通用するべくもない。



 純白と表現してもまだ足りない、病的なまでに透き通った肌。すっかり色の抜け落ちた、白鳥の羽のような髪色。いっそ暴力的というべき、見るものを否応なく惹き付ける抜群に整った顔立ちと、その中でより一層異常さを際立たせる白く濁り切った瞳には、微かに血の色が透けて見える。



「……アルビノ」


って何だ?」


「へぇ、僕のこれはそう表現するんですか」


 一瞬の沈黙の後、短く呟いたのはドゥルジだ。その独特の響きにウォフは疑問符を浮かべ、当の少年は嬉しげに紙にペンを走らせた。恐らくは、その言葉を忘れないようにメモしているのだろう。



 スラエータオナも様々な書物を読み漁った知識として、色素による身体的な特徴──それこそスラエータオナが黒髪でウォフが赤髪であるような違いの先にある、超自然的な個体が存在することは十分承知していたが、その固有名称を聞くのは初めてだった。新雪もかくやと言わんばかりに美しい白色は黒髪黒瞳のスラエータオナと対照的で、正反対の色使いはお互いをより際立たせる。


「ああ、ええと……表現が難しいんだけど。体に色素が少ないと、こんな風に真っ白になるんですよ。確かに珍しいですけどただの身体的特徴です、特におかしなものでもない。……今ので分かりました?」


「分かった、全部覚えた。おれは記憶力がいいからな」


 補足的に入れ込んだスラエータオナの理屈っぽい説明に、ウォフはさも当然といった顔で理解したと嘯き、胸を張って偉ぶる。



 この時、スラエータオナは敢えて身体的な不利を省いた話をした。スラエータオナの読んだ本曰く、彼らの様な人間は太陽に弱く、地方によってはそれ故に迫害されたり怪しげな呪術のために体組織を売られることもあるそうだ。



 それを意図的に伝えなかったのは話を円滑に進めるための措置であるとともに、ウォフが余計な偏見を抱かぬための心配りであったが、もっともウォフがそんな思想を抱くような人間でないことは彼にも分かっていた。


「……あの? 僕の顔に何か付いてますか?」


 そんなスラエータオナの思惑とは別に、アンと呼ばれた少年は首を傾げて一点を見つめ返す。その視線の先には、瞠目したドゥルジが身を固めて突っ立っていた。



 ドゥルジはアルビノの少年が反射した銀板に驚愕を映し、戦慄の走った表情のまま冷や汗を浮かべて凍りついている。その様子はスラエータオナですらほとんど見たことのない、あからさまな困惑の色を浮かべていた。



 明らかにアルビノの少年に怯えるドゥルジの態度を、スラエータオナはたしなめる様な仕草をしつつ弁護する。セピーデダムは酷く軽蔑したような目でドゥルジを睨みつけているが、しかしそんな周りの動静はどこ吹く風で、白髪の少年は穏やかに話を続けた。


「良いんですよ、よくある反応ですから。どうぞお掛けになってご用件をお聞かせください」


 さして気を悪くすることもなく、アンと名乗った少年は話の続きを急かす。ドゥルジは息を大きく吐いて呼吸を整え、一拍置いて普段の軽薄な顔を貼り付けた後にいつもの調子で告げた。


「アシャについて、詳しく教えてくれないかな」


「……どこでそれを?」


 ドゥルジの質問を受け取り、一瞬の間を置いて尋ね返したアンの白い瞳には聡明な光が宿っていた。先ほどまでの穏やかな態度と地続きの、しかしどこか変化した雰囲気にスラエータオナは口を挟めず、二人の会話を黙って見守る。


「その返答はアシャを知ってるってことだよね? 実はボク達は中々公言し辛い用事でここまで来ててね、知ったかぶりかも知れない相手においそれと言える話じゃないんだ。だから、ボク達が何でアシャの話を知ってるか答える前に、?」


 ドゥルジが出したのは想定以上の慎重案。もしかすると国王直属の命令に対してスラエータオナの認識が甘いのかもしれないが、それはともかく、ドゥルジは条件を出すのと同時に、叙述トリックの様なやり口で終始アシャが人間であるという情報を隠している。



 次の一言でアンの情報の精度が決まる、そう察知して固唾を飲むスラエータオナに浴びせられたのは想像以上の衝撃だった。


「成る程、どうやら君はとても賢い人の様です。アシャ、いや正確にはアシャ・ワヒシュタとは──


「…………は?」



 空気が抜けるような間抜けな疑問符を出したのは、スラエータオナだったかウォフだったか、もしくは他の誰かだったろうか。



 突然身に降りかかった異常の連続に、現状を訝しむ余裕と脳の容量はとっくに無くなったと思っていたのだが、与えられた情報はそれを悠に超えて思考回路を直接殴りにかかってきた。


「巷に伝わっている建国神話では、アシャ・ワヒシュタの名は失伝してしまっている様ですけどね」


 アンはどこか楽しげに補足を入れて来るが、それらを整理して結びつけることすら叶わず、与えられた情報は別々の引き出しに入っていく。そう表現できるほどの不可思議にどれほど包まれただろうか、あまり何も理解していなさそうな褐色の少年の舌打ちでいち早く我に戻ったのはウォフだった。


「って事は何だ、あの爺さん『子供らを助けたかったら神頼みしてこい』っておれらに言ったのか?」


 女は真紅の長髪を指で梳き出来るだけ平静に答えたが、うっかりとここへ来た目的を口から滑らせた。すると間髪入れずにバトンをドゥルジが引き継ぎ、


「さっき伏せた目的だけど、実は今ボクらの地元で奇妙な流行り病が蔓延っててね。それの治療法を探るために、この村のアシャを訪ねろって助言されたんだよ」


 またもや核心はぼかしつつ話を続ける。その言葉に、アンは思案するようにその白肌へ掌を沿わせて数秒黙り込む。



 その間、スラエータオナは何もできない。何も話せない。同じ理解の只中に居るはずなのに、他の二人は着々と前へ進んで道を切り開いている最中で、一人取り残されている感覚を覚える。



 ライラックを救う手立てを探すという、いわば利己的な目標のために進んで分け入った茨道だったが、最早自分では脚を進められず担がれている。そう形容できる状態に人知れず歯噛みするが、それすらも気に留められることはないまま議題は進む。


「それで、そのアシャ・ワヒシュタにはどこに行けば会えるんだよ。どっかの神殿か、それとも石碑か」


「いえ、生きています」


「はい?」


「ですから、アシャ・ワヒシュタは生きています。より正確には生きたまま封印されている、ですが」


 またもや理解できない。ウォフやドゥルジ、ついでに何故かセピーデダムも驚愕と共に口を開けてアンの齎す衝撃を素直に受けているが、今やスラエータオナは情報の咀嚼を諦め、彼の一語一句を素直にそのまま受け入れている。それが今の彼に出来る、最大限の関わり方だった。



 故郷を追われたその日からきな臭さは感じていたが、よもやここまでおとぎ話じみた展開になるとは予想できなかった。スラエータオナの好む物語では、登場人物が核心を知る主役と何も知らない端役に分かれる事がしばしばあるが、現在の彼は正に端役に過ぎないだろう。



 当然そんな思考は露知らず、知識を披露できるのが心待ちだったのか少し声の高ぶったアンが告げる。


「善神の封印を見守り、そしてその解放を見届ける。それが我々『土地守』が課せられた使命だったのです」


 そしてそのまま窓の向こう、スラエータオナたちがやってきた方向と反対を白い指で差して、


「あの砂漠にアシャ・ワヒシュタは眠っています。三千年の停滞は今解かれました。ようこそいらっしゃいませ、英雄の皆さん」


 最後まで新しい概念を発し続けながら、極めて穏やかに破顔した。


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