07 【謁見】
「ようこそ、いらっしゃいパルシスタンへ!」
随分ととぼけた声に、スラエータオナは混乱からまた冷や汗をかいた。横目で二人を確認すると、ドゥルジは平静を保っている一方で、ウォフは笑いをごまかす様に口を開けたり閉じたり忙しなく動かしている。王様の前に立っている貴族風の男は、凍り付いた場を溶かすようにわざとらしく咳払いをした。
「王よ……!」
「え、ダメ? 緊張をほぐしてやろうと思ったんじゃが……」
水を打ったように静かな空間であるので、側近と王の囁きのような会話でもスラエータオナに耳に届いた。気まずい沈黙が辺りを支配し、スラエータオナたちはそのまま石になる事を強いられる。男がもう一度わざとらしい咳払いをすると、
「改めてようこそ、客人たちよ。儂の名前はザラスシュトラ、ここパルシスタン王国の王にして貴君らを此処へ呼び寄せた者じゃ。まずは面を上げよ、貴君らの顔が見たい」
と、君主を名乗る男が厳粛に告げた。そこには聞く者を畏怖させる威厳と重みがあるのだが、つい先ほどまでの脱力してしまいそうなやり取りを聞いた後だと、どこか滑稽な印象さえ与える。すると、更に追い討ちをかけるように王が間抜けな声を漏らし、
「そういえば儂、目が悪いから顔なんか見れぬわ」
「……見えないんかい」
小ボケをかます国王に耐え切れなくなったのか、遂にウォフが小さくツッコミをいれる。あの老騎士が最後まで紡ぎ終わらなかった言葉の中で、どうにも王への言及をやり辛そうにしていた理由が判明する。威厳を保てない性格なのだ。
場が落ち着いた所で、再度目の前の王――ザラスシュトラと名乗った男――が口を開く。
声から判断するに、そこそこ老齢な男性だろう。声の調子は軽妙で、歳を経るにつれて厳めしさより朗らかさを手に入れた老人のようだ。
「さて、お主らを此処に召喚した理由じゃが……まずはその理由を話す前にお主らの身の上を聞こうではないか。なに、恥なら儂が先に晒したじゃろう?」
ザラスシュトラ王はそう言って一人でからからと笑う一方で、対するスラエータオナは未だに跪いた姿勢である。王様がいかに気さくであろうと今は王との謁見中、無礼な態度一つで首を跳ね飛ばされかねないと、物語から知識を得たスラエータオナの暴君に偏った知識はそう考える。
「そうじゃな……まずは、お主らに何があったのかを聞かせてもらえるかの? もちろん報告は受けておるが、当事者の所感を聞きたい」
「……ではおれ、じゃなくて私の方から」
いきなり核心を突いた質問にたじろぐスラエータオナ、その前に言葉を繋いでくれるのは、いやに畏まった態度のウォフだ。
「ご存じの通り、彼らの住居区で森林火災が発生すると同時にバリガーが侵入、更に未成年が同時多発的に昏睡しました。その時の現場は朝方であったにも関わらず夜のように暗く、住民は対処の及ばない事態に軽い恐慌状態に陥っておりました。それにつきましては王都騎士団殿の尽力があってこその収束かと」
「よい、見え透いた大仰な態度は却って己の価値を下げるぞ。それよりも──」
不意にザラスシュトラ王の声色が変わり、冷たい刃のような言葉がスラエータオナの心をすり抜ける。それはやはり一国の主に足る覇気と威厳に満ちた響きで、固まった姿勢のままで次の言の葉を待つが、
「それよりも、儂は眠っとらん子供は少年が二人って聞いとるんじゃが! 明らかに三人おるし女が喋っとるじゃろ!?」
ザラスシュトラ王が発した次の言葉は、渾身のツッコミであった。
その言葉に呼応するようにウォフは口角を歪めて思い切り息を吸い込み、
「お初にお目にかかります麗しきザラスシュトラ王。おれの名前はウォフ・シャムシール、流浪の傭兵にして此度の事態において現地で騎士団の面々より先に対応にあたった、いわばあんたらにとっての功労者だ」
そう、乾坤一擲の名乗りを上げたのだった。その様子にスラエータオナは自分の恥のように顔を紅潮させ、ドゥルジは頬を一杯に膨らませて何とか噴き出すのを我慢している。急に大声を出したものだだから控えていた片眼鏡をした側近の男が一歩前進してウォフと玉座の直線上に出るが、
「よい、下がれ。……それで、自らを功労者と呼ぶのであれば、続く言葉は要求ととって良いかな?」
王は軽いあしらいで自らを案じた部下を下がらせ、反対にウォフを試すような文言を紡ぐ。彼女が定職や定住する場所を持たないのであれば当然要求は限られてくると、まだ笑いの余韻が残るドゥルジを目で諫めつつ、スラエータオナは次のウォフの台詞を待った。
「いやさ、別におれは恩が売りたいわけじゃないんだよ。俺が聞きたいのは、そんな聴取のためにわざわざ呼んだ訳じゃないんだろ? ってことだ。なぁ王様、ぶっちゃけ今回の事に関して、何か心当たりがあるんだろ? おれにも絡ませてくれよ」
先ほどまでの和やかな空気とは一変、ウォフの突き刺した剣の切っ先が大空間を穿って、大気が冷えるような感覚を覚える。唾を飲み込む音すら躊躇われるような緊張感が走った中で、ザラスシュトラ王はふうと空気を吐いて
「そう急かんでも良かろうに……今回の事態で最も重く考えるべきは子供らの昏睡、と言うのは言わんでも分かるな? ──それについて、事態の解明のためにお主らには探し人をしてもらいたい。それに就くのは症状が出とらん特別な者が相応しいと考えていたが……お主は傭兵と名乗ったな? 護衛としては申し分ない、事態を知った以上お主を放逐する訳にも行かん、この際同行してやってはくれぬか」
「何だ爺さん話が分かるじゃねぇか! おれが言いたかったのはそういう事だよ!」
「いくらなんでも砕け過ぎじゃない!? 一応、儂国王なんじゃけど!?」
急かされる様に目的を明かした国王、それに対してやたらと親しげに話しかけるウォフの漫才じみたやり取りで誤魔化されたものの、スラエータオナとドゥルジが関与しない内に、話の歯車は大きく動かされた。
「それで、探し人っていうのは誰をどこに探しに行くんでしょうか、王サマ?」
とんとん拍子に進む話の中、ドゥルジはスラエータオナより先に沈黙を破った。相も変わらず軽薄さの拭えない態度でザラスシュトラへと質問するが、口ぶりから察するに人探しをする事は了解しているらしい。
「なに、それ程手間は掛けさせんよ。この街から馬で一日ほど駆けた所にあるアラークという村。そこにおるじゃろう土地守に、アシャという名を出してみろ」
「あ、あのっ」
スラエータオナが何も言わなくても流れていく会話、そこに少しでも棹をさしたくて、王が朗々と語る人探しの詳細な説明に強引に割り込む。一瞬で場の注目を浴びる感覚に内心竦みながらも口を開けた。
「えっと、それはいつ頃に出立すれば宜しいのでしょうか、ザラスシュトラ王」
滞りなく口をついて出た質問に、自らの運命に微力ながらも関与できた小さな幸福感がスラエータオナの胸中に訪れるが、当然その心を周りは知る事無く、特別な反応を起こされる事は無い。それでも、黒髪の少年にとっては、自らの運命を切り開く重要な一歩であった。
「やれやれ、そう急くなと言っておろうに……それとも儂が歳を取り過ぎたのかのう? まぁ良い、それであれば明朝には出てもらう。馬と、案内役の近衛兵をこちらで用意するから案ずるな。……他に、質問は無いか」
沈黙を肯定として、王との短くも濃密だった謁見の時間は終わりを迎える。王は「最後に」と付け足すように、
「今夜は気を張っただろうし疲れたじゃろう。お主らを連れてきた騎士団長──アランの奴に話は通してある、今後のことは彼に聞きなさい。それではよろしく頼んだ」
スラエータオナの背後で開いた重々しい扉の音は、運命の
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