デバッカー

「とにかく菜子なのこ! お前は、まだ隠れていろ! 監視ポイントへ戻れ!

 『赤き豹ターゲット』はもちろん、そこいら中で珍走団の奴らも暴れてんだ。危ねえし、これ以上ややこしくなったら修正しきれねぇ」

 そう指示している最中にも堅固けんごを発見できた。

 報告通りにポイントBの――監視地点の近くで引っくり返っている。どうみても死にかけDYNINGだ。

 適当なところへ相棒マイコゥを停め、フルフェイスヘルメットを変装用の仮面と交換する。……匿名希望も楽じゃない。

「ど、どうするんです!? あっ! 百十九番!」

「百十九番じゃ間に合いそうにねぇ。ここからでも息してないって判る。ありゃ心肺停止状態ってやつだろうな」

 堅固けんごへ駆け寄りながらも、コートのスルー・ポケット越しにウェストポーチを漁る。……やるしかないのか? アレを!?

「なら除細動器AEDを! えっと……どこかにあるはずで――」

「それより良い物を持ってる」

「なら、それを使って下さいよ、しずくさん!」

 完全に菜子なのこはパニックへ陥ってしまっている。

 だが、それを咎める気にはならなかった。むしろ、まだ心が柔らかく優しい証拠と思えたほどだ。

 ……できる限りに早くに――まだ真面な内に手を引かさせるべきか。


 そんな横事を思いながら、栄養剤のような小瓶を睨む。どうして飲み薬なんだ? 普通に考えたら注射器だろう! 絶対、患者は飲めないのに!

 しかし、いまは文句をいってる場合じゃない。覚悟を決めるべき瞬間だ。

「飲み物……ですか? そんなもの……どうするんです?」

「どうする? ふふふ……こうするんだよ!」

 意を決し『小木木おぎき製薬・往生その前に』の蓋を毟るように開け、その中身を全て呷り――


 ZkyuuuuNと堅固けんごに口移しで飲ませた!!


「ふ、不潔です、しずくさん! 男の人同士で! 男の人同士でKissなんて!」

 Kissとかいうな! これは医療行為だし、やりたくてやったんでもねぇ!

 しかし、似たような誤解をする者は、他にもいた!

「き、貴様は、この前のホモ仮面! 堅固けんごもなのか!? 俺だけでなく堅固けんごをも、その毒牙にかけようというのか!」

 振り返ればかしらが、俺に濡れ衣を着せるべく妄言を放っていた。

「人聞きの悪いことを口走るんじゃねぇ! それに誰がホモか!」

「……男の人と男の人が、男の人を取り合って!? い、いけないと思います、そういうの!」

 ちょっと菜子なのこは黙ってろ! お前の認識力は腐ってる! どうしたらホモの痴話喧嘩に見えるんだ!?

「うおおおっ! 俺はッ! 堅固けんごを昏睡レイプなんてさせないぞ! ホモぉッ!」

 ……しんどくなってきた。なぜ俺は、こんな目に? 前世で余程の悪業でも積んじゃったのか?

「手当は終わった。いつでもいい。『忍者玉』を投げ込んでくれ。撤収する」

 小声で菜子なのこへ指示した直後に、背後から殺気を感じた。


 ゆらーっと起き上がった堅固けんごが霊体を出している! それに『蒼い紐』もだ!


 拙い! あの『蒼い紐』を本体で受けたら面倒臭いことになる!

 慌ててノノベリティを出現させて防ぐも……霊体の右手へ巻きつかれてしまった。

「変な老人と船賃で揉めてたんだ。それで、どうしようかと悩んでたら……あんたが……あんたが助けてくれたんだよな?」

 なぜか堅固けんごは途中で言い淀み……あろうことか唇を押さえながら顔を赤らめやがった! やめろ! その恥じらいは俺に堪える!

「この不思議な力……目が覚めたら、自然と使えるようになっていた。井筒いづつが変になったのも、この力に関係しているのか?」

「貴様には聞きたいことが沢山あるんだ! いまここで、なにもかもを喋って貰うからな! まずは所属と名前から――」

 かしらの詰問へ被せるかのように『忍者玉』が投げ込まれた。あっという間に煙幕が広がっていく。ナイス・タイミング、菜子なのこ

 すぐさまノノベリティを解除し、『蒼い紐』の拘束を解く。……生身を捕らえられてたら、それで詰むところだった。

「名前か……そうだな『修正者デバッカー』と名乗らせて貰おう。『今後ともよろしく』ってところだ、ヒーロー達。

 だが、今夜は俺なんかより……『赤き豹』を――友人を優先しろ。

 実のところ相当に危うい状態なんだぞ、お友達は? まだ間に合ううちに、お前らの手で正気へ戻してやるといい」

 忠告がてらに念を押しつつ、充満した煙に紛れて退散した。……今度こそ、作戦成功ミッションコンプリートだ。

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