残業への突入

 『赤き豹』じゃあるまいし、次の戦場へ走って向かうなんてできる訳がない。

 そして桜先輩が他の移動手段を見繕う間に、今夜のメイン・イベントは終わる。

 ……かしら堅固けんごがドジを踏まなければ、だけど。

 やはり俺は俺で現地へ向かうべきか。まだ任務しごとはありそうだ。


 サービス・エリアを目指しつつ、小太刀写し・長久は鞘へ納めておく。

 いまなら断言できる。この写し・長久は対ラスボス先輩装備にして、おそらくは救済策だろう。

 そもそも『後半の武器屋』で上から三番目に高価な近接武器のくせに――


 小太刀だから、誰にでも装備できそう。

 「数打ち」と明記されていて、何本でも購入できる。

 刃がつけられてなく、打撃武器扱い。

 値段の割に攻撃力表記は控えめ。


 と微妙な性能をしている。

 ゲーム的な数字――御丁寧なことに商品の説明へ書いてある!――が、まだ信用できるとして、上から四番目に高価な『現代刀』の方が強いほどだ。

 ……完全に日本刀かつ刃物で、振り回すのに胆力を求められそうだけども。

 それでも一番高い『斬馬刀』よりはマシか? あるいは二番目の『鬼の金棒』より?


 長くなるので結論からいうと、これは『長久ちょうきゅうの剣』の写し習作と思われた。不滅の刃として名高き聖剣『デュランダル』の。

 なぜ『デュランダル』の習作が、それも異常な数を作られたのかは分らない。さらにいうなら刃をつけなかった理由も――完成させなかった理由も。

 しかし、「ラスボス先輩の攻略で詰まったら、この『写し・長久』を全員で装備して挑め」というゲーム・デザイナーのメッセージは感じられた。


 そしてゲーマーの勘に従って大正解だ。対策装備が判明したのは大きい。

 桜先輩がかしら達に合流するまで――主人公チームへ加入するまで、あと何回かはやり合わねばならないだろうし。

 それに刃物ではなく打撃武器というのも、少しだけ使い易かった。……いくら世界平和の為でも、躊躇いなく刃物で斬りかかれるのは狂人だけだ。

 え? 鉄製の鈍器で殴れば同じこと?

 よく話を聞いて欲しい。俺は殺傷能力の話ではなく、使い易さ――心理的抵抗感の話をしている。

 そもそも敵も味方も含めて全員を救うような偉業は、かしら達に頼むべきだ。

 俺の手は四つしかなく、助けられる人数も限られているし……優先順序を違える気もない。



 無線代わりな携帯の電源を入れ直したら、即座に着信した。もちろん菜子なのこからだ。

「どうして電源を切ってたんですか!」

 ……お前の姉貴分と殺し合いをしてたと、正直に答えられる訳もなかった。

 それに怖い。どうして通話を? そういう異能力にでも開眼したのか?

「悪い。もうすぐ俺もポイントBだ。なにか不具合が発生――

 というか、菜子なのこ? お前、移動の最中か?」

 なぜか呼吸が乱れているし、微かに鉄階段を――非常階段を使う音も聞こえる。

「『ヒーロー』と! 『ヒーロー・眼鏡』と『赤き豹ターゲット』が接触したんです!」

「予定通りだろ? 『ヒーロー・眉隠し』は?」

「そっちは、まだ確認できてません! でも、『眼鏡』が! 『眼鏡』は倒されてしまいました! ピクリとも動かなくなって!」

 ……拙い。『ヒーロー・眼鏡』こと堅固けんごは、井筒いづつに――『赤き豹』に臨死体験させられる予定ではあった。

 それで堅固けんごも異能に目覚めるからだ。……ゲームの展開だと。

 しかし、どうしてか『赤き豹』は、堅固けんごに強く当たった? 諌めにきただけの友人へ!?

 ……ひょっとして怒らさせ過ぎたか? でも、このままだとシナリオが歪む!

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