接触

 裏路地の案内された店から出ると、待ち伏せをされていた。

「動かないで下さい、大山田さん。できれば怪我をさせたくない」

 何か尖った物も背中へ押し付けられる。わざわざ苗字で呼び掛けてきたのは、俺の素性を調査済みという脅しか。

 ……しまった。

 せっかく買い付けた銃も、まだ弾の装填すら済ましてない。テイザーだって、充電しなけりゃ駄目だ。

 まさかリアルに『武器と防具は持っているだけじゃ意味ないぞ』をしてしまうとは。

 しかし、異能力者なら、こんな手段に出ないだろう。なんというか……常識的過ぎる。

 大人しく両手を上げながら、度胸を決めて霊体ノノベリティを出現させた。相手も異能力者だったら、その時はその時だ。

 背後には、黒髪をパツンとおかっぱに切り揃えた女子中学生が立っていた。

 ……俺の背中へ三角定規を突き立てて。

 そしてノノベリティこちらを確認できてないあたり、異能力者ではなさそうだ。

「女の子に恨みを買う覚えは無いな。金ならやるぜ? 財布は尻のポケットだ」

「さすが宝くじを何本も当てた人は違いますね。でも、お金が目的ではありません」

 どうやら尾けられていたらしい。

 まあ宝くじ売り場をハシゴで換金していたら、変にも思うか。

「宝くじの必勝法が知りたいのなら、教えてやってもいいぞ? だから、その三角定規をしまってくれ」

「確かに興味深いですが、お断りします。繰り返しになりますが、お金目当てではありませんし」

「じゃあ、何が目的なんだよ?」

 ……嘘だろ、おい? こいつ考えこんじゃったぞ!?

 突発的に俺の素性を探ったり、尾行したり、勢いで三角定規を突き立てたりか!?

「……! どうして三角定規だと!?」

 そして、やっと気付いたのを見計らって、ノノベリティに三角定規を強く押さえさせる。これで動かせないはずだ。

 それから、ことさら意識して悠然と振り返る。

「動かせないだろう?」

 女子中学生は、初めての異能体験に声も出ない。

 異能の視力があれば、ノノベリティ前世の俺が女子中学生の片手を全力で固定という……まちがいなくポリスメン案件なのだが。

「それに色々と間違えてる。俺は大山田じゃないぞ?」

 これは本当だ。大山田家に住んでいるからって、大山田姓である必要はない。

 つまり、住居は知られてしまったものの、細かいところまで調査できてないのだろう。

「言い逃れを! ……そんなに妹さん達が心配ですか?」

「ワンナウトだ。口には気をつけろ」

 ……拙い。つい、カッとなった。

 気づけば三角定規を握っていた手を捩じり上げ、もう片方の手で壁へ押しつけている。

「女は殴りたくない。でも、それは『もう殴るしかないようなこと』をやらない前提だぜ?」

 ……やり過ぎた。これで生命の危機から異能に覚醒でもされたら藪蛇だ。

 内心、かなり後悔をしながら、ふと女子中学生の胸ポケットの膨らみに注目する。

 たぶん生徒手帳だろう。ほとんどの中学生は、制服着用時に生徒手帳の携帯を義務付けられる。

 だからって正体不明の男を尾行する時に、そんな校則を!? 真面目かッ!

 とにかく身元を確認するべく、胸ポケットから生徒手帳を掏り取る。……ノノベリティが手に取った生徒手帳をみて――宙に浮く生徒手帳をみて、驚愕の表情だ。

新治にいはる菜子さいこ……お前、新治の血縁か?」

「……それで菜子なのこと読ませます。あと私とお姉様に――私たち新治に血縁なんか、一人もいません」

「どういうことだ?」

「新治は、ちばらぎの古い地名で……お姉様は、桜の時期に。私は菜の花の盛りに拾われたそうです」

 捨て子の場合、苗字に捨てられた場所、名前に捨てられた季節や状況を織り込むことがある。関係者――生みの親が気付けるようにだ。

「私はお姉様を助けたいだけなんです、教会の奴らから! だけど何とかしたくても、私には不思議な力が無くて……」

 どうやらヒントと爆弾、その両方が一緒になって転がり込んできたらしい。

しずくだ。漢字でゼロと書いて『しずく』と読ませる。色々と言いたいことはあるが、これからは俺の指示に従え。でなければ、これっきりだ」

 菜子が肯くのと同時に、ノノベリティによるの拘束を解く。

 ……どうしてだろう? はやくも間違えた気分だ。

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