第52話『追懐 5』
『勝手にどこ行ったわけ?あんたのせいで重い荷物を自分で持って帰んないといけなくなったんですけど。』
「……」
『ねぇ聞いてんの!?』
「……うん。」
『うん!じゃなくて。どこにいるわけ?』
「……ちょっと、買い物です。」
『今、
「……今すぐは……無理です。」
初めての抵抗だった。いつもなら「はい」の2文字で従うのに。
『は?え、なんで?あんた如きに用事なんて無いでしょ。陰キャが。』
「……」
と、その時、山梨先輩が私からスマホを奪った。
「あっ」
「ごめん、今買い物中なんだよね。邪魔しないでもらえると嬉しいんだけど。」
山梨先輩はそう言って、電話を切った。
「あっ……」
「いいのいいの!今は私と
「……あ、はい。それで。」
「うん!私が買ってあげるね!だってこれは私のお節介だからね!」
「えっ、いや、いいです……」
「ううん!買っちゃうもんね!」
私に拒否権は無く、ICレコーダーを奢ってもらった。
「次はクレープ屋さんだよー!萌美ちゃんは何味が好き?」
「……特に、無いです。」
「あ、ごめん、うるさいよね。なんだか楽しくなっちゃった。私はいつもチョコバナナなんだ~。なんだかんだ、やっぱりバナナは美味しいもんね!」
「……」
「ふふ!」
優しい笑みを私に向ける山梨先輩。私はアイスが入ってるのが食べたいな。甘いものを頬張って、笑いたいな。美味しいですねって、言い合いたいな。そんな人間みたいな感情が一気に湧き上がってきて、気持ち悪くなった。ふと、目の前でおばあさんが重たそうな荷物を持っているのが見えた。山梨先輩はまるでそっちが目的地かのように歩いていった。
「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」
「あらあら、ごめんなさいねぇ。お願いしてもいいかしら?あの車のところまでなんだけれども。」
「はい!もちろん大丈夫ですよ!」
おばあさんが抱えていたたくさんの荷物を軽々しく持ち上げ、爽やかな笑顔でおばあさんの隣を歩く。その少し後ろを着いていく私は、虚無感に襲われていた。あぁ、そうだよな。私は浮かれてた。あの人は、誰にでも優しいんだ。私にとってどんなにあの人が特別でも、あの人にとっては、私は特別でもなんでもないんだ。全てのものが優しくする対象で、その中のたったひとつにすぎなくて。あぁ、悲しい。そのおばあさんに向けた笑顔は、ついさっきは私に向けられていたのに。
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