第53話『追懐 6』

 クレープ屋さんに着いた。

「どれがいい~?うわぁ~、バナナ以外にも美味しそうなのがたくさんあって迷うなぁ~!」

さっきまでおばあさんに向けられていたはずの笑顔を私に向ける。つかの間の勘違いだった。もう少しだけ勘違いのままでいたかったな。まぁ、いいや。所詮、獅子しし萌美めぐみはそんなもんだ。

「萌美ちゃんはどれがいい?」

「……これで。」

ストロベリーアイスクレープを指さす。

「おー、いいねぇ!私は~、うーん、迷うなぁ。」

「……どれとどれ、迷ってるんですか?」

「えっとねぇ、抹茶アイスかぁ、チョコブラウニーかぁ、でもやっぱりチョコバナナも外せないし~、プリンアラモードも美味しそうじゃない!?」

私はそこまで迷えない。今から自分の口の中に入るものなど、どうでもいい。いや、どうでもよかった。気づけば、今だけはしっかりと意志を持っている。ストロベリーアイスクレープが食べたい。そんな、女子中学生が持ってしかるべき感情の一部。

「プリンアラモードにしよ~っと!」

「チョコバナナじゃないんですね。」

「んふふ~!せっかく初めて一緒に遊ぶ人といるから、いつもと違うのがいいなーって!」

一緒に人。この人、今私と遊んでるつもりなんだ。

「萌美ちゃん。」

不意に山梨やまなし先輩が私を呼んだ。見上げると、じっと私の目を見つめていた。

うつむかなくていいよ。私といるときは、前を見ててよ。これから、私が前を照らすから。」

あぁ、でも、いいや。それでもいいや。たとえ、これが私以外のどの人にもかけられる言葉だとしても。この人が私も思いやってくれていることに変わりはないんだから。

「よーし!すみませーん!ストロベリーアイスクレープと、プリンアラモードクレープください!」

「はい、かしこまりましたー!」

山梨先輩がお会計する様子をぼーっと見つめていた。財布からストロベリーアイスクレープ代を出し、クレープの焼き上がりを待つ山梨先輩に渡す。

「あっ、うん、ありがとう!見て見て、焼いてるところ見れるよ!」

クレープの生地が美しく薄く伸ばされ、瞬く間にひっくり返されていく。

「うわぁ、楽しそうだねぇ。」

キラキラの瞳をクレープに向ける山梨先輩。胸の奥が痛い。テレビでアイドルを見たような気持ちだ。私とは住む世界が違う、世界から愛されるべき太陽たち。この人の人生において、私を救うというイベントが輝きを放つのなら、それほど幸せなことはない。今日から、そのために生きよう。死なない理由がまたひとつ増えたんだ。

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