第48話『追懐 1』

私は毎日、地獄へ登校していた。もういっそのこと、私が自ら消えてしまいたかった。でも、お母さんとお父さんを悲しませたくなかったし、私には、自分で自分の首をねる勇気さえも無かった。ただ耐え忍び、その日が終わるのをじっと待ちわびることしかできなかった。


5年前の梅雨明け頃、それは突然やってきた。口の中から入り込み、声帯を引き裂き、胃を破壊し、身体中をむしばんだ。朝、4人分の宿題を提出。上履きの中には画鋲。昼、4人分の昼ごはんを用意。私の昼食は拳ひとつ分よりも小さな菓子パン。夕方、4人分のカバン持ち。道中、マックやタピオカを奢ってのは日常茶飯事。夜、4人分の宿題をする。終わるのはいつも、3時過ぎ。機嫌が悪い日は、コンパスの針で太ももに落書きされた。痛いとも言わず、泣きもしない私を、彼女たちは笑った。それはそれは愉快そうに。先生や親にバレるほどではない。見える場所に傷がつくわけでもない。私は「喜」を失くし、「楽」を失くし、「怒」を失くし、「哀」さえも失った。お父さん、お母さん、私の苦しみに気付いて。お父さん、お母さん、私の苦しみに気付かないで。終わりの日、泣いて謝られた。気付けなくてごめん、ごめん、ごめん。何度も、何度も。ううん、私が隠してたんだから、気付かなくて、正解なんだよ。

女子校って、いじめとか多そうなイメージ。でも実際は、むしろ共学よりもずっとずっと平和で。だって、恋のいざこざとか無いし、女しかいないから恥とかないし、ありのままの自分をさらけ出しても、みんなが受け入れてくれるから。しかしもちろん、例外がいた。自分のありのままをさらけ出して愛してもらうことを選ばなかった人たちが。自分を大きく強く見せないと、心を保てない、悲しい人たちが。

獅子しし、私たちの分もやってね。」

私は今日も彼女たちの奴隷。返事もせずに従う。だって仕方がないじゃない。選ばれたんだもの。これを乗り越えれば、いつか何か良いことが待ってるのかな。そうでなければ、私は何のために生きているんだろう。体育祭前の設営。女子しかいないんだから、女子で全部やるんだよ。テント張りも、椅子出しも。太陽が私を照りつける。このまま、汗を流し続ければ、私は太陽に殺されることができるだろうか。重いな。腕が痛くなってきた。4脚も一気に持つんじゃなかった。なんだかこの辺は、やけに人が少ないな。静かだ。女の声が聞こえない。甲高い、悪意に満ちた声が。私、こんな中学校生活が送りたかったのかな。まぁ、これでいいや。仕方ないもんね。私じゃなければ、他の誰かがここに立っている。だったら私でいいや。マリア様みたいなもんでしょ。神様が、私に人より大きな試練を与えた。何か意味があるのよね。私は、選ばれた人なのよね。

「ねぇ、大丈夫?重たそうだね。手伝おうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る