第696話 第五関門の意味するところ

 ――ここは夜のみやび亭、ネプチューン号支店。


 ラフィアの海賊船……もとい交易船も晴れて宇宙船となり、本日のお披露目と相成った。アルミスの駆逐艦サバト号ともども連結され、黄金船の直線距離がすごいことに。岩井さんと飯塚さんが、横の連結も出来るようにと意見具申してきました。


 全長で四千メートルを優に超えてしまった黄金船。近々アルマの戦艦ナイゲンも、ビアガーデン付きで加わることが決まっている。

 従来は宇宙輸送機を使い乗員の移動を行っていたが、各艦艇が輸送機を格納できるスペースにも限度ってもんがある。岩井さんと飯塚はそれを危惧したわけで、ごもっともな指摘なのだ。 

 それを受けて大型艦を中央に配置し、中小型艦を両サイドに。その方向で錬成師であるマクシミリアとカルディナにゲイワーズが、横連結の構想を練り始めていた。


「当面はミニ反重力ドライブを搭載した、リュックなんてどうじゃ、ゲイワーズ」

「ナイスアイディアだわん、カルディナ。マキシーはどう思う?」

「場所を取りませんし、個々人が空中移動できますものね、採用しましょう」


 お座敷一番テーブルで対応策を話し合う三人が、それで行こうとジョッキをぶつけ合う。つまりコントローラーを操作しながらお客さんがふよふよと、営業してるみやび亭の船に飛んで来る訳だ。


 隣のお座敷二番テーブルから何それ面白そうと、メライヤにホムラとポリタニアが乗ってきちゃう。香澄からポテトサラダをゲットして戻ったメアドが、何の話しなのだーと首を捻っている。

 ちなみに童顔巨乳のだーだーは、フリルがいっぱい付いた短パンが標準装備となりました。これを穿きなさいとぐいぐい押し付けてくる、笑顔だけど目が笑ってない妙子さんがよっぽど恐ろしかったらしい。


「これを私に? みやびさん」

「錬成でM16ライフルを改造したから、付属パーツ感覚でしょ、瑞穂さん」

「つまり万能攻撃の魔力弾が、この金剛杵から出るわけね。しかも雷撃耐性付きで」

「ライフルの機能はそのままだから、普通に万能攻撃の銃弾も撃てるわよ」


 それは便利ねとライフルを構える瑞穂さん。銃口の下に金剛杵があるので、ライフルスコープも普通に取り付け可能。弾薬が切れても攻撃手段がある、それが瑞穂さんにとっては一番嬉しいんだとか。

 なお妙子さんのハルバードが持つ特殊効果は、周囲に溶け込むカメレオン効果だったそうな。いやそれ何気に怖いかも、闇に紛れた魔王らしい法具だけど。


「北のジミマイ、どんな魔王なのかしらね、香澄」

「みや坊を真の大精霊たらしめるいしずえね、麻子。ドミニオン主天使がそう言なら本当なんでしょうけど、まるで想像も付かないわ」

「三悪道に四悪趣をクリアして、なおかつ第五関門か。宇宙の意思はみや坊に、何を求めてるんだろう」


 それが分かれば苦労しないわと、香澄がスペアリブの煮込みを皿に盛り付ける。ブラウンソースに添えられた、クレソンの緑が映えて見た目もキレイ。本日お勧めの豚肉料理で、飯塚とジェシカにお待たせと並べて行く。


「お、この甘味って何ですか? 香澄さん」

「スペアリブの表面を焼いてから煮込むとき、隠し味でオレンジマーマレードをちょっぴり加えるの。美味しいでしょ、飯塚さん」


 人差し指を立てて、にっこり笑う香澄さん。そして生ビールが止まらないと、もりもり頬張る飯塚と愛妻ジェシカ。そんなの見せられたら黙っちゃいられない、こちらにも下さいと秀一チームの手が挙がる。


 洋風居酒屋メニューは香澄の独壇場だが、そこは中華の鉄人である麻子も負けてはいません。本日お勧めの中華に全集中しており、それはニンニクの芽とレタスに牛肉のオイスターソース炒め。もうこれ炒めてる最中にね、漂ってくる香りが罪です。


「はいお待たせ、岩井さん、ピューリ」

「こいつは良い匂いですね、一佐殿麻子

「もう階級で呼ぶの止めない? 岩井さん。名前でいいって」


 はにかむ岩井さんに微笑んで、麻子は次に取りかかる。

 入荷した魚介類に、これといったお勧めが無いケースはよくあること。そんな時みやび亭は、洋風料理と中華料理の共演となる。お品書きには無い洋食と中華で、三食の献立でも普段お目にかかれない料理が立て看板のお勧めに並ぶのだ。


「超激辛! 鶏肉とナッツの唐辛子炒めお待たせ、フレイア」

「来た来た、待ってたわよ麻子。石黒も高田も、一緒に食べましょうね」


 この料理は唐辛子を避け、鶏肉とナッツを拾って食べるもの。でも竜族は辛いの大好きでお構いなしだから、フレイアは唐辛子ごと食べちゃうのだ。それを見て頭皮の毛穴という毛穴が開いたのか、石黒も高田も風呂上がりとは別の汗をかき始めた。


「い、行くか高田」

「行きましょう、石黒さん」


 だから唐辛子を食べなきゃいいのに、フレイアを倣って口に入れちゃうこの二人。悶絶する石黒と高田にアリスがアドバイス、それを直ぐビールで流し込むと辛さが口中に染み渡りますよと。


「ど、どうすりゃいいんだ、アリス」

「これをどうぞ、石黒さん。高田さんも」


 アリスがことりと置いたそれは、チーズ盛り合わせだった。辛さと痛みはカプサイシンによるものだが、これは水に溶けないのである。脂に溶ける性質だからチーズがおすすめですと、にっこり微笑むアリス大明神。


「あ、痛みが引いてきましたね、石黒さん」

「唐辛子には油物がいいのか、目からウロコだな、高田」


 ――そして閉店後、ここはアマテラス号の船長室。


 ラフィア領事の武官四人が、めでたく妙子さんファミリーにジョイン。ジェラルド大司教とアリーシャ司教も、アーネスト枢機卿と儀式を交わした。今夜は夢を見られるかもと、眠りに就いたみやびである。


 そしてみやびはスタート地点に立つ。そこはもう、荒野ではなくなっていた。

 色彩を持つ町が形成され市場も立ち、けっこうな賑わいを見せているのだ。ただし住民は天使と悪魔で、仲良く共存している所が面白い。


 パンを焼いて売る天使と、それを購入する悪魔。露天で青果物を売る悪魔に、値切り交渉をしている天使。鍛冶職人らしき悪魔が構えるお店を見れば、並んでいるのは武器ではなく農機具や調理器具だ。町の外は一面の麦畑で、そよ風に吹かれ黄金色の穂がさわさわと揺れる。


「エデンが町長さんなのかしら」

「そうね、私が望んだ均衡を保つ世界よ。行きましょうみやび、ソロモン神殿の北、魔王ジミマイがいるエリアへ」


 またもやヒント無しで消えちゃったエデン。現実世界で目の前にいたら、小一時間ほど問い詰めたい気分のみやびである。まあいいさと気を取り直し、たのもーと声を上げ扉を開く。


「やあ、いらっしゃい」

「ここは……喫茶店?」


 入ればそこはこぢんまりとした、カウンターにテーブルが四席の空間だった。客はおらずカウンターの中に立つ、マスターだけが色彩を持っている。そのカウンターにはサイフォンがいくつか並び、ひとつがアルコールランプに熱っせられこぽこぽ言っていた。


「お好きな席へどうぞ」


 ドンパチ始める雰囲気でもなく、マスターはお湯が沸いてる下ボールに、コーヒー豆を入れた上ボールを差し込んだ。サイフォンはコーヒーを煎れる道具のひとつで、ぱっと見は化学の実験で使うようなガラス器具である。みやびもコーヒーはサイフォン派で、理由はお湯が沸騰してる状態で抽出できるから。


「おや、そこでよろしいので?」

「いつもはカウンターに立つ側だからね、お客として来た時はカウンターから店主の所作を見たいのよ」

「それはちょっと緊張しますね」


 対面に座ったみやびにふふっと笑い、彼は上ボールに上がってきたお湯をヘラでかき混ぜる。魔王ジミマイの目に憤怒や傲慢の色は見受けらず、彼は何がしたいのだろうとみやびは訝しむ。


「悪魔は変身する事ができます、私の実態も本来は別の姿なんですよ」

「でしょうね、人間を騙す時とか?」

「騙すとは心外ですね、悪魔は契約で動き必ず約束を守ります。破るのはそう、いつだって人間の方だ」


 コーヒーカップをことりと置くマスターの瞳に、一瞬だが刃を垣間見たみやび。魔王ジミマイは物理戦闘ではなく、問答を仕掛けて来たのだと悟る。

 ならば受けて立ちましょうと、置かれたコーヒーをみやびは口に含む。意外なことに苦みと酸味にコクのバランスが良く、豆の種類と焙煎度合いを聞きたくなるほど。


「あなたは天使と悪魔を、どのようにお考えでしょう。単純に善と悪だなんて、思ってはいないですよね」


 その問いに人差し指を顎に当て、天井を見上げるみやび。頭を右に、そして左に振る。そして塩はないかしらと、魔王にリクエストしちゃう。


「コーヒーに塩ですか」

「コーヒーにはいつも塩をひとつまみなの。そうそう、私はみやび。あなたはジミマイさんでいいのかしら」

「いかにも、私が北を預るジミマイです。質問の答えを聞かせて下さい」

「法で支配するのが天使、力で支配するのが悪魔かな。どちらも人間を支配することに変わりはないわね」

「どちらかが支配しなければ、人類は結局滅亡するではありませんか。歴史がそれを証明している」


 確かにねと、みやびはコーヒーに塩をひとつまみ。でもねと彼女は、言葉を紡いでいく。自らの胸を人差し指で突き、天使も悪魔もここにいるのよと。


「支配するのではなく人類の魂を目覚めさせる、それが天使と悪魔に与えられた役割りじゃないかしら。法と力の均衡を保つ、それが宇宙の意思だと私は思う」


 喫茶店が色彩を持つ神殿に変わって行き、それを聞きたかったという満足そうなジミマイの声が遠ざかっていった。四つのエリアに分かれていた神殿は本来の姿を取り戻し、みやびの前に天使ではなくエデンが現れた。


「大いなる深淵の聖母となりましたね、みやび。祭壇へ行きましょう、そこで待っている人物がいます」

「待ってるって、この私を?」


 頷くエデンに手を引かれ祭壇に来てみれば、王冠を戴く老人が玉座に座り宙に浮かんでいた。もしかしてこの人がソロモン王かしらと、みやびは香澄知識をフル動員させる。

 一般にソロモン王は、悪魔を手なずけたと言われている。だがゴエティアを含む魔法書のレメゲトンには、天使と悪魔の両方を使役したと記されているのだ。法の秩序と武力による秩序、その均衡を保った王さまかもねと、香澄は話していた。


「よく来たな、みやびよ。私はソロモン、古代イスラエル第三代の王だ」


 彼が手にした王笏おうしゃくを振ると、祭壇が眩い光に包まれた。そこに現れたのは一振りの剣と指輪で、彼はみやびに譲ると言う。


「どうしてこれを私に? ソロモン王」

「この宇宙に於ける私の役目は終わったからだ、みやび。宇宙の意思は思ったより人使いが荒しぞ、覚悟しておくがよい」


 笑ってそう言い残し、ソロモン王は玉座ごと消えてしまった。色々と聞きたい事はあったのだが、まあしゃあないと祭壇に歩み寄るみやび。そこにあるのはソロモンの王剣と、ソロモンの指輪である。

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