第692話 餓鬼界をクリア
みやび達は直系と傍系を含め、ファミリーを更に増やしていた。やはり料理人の需要は高く、近衛隊はもちろん亜空間倉庫で腕を振るうメンバーが大人気。
そしてみやびは再び、エデンの夢に入ることが可能となった。やはり条件は縁の輪をどれだけ広げ、魔力を増大させたかなんだろう。
スタート地点である荒野で再会したエデンは、ウコバク戦の前よりも少しだけ表情が和らいでいた。彼女の方から手を繋いできたので、みやびはちょっぴり嬉しくなってしまう。
「ここは宮殿か神殿なの? エデン」
「ソロモン神殿と言うのよ、みやび」
香澄の
入り口は四つありますがまず東からと、みやびはエデンに手を引かれた。はて、その口ぶりではボス戦が三回ではなく、あと四回あるってことではあるまいか。
「ねえエデン、この人達は何をやってるのかしら」
「ここは大金を賭けた賭博場よ、みやび」
扉を開いて目に飛び込んで来たのは、まるでラスベガス。賭け事に興じる者たちで溢れており、異様な熱気に包まれる鉄火場だった。
「私はここから先には入れません、どうかお気を付けて」
エデンはそう言い残し、またすうっと消えた。
場内に足を踏み入れたものの、みやびに攻撃を仕掛けるでもなく賭けに夢中の老若男女たち。特に目を引いたのは、カードゲームに興じているテーブルだった。一人勝ちと思われる男だけチップが山と積まれており、他のプレイヤーは数えるほどの枚数しかない。
風景はモノクロだしルールはよく分からないが、タロットみたいなカードでポーカーをしているように見える。警戒しつつも眺めていたら、チップの無くなった女が胴元らしき男に声を掛け、借金でチップを得ようとしていた。その胴元だけが何故か色彩を持っており、怪しい臭いがぷんぷんする。
「ばっかじゃないの!」
つい声を上げてしまったみやびと、一斉に動きが止まる賭博場のお客さん達。
運とは書いて字の如く本来は自ら『運ぶ』ものであって、転がり込んでくるものではない。パチンコやパチスロに例えるなら確率抽選であって、その抽選にも波があり確率通り当たりを引けるわけじゃない。
波が引いてる時はさっさと止めるべきで、波が来ている場合は潮時のタイミングを常に考えなければ。これはギャンブル全般に言える事で、株だって同じだろう。欲をかくと結果的に収支がマイナスになる事を、ヤ○ザの家系であるみやびはよく知っていた。
「ななな、何を言ってるのかしら、私の自由でしょう」
「それで借金が膨らんで返せなくなったら、どうするのよ」
「そ、その時は身売りしてでも勝って取りもど――」
「だから馬鹿なのよ!」
みやびが一喝した瞬間お客さん達は、ふわふわ漂う死霊と化した。胴元だった男が余計な事をと発しながら、豚の頭を持つ筋骨隆々の姿に変わる。
金に目がくらみ、借金をする遊戯客。相手の人生を狂わせようとも、金を貸そうとする胴元の男。まるで平成時代のパチンコ狂と、サラ金業者である。
現代では法改正され禁止となったが、利息制限法のグレーゾーンを悪用した高利貸しが当時のサラ金だ。どちらにしても金の亡者で、そこには負け組か勝ち組かの違いしかない。
死霊たちが迫り、それと同時に風が動いた! ゲームで使われていたカードが、一斉にみやびへ襲いかかったのだ。虹色魔法盾が物理無効で発動し、
だが豚人間にだけは、鬼火が通用しなかった。カードが飛んできたとき、風属性だけでなく地属性の波動も感じたから合わせ技だろう。こんな攻撃手段もあるんだと、思わず感心してしまう。だが今はそれどころじゃない。豚男が持つ属性は、少なくとも風と地と光だ。
「私はみやび、挨拶も無しに失礼ね」
「少しは出来るようだな。我が名はアマイモン、東を守る王だ」
「甘いもの?」
思いっきり外したみやびに、豚顔がぶひぶひと怒りを露わにする。
東西南北を守護する聖獣は、青龍・白虎・朱雀・玄武だ。悪魔の世界も同じで、魔王の守護する方角がある。アマイモンは東を受け持つ王で、貪欲と飽食を司る餓鬼界の支配者と言えよう。
いつの間にかその手には、モーニングスターが握られていた。先端の金属球にトゲトゲが付いた打撃武器で、まあ釘バットみたいなもんである。これでぶん殴られたら甲冑なんて、まるで意味を成さない。戦場に於いて使われる近接武器は、剣や槍だけではないのだ。
「どうした、その剣を抜くがいい、頭をかち割ってくれようぞ」
「いいわよ来なさい、甘いもの」
「ぶひ!」
任侠大精霊さまは外したんじゃなくて、わざと煽ってるもよう。豚の顔が真っ赤になって、モーニングスターを振り上げぶひーと突進してきた。それと一緒にテーブルやら椅子やらが飛んで来る。
最初に虹色魔法盾を披露したはず、お馬鹿さんなのか、何か策があるのか。みやびは試しに盾を、物理無効から反射に切り替えてみる。
「ひでぶううぅ」
ああ……お馬鹿さんの方であった。
欲に駆られた者は、前後の見境が付かなくなるってことか。飛んできた椅子やテーブルは粉々になり、甘いものは派手に壁を突き破り隣の間へ吹っ飛んだ。だがそこは魔王、肉体は頑丈らしく左肩が軽く損傷しただけであった。しかも蒸気を噴き出しながら自己修復を始めている。
虹色魔法盾は、六属性が揃わないと使えない特技だ。物理と魔法を無効にする祝福も、身体能力を上昇させる祝福も、六属性が揃って可能となる御業である。つまりこの豚さん、六属性持ちではない。
苦手とする属性で魔力攻撃を仕掛けても、惑星規模の魔力で通じない事はウコバク戦で分かっている。足止めの
盾の反射ダメージは期待できず、しかも外傷は自己回復され、光属性による灰化もできない。これって手詰まりじゃと、みやびは脳みそをフル回転させる。
それじゃこれはと右手を突き出し、六連魔方陣を展開。第七属性の大いなる力はダメと言われたが、エデンの声が降りてこない所を見るに粒子砲はオッケーみたいだ。
「小娘、何をするつもりだ!?」
「んふ、最大出力でいきまーす」
黄金船の主砲なんてもんじゃない。天井にまで届きそうなほどの虹色光球が、六連魔方陣の先端に出現する。これってどう考えても、避けようがないのでは。
「仕えるべきは精霊よ、欲望に仕えてしまったら人生終わり。いっけえええー!」
みやびの声が響き渡り、賭博場内が完全にホワイトアウト。慌ててマントを持ち上げ、目を閉じ顔を隠すみやび。そして甘いものが発する断末魔の声が、徐々に遠ざかって行った。
「あうぅ、目がチカチカする、サングラス持ってくればよかった」
「闇属性の奥義で、遮光壁を展開できるのですよ、みやび」
その声に振り向けば、やはり微笑む天使が立っていた。モノクロだった賭博場は、床も壁も大理石に変わっている。色彩も取り戻しており、神殿らしい風情があった。
「私の名は
そこで夢は終わった。
目が覚めたらお腹が重い、何だろうと思ったら釘バット……じゃなくてモーニングスターだった。これを戦利品にもらってもなぁと、へにゃりと笑うみやび。そして彼女の目覚めを待っていた、ファフニールとフレイアにアリスが、何ですかこれと呆れていた。
――そして翌日、夜のみやび亭アマテラス号支店。
「あらん、これを私にくれるの? みやび」
「ゲイワーズに合うんじゃないかと思って。背負えるよう、ベルトとホルダーも用意したから」
モーニングスターをどれどれと受け取り、ぶんぶん振り回すゲイワーズ。やっぱり似合うと、麻子も香澄も笑いを堪えている。当の本人も気に入ったようで、これいいわねと口角を上げた。その物騒な光景に、暖簾をくぐった雅会メンバーがお地蔵さんと化しているが。
「ちょっと触ってもいいかしら、ゲイワーズ」
「いいわよん、マキシー」
仮なので儀式の眠りに就かなかったマクシミリアが、鉄球のとげとげに触れて目を閉じた。ファフニールの血によって、何かが目覚めたようだ。
「マシューのスプーンもだけど、真ミスリルソードを何本か使った法具だわ。守護精霊を持つリッタースオンが魔力を込めると、普通の剣なら一発でへし折っちゃうかもよ。仲間との手合わせには使わないでね」
「あらん、ステキ。鑑定ありがとねマキシー」
ほええと目を丸くする、キッチンとカウンターの面々。マクシミリアの鑑定スキルはもちろん、法具の武器にもただ驚くばかり。
みやびも麻子もヨハン君も、手合わせする時は普通の剣を使っていた。守護精霊に戦闘向きと認められた場合、武器に万能攻撃を含む特殊能力が付与されるからだ。つまり間違って魔力を込めれば、剣術の練習にならないのである。
先だって行われたみやびのカラドボルグと、ヨハン君のレーヴァテイン対決。あれは魔力を込めたら反則負けの前提で、純粋な剣術勝負だから成立したのだ。相手が普通の剣だと勝負にならないなんて、今の今まで気付かなかったのである。
「そう言えばうちら戦場でさ、相手の剣けっこう折ってるよね、みや坊」
「うんうん敵の剣は安物なんだなって、勝手に思い込んでたわ、麻子」
「みや坊のカラドボルグは、刀身が伸縮自在なのよね。ムラサメブレードって、魔力を込めるとどんな効果があるの?」
「デバフってやつかな、香澄。打ち合えば相手の攻撃力や防御力、機敏さを下げちゃうのよ」
それじゃ手合わせにならない、誰もが勘弁してと口を揃えた。ならヨイチの弓はどうなのと、妙子さんが香澄に尋ねる。
「私の場合はバフね、妙子さん。攻撃力と素早さに命中が上昇して、走りながらでも矢を連射できるの」
弓矢のマシンガンだと、石黒も高田も、岩井さんも飯塚も、まじかいなと呆けてしまう。そこでみやびはふと思う、瑞穂さんは銃で、妙子さんは薙刀で、戦闘向きの判定を守護精霊から受けている。法具の武器なら二人は、どんな効果が付与されるのだろうと。まあ差し当たっては、マシューとゲイワーズの対戦を見てみたいかも。
それにしてもとみやびは、手元の鍋に視線を落とす。ブラドとパラッツォが豚の角煮を注文したのだが、今日は豚肉を触りたくなかったのである。ぶひぶひ言ってる魔王アマイモンの顔を、どうしても思い出してしまうから。
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