第691話 ウコバクを撃破
浅黒い肌にコウモリのような翼を生やしたウコバクが、スプーンからだけでなく口からも火球を放ち始めた。剣と虹色魔法盾を併用し防ぐものの、中々間合いを詰める事ができない。
「
アンデットに使った奥義を、ウコバクにも放ったみやび。だが亜空間の穴が開き、全て吸い込まれてしまった。チェシャが使う闇属性の特技で、炎を司る堕天使だが複数属性を持つようだ。
ありゃまあと思った瞬間、みやびも亜空間に飛ばされてしまう。かつて旧枢機卿にやられた術で、そんな事もありましたねと思い出す。脱出するのは簡単だが、このまま戻っても埒が明かない。
行き場を失いふよふよ浮いてる鬼火たちの中で、みやびはあれやってみようと自らに祝福をかけた。それは生身の体で宇宙に出られる、イナンナが使ってくれたシールドだった。試行錯誤を繰り返し、みやびはちゃんと会得していたのだ。
「そーれ
「何だと!? 馬鹿め我に炎は通用せんぞ!! くらえヘル・ファイア」
瞬間転移と同時に火属性の奥義を放ち、カラドボルグを大上段から振り下ろすみやび。それをスプーンで受けるウコバクが、なぜ平気なのだと顔を歪ませる。
大気圏突入で重力に従い減速しなければ、断熱圧縮で温度は二千七百度を超える。シールドを張った今、炎系統の攻撃は通用しない。
みやびはそれを分かった上で、わざと肉弾戦に持ち込んだのだ。カラドボルグとスプーンの、激しく打ち合う音が響き渡る。守護精霊が戦闘向きと認めたリッタースオンに付与する、属性相性を無視した武器固有の万能攻撃が舞う。
相手が翼で浮き上がろうとも、空中戦ならみやびの弾丸飛行が格上。渦巻く炎をまとったまま、翼を容赦なく切り刻み床に叩き落とす。そして彼女が敢えてヘル・ファイアを使ったのは、鬼火を爆炎の中に隠しておくためだった。
「
それは堰ヶ原の合戦で伊牙忍軍の術者が使った、敵をその場へ釘付けにする奥義。飛翔能力を奪われたウコバクが、しまったと亜空間を開こうとするも手遅れ。鬼火が一斉に襲いかかり、教会の中が眩い光に包まれた。
「おめでとう、みやび。第一関門を突破しましたね」
「あなたは?」
光を遮っていた腕を下ろすと、ウコバクは灰にならず、純白の翼を持つ人物に姿を変えていた。そしてモノクロだった教会内部が色彩を持ち始め、窓から見える墓地にはあちこちに色とりどりの花が咲き始めていた。
「私の名は
天使がにっこりと微笑み、教会の鐘が鳴り響き、夢はそこて終わった。そして次の夜は、何故か夢を見ることが出来なかった。
――ここは夜のシュバイツ号、みやび亭ビアガーデン。
スオンとなった近衛隊が呼ばれ、同じく竜騎士団も呼ばれ、他にもみんな集まっちゃって、何が何だか訳わかめ。
スオンの眠りに就いたメイド達の代わりに、近衛隊が調理台にいるからお料理の提供には全く問題ない。中にはローラースケートを覚えた子も何人かいて、お盆を手にテーブルの間を器用にすいすい抜けて行く。
「あれいいわね、みやびさん」
「妙子さんもやってみる? アグネスさまも。ビアガーデンは広いから、正式採用しようと思ってるの」
私たちに出来るかしらと、眉を八の字にする妙子さんとアグネス。そんな二人にいけるっしょと、プッシュする麻子と香澄。アルネ組とカエラ組もスケート靴が欲しいから、日本に行ったら買おうねと頷き合っている。
「
「本人が決めかねてたから、返事待ちよファニー。リンドは国籍を移せない、そこで迷ってるみたいね」
同居している染谷家の面々はもう家族同然で、旧浅間邸の居心地がいいらしい。味噌醤油の作り手となった、三太と四郎に三助も可愛いのだとか。
カリーナならばワイバーンで通える距離だが、シーパングは海を隔てた彼方で遠すぎる。みやびはカリーナにもヘルマにも、場所指定となる瞬間転移のダイヤモンドをあげても良いと思っていた。けれどそれはみやびの魔力頼みだからと、二人とも遠慮しちゃってるのだ。
「どっちにしても、みや坊は転送ダイヤモンドあげるんだよね、麻子」
「そうそう、任侠魂がそうさせるんだよね、香澄」
そう言う二人は多属性化どうなってるのかしらと、フレイアがあんかけ湯豆腐に箸を伸ばした。彼女はまだ規模は小さいけど、亜空間倉庫を持てるようになった。麻子も香澄もリッタースオンのお母ちゃんである、ファフニールにしょっちゅう唇を奪われてるでしょうと。
「私は水属性の小っちゃい魔方陣が出るようになったわ、香澄は?」
「うんうん、私も地属性の魔方陣が出るようになったよ、麻子」
月齢無視のゲートは光属性と闇属性の合わせ技で、粒子砲とシールドは六属性の合わせ技。そして瞬間転移は六属性と神通力による御業で、これこそが精霊の祝福に通じるもの。みやびの第七属性が持つギフトは、実は超能力と言う名の神通力も含まれている事が判明していた。
「今どんな感じ? ファニー」
「瞬間転移はまだ船内移動だけね、みや坊。銀河を飛び越えるのは先の話になるかしら、アリスはどうなの?」
「ファニー・マザー、私はお姉ちゃんから離れられないのです。お姉ちゃんが蓮沼家にいれば、東京都内ならできました。私が祝福を使えるのも、やはり神通力だと思います」
それこそが規格外の錬成成功率なのよねと、ゲイワーズが本日お勧めマグロの山かけを頬張った。オレイカルコスの錬成をアリスにお願いしてみたら、みやび並みの成功率だったらしい。祝福とは神通力によって恩恵を授ける力であり、魔力とは違う精霊の御業なのだ。
麻子組と香澄組は神通力を備えた、リリムとルルドをファミリーに加えた。六属性を揃えているからみやびファミリーと同様、開眼するのも早いだろう。国籍で縛りのあるリンド族だけれど、いつかはゲートや瞬間転移を自分で使えるようになる。そしたら問題はさくっと解決ねと、みやびは笑って菜箸を四拍子に振った。
「ラングリーフィン、お呼びでしょうか」
「待ってたわよ、マシュー。この武器をプレゼントしようと思って」
「これはまた、ずいぶんと大きなスプーンですね。武器って言うより、大鍋をかき回すのに良さそうです」
「あはは、マシューならそう言うと思ったわ」
それはウコバクを倒した後、目覚めたら手にしていた戦利品。マシューが右手にでかスプーンを、左手に中華鍋を持って戦場に立ったら、さぞや似合うだろうとみやびは思ったのだ。
「みやび、ちょっといいかしら」
「あらアルマ、ラニスタ、何かご注文かしら」
「それもあるんだけど、折り入って相談が」
「もしかして愛の告白とか?」
そうですと頷く二人を、何だろうとキッチン奥へ誘うみやび。話しを聞けばルベンス艦隊に、スオンを希望する者が大勢いるんだとか。
「アルマとラニスタは、事情が事情だけに理解できたわ。でも次元の違う宇宙の民とスオンになりたいって思う、その気持ちがよく分からない」
「うふふ、みやび亭が悪いのよ」
「……はい?」
「これじゃ元の宇宙に帰れても、お料理が恋しくなっちゃうでしょ」
ああそういうことねと納得するみやびに、ラニスタが付け加えた。全員がお相手に料理人を希望していますと。聴力を最大にしていたキッチンスタッフも、カウンターの面々も、そりゃそうだよねと苦笑する。
お料理を世に広める事がみやびの目的であり目標で、その意思はミジンコほども変わっていない。それがいつの間にか、惑星イオナから宇宙に拡大していた。本人は全く意識していなかったのだが、結果としてそれが正しい信仰と、深い縁を結ぶ原動力になっている。根底にあるのは任侠魂で、それがみやびの持って生まれた魅力と言えるだろう。
――そして閉店後、アマテラス号の祭壇。
「第一関門ってことは次があるわけよね、麻子」
「でも夢を見られないのは、条件を満たしてないって事だわ、香澄」
「結んだ縁の輪が足りないのでは、妙子さま」
「そうねアグネス、次元嵐でルベンス艦隊が現れたのは、何かのお導きでしょう」
「ならば遠慮無く頂き……儀式をすべきね、ファフニール」
「ぷぷ、ちょっとフレイア」
唇を頂く行為は一緒だから訂正する必要もなかったかしらと、人差し指を立てるフレイアにみんなが大笑い。まあその通りなんだが、唇がすり切れそうとエアリスが、進行係の聖職者も気の毒だわとレアムールが、笑いすぎて腹筋が崩壊寸前。
「その天使は地獄界をクリアしたと話したんだから、大乗仏教の十界で言う地獄界・餓鬼界・畜生界の順番になるのかしら、みやびさん」
「三悪道ね、妙子さん」
地獄界は生きていることが苦しい、何を見ても不幸に感じる最底辺の魂。
餓鬼界はいくら
畜生界は理性が働かず良心を忘れ、動物のように本能で行動してしまう愚かな魂。
ここまでが三悪道とされ、修羅界を含め四悪趣としている。
修羅界は自分と他者を比較し、常に勝ろうとする念が強い。それ自体はけして悪いことではない。だが他人を見下し軽んじ、相手が自分より優れていても認めようとはしない。そして自分よりも明らかに優れた相手に出会うと、卑屈になり媚び
マウントを取るなんて表現があるけれど、この修羅界こそ分かりやすいのではあるまいか。する側とされる側、職場や学校で、恋愛を含む交友関係で、誰もがちょくちょく経験するはず。
魂は不滅で、生死生死と輪廻転生を繰り返す。
死を迎えた時に魂がどの状態にあったか、それで転生した先の環境が決まる。どんな事象にも原因と結果があり、科学の発達は起きた現象から原因を見つけ出す戦いだったはず。
それは人生も同じなんだけれど、死ななきゃ証明できない。証明できないから人は最も非科学的な、『運』という言葉で片付けようとする。
死んだら神さまがスキルをくれて、俺TUEEEE! 俺KAKOEEEE! なんてあり得ない。原因と結果の法則から見れば、底辺で死んだら生まれ変わっても底辺だ。生きている今この時、自分自身を変えなければならない。転生した先が縁に恵まれた、少しでも良い環境とするために。
「修羅界まであるとしたらボス戦があと三回か、香澄」
「エデンの四悪趣を打ち消すなら、そういうことになるね、麻子」
白雪姫にならないでねと妙子さんに言われ、寝たきりにならないようがんばりますと頭に手をやるみやび。そん時は起こしてくれる王子さまが現れるんだけどねと、麻子と香澄がへにゃりと笑った。
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