第690話 地獄界

 人工サタンへの特攻は許しませんよと、アルミスを説き伏せ配下共々ファミリーに加えたみやび。アルミスはファフニールが直で、配下六名はミウラ港チームに引き受けてもらった。彼女らの駆逐艦サバト号は、亜空間倉庫のドックで改修待ちに。


 みやびはそのあと鷲見城へ飛び、ヘルマウィルヘルミナに悪魔のささやきを、アスカとハンナを口説きなさいと。初音から許可をもらったから、縁がある郎党の染谷又八、孫娘で女中のお春・お夏・お秋もオッケーよって。


 その足で今度は蓮沼家の寮へ行き、近衛隊の乙女たちをみやびは総なめに。そこまでするつもりはなかったのだが、面談で希望者を募ったらみんな二つ返事。重婚が可能となった今、お料理の師匠で大好きなみやびに、唇を奪ってもらう日を心待ちにしてたんだとか。


 実の父親である徹と義理の母である京子は、フレイアにお願いしたみやびとファフニール。さすがにこの二人を直のスオンとするのは、腰が引けちゃったもよう。推定年齢一万歳の古代竜は、すんなり引き受けてくれました。


 そしてこちらでもビッグウェーブが到来。

 麻子と香澄、妙子さんとアグネス、ヨハン君とマシュー、スミレとミスチアにエミリーが、亜空間倉庫に駐留している竜騎士団に狙いを定めた。それぞれの嫁たちは、雅会任侠チームに照準を合わせたもよう。もちろん黄金船に派遣されている、メイド達も例外ではない。なおルイーダもスミレ組に目出度くジョインを果たし、儀式の眠りに入っている。


 みやびを中心に、縁の輪がどんどん広がっていく。彼女がこれから歩む先は修羅の道か、はたまた永劫の王国か。それを知るのはただ宇宙の意思のみである。


 ――ここはエビデンス城、みやび亭本店。


「ジェラルド大司教、アリーシャ司教、お疲れ様でした」

「まさか近衛隊を全員スオンにするとは思わなかったよ、ラングリーフィン」

「丸一日儀式を行うと、さすがに疲れますわね」


 疲労感がハンパない二人に滋養強壮のアボカドサラダを、ことりと置く任侠大精霊さま。魔力が増大したせいか、当のみやびは元気はつらつなんだけれど。いっそのことお二人とも、アーネスト枢機卿のスオンになってはいかがと、これまた悪魔のささやきを。


「考えておきましょう、ラングリーフィン。アリーシャはどうする」

「そうですね、私も卵を産んでみたいかも、ジェラルドさま」


 よしよしと、唇の両端を上げるみやび。これで二人には聖職者のスオンを増やす、中心核になってもらえるだろう。クスカー城のルーシアとクレメンスには、各州の知事を口説いてとお願いしてある。藤堂夫妻と月夜見夫妻は、眠りに就く前私に任せておけと陽美湖が請け負ってくれた。

 あとはと、板場をくるりと見渡す任侠大精霊さま。パウラとナディアには、サルサとアヌーン姉妹、牡丹ぼたん菖蒲あやめあおい、そしてルミナスを落として欲しいのだ。


 地球に於ける倫理観とか貞操観念とか、完全に無視してるわねとみやびは思う。けれど胸に湧き上がってくる泡立ちは、どれもこれも愛おしくてたまらない。

 イナンナの直系は六属性六名だと話していたが、傍系が全てみんなの守護精霊になっている。イナンナのみならず、ぬっしーもシャダイっちもセラぽんも、どれだけの縁を結んで大精霊になったんだろう。そんなことを思いながら、みやびは刺身包丁を動かす。


「ラングリーフィン、それは?」

「ゆうべ使わなかったメバチマグロの柵よ、パウラ」

「何か、使わなかった理由があるのでしょうか」

「んふ、そうよナディア。背と尻尾側の、スジが多い部位だったから」


 それをどうするんだろうと、顔を見合わせるパウラとナディア。

 お寿司屋さんや料理屋でマグロを食べた時、かみ切れずスジだけを口の中から取り出したり、スジが歯に挟まったりなんて経験は誰にでもあるはず。


「こうやってね、身からスジを外しているの」

「それだと薄くなるし、角が立つお刺身にはなりませんよね」

「これをはがしって言うのよ、パウラ。スジが多いだけで中トロに変わりはないから、はがせば美味しいの。ほれほれ二人とも、食べてみ」


 むらさきにちょんと付けて頬張るパウラとナディア。その美味しさに、思わずおいひいと足踏みしてしまう。でしょうと、してやったりの任侠大精霊さま。

 不思議なことに日本の津軽海峡で獲れるクロマグロは、スジが全く気にならない。イカと背の青い魚をバランス良く捕食すると、スジが固くならないのではと言われている。そんな訳でこの海域で獲れるクロマグロは、黒いダイヤと呼ばれお高いのだ。


「キハダマグロもビンチョウマグロもミナミマグロも、そしてこのメバチマグロも、スジをはがせばこんなに美味しいの。覚えておいてね」


 それは知りませんでしたと、うんうん頷くパウラとナディア。このスジも煮込めばとろとろになって、立派な一品料理になるのよと教えることも忘れない。

 魚屋さんには柵の状態で売られているマグロに、背や尻尾側で強いスジが入るものもある。それを見極めなきゃいけないのだが、素人にはちょっと難しいかも。


 加えて柵取りされたスジには、順目と逆目がある。一尾のマグロから柵取りするわけだから、どうしても逆目の柵も店頭に並ぶ。マグロからスジに逆らうよう断ち切るのが正しく、スジと並行に切ってしまうと長いスジが出来て食感が悪くなるのだ。

 みやびのマグロ講義に、ほええと聴き入り試食に夢中なキッチンスタッフの面々。ところでそのマグロのはがし身は、こっちに回ってこないのでしょうかと、物欲しそうな顔をしてる守備隊員と牙たちである。


 その夜、ここはアマテラス号の船長室。

 これから眠りに入るみやびがファフニールとフレイアの手により、第一種警戒態勢の領主装束に身を包んでいた。物理攻撃が可能かは不明だが、小石で絵を描けるのだからと宝剣カラドボルグも腰に装備させられる。


「夢の世界にまでは同行できませんが、ずっとお姉ちゃんの側にいます」

「ありがとう、アリス。何かあったらみんなに知らせてね」


 寝付きの良いみやびだから、すこんと眠りに入った。顔を見合わせ頷き合い、手を繋ぐファフニールとフレイアにアリス。宇宙の意思よ、どうかみやびをお守り下さいと念じながら。


「やっほー、エデン。今日は何して遊ぼうか」

「みやびはいつも、そんな能天気なの?」

「あはは、反論はできないかな。この性分は自分でも、未来永劫変わらないと思う」


 今のエデンは普通の声で話し、おぞましさは感じられない。アルミスの話しが正しければ、彼女は見た目に反し推定五百歳くらいのはずだ。

 そんな金目銀目のオッドアイが、来てと右手を差し出してきた。手を繋いでどこかに連れて行かれるもよう。覚悟は出来ているみやびがその手を握ると、周囲の風景が一変した。


「ここは……墓地? エデン」

「融合の素材にされた罪人たちのお墓よ、私がこの墓地を生み出したの」


 地面に整然と並ぶ石版が墓石で、ここを墓地と認識したみやびは正しかった。だがモノクロの世界であることに変わりはなく、寒々とした風景がこのエリアを埋め尽くしていた。いったいどれだけの命を、融合の犠牲にしたのであろうか。


「私はみやびに力を貸すことが出来ない、それでも突き進む勇気があるなら……」


 そう言ってエデンは、墓地の中央を指差した。そこに見えるのはてっぺんに二重十字架がある、教会らしき建物だった。そして彼女は、その場からすうっと姿を消してしまった。


「つまりあの教会に、エリアボスがいるって事かしら? RPGロールプレイングゲーム的な流れなら」


 そう呟きながら先端が槍状になっているアイアンゲートを開き、墓地へ足を踏み入れた途端! 地面からゾンビやスケルトンが這い出してきた。ここで魔力は使えるのかしらと、みやびは奥義の発動を試みる。


サイレント・ゴーストファイア静かなる鬼火!」


 それは光属性の魔力弾を炎で包み込み、悪しき精霊信仰の徒をとことん追いかけ回す複合技。それは正しく発動し、アンデッドをことごとく灰に変えて行く。だがいかんせん数が多く、まともにやり合ったらきりがない。ところが倒したゾンビやスケルトンの墓が、色彩を持ち始めたではないか。


「介入するって、こういう事なんだ。

 ならいっそのこと、グレート・スピリチュアル・チユーズ大精霊による選民を使った方が早そうな気も」


 すると空からエデンの声が聞こえてきた、それは止めてと。このエリアは私の一部で、自分までダメージを受けたら人工サタンを押さえられなくなると言う。

 つまり第七属性の大いなる力を行使出来ない、ハンディキャップ戦なのねとみやびは顔に手をやる。どうやらゾンビやスケルトンを、光属性の力でぜんぶ灰にする必要があるっぽい。


 そうしている間にも、アンデッドの群れはみやびに迫り来る。物理反射にした虹色魔法盾のドームに入り、考えを巡らせる任侠大精霊さま。

 反射だろうが相手はアンデッド、粉砕され腕一本になっても攻撃してくる。魔法盾に激突して緑色の体液を飛び散らかすゾンビと、骨格がバラバラになるスケルトンを眺め、あれはどうかしらと思い付く。


「みんな元気になーあれ!」


 それはシリアルバーやウエハースに、回復の念を込めるときの祝福。虹色に変化する光の粒が、アンデットの群れに降り注いだ。死人に対する回復の祝福は逆方向であり、神聖な力が不死の大群をアケローン川へいざなう。カロンお爺ちゃんの仕事が増えそうだけど、それは許してねとみやびは風属性の奥義で教会へ弾丸飛行。


 宝剣カラドボルグをすらりと抜き、みやびは教会の扉を開いた。その祭壇で待ち構えていたのは、シーパングで京の都へ赴いたときのお馴染みさんであった。香澄に言わせると堕天使ウコバク、地獄界に於ける獄卒であり炎を司る。


「何だ貴様は、我に刃向かうならば寝たきりにしてやろうぞ」

「寝たきり?」


 ここは夢の中、敵が蓄えた魔力を宇宙の精霊にお返しする祈りは使えないだろう。そもそもそんな余裕はなく、みやびはカラドボルグを構え直した。

 堕天使ウコバクが、手にしたでっかいスプーンから火の玉を連続で放ってくる。それを愛剣で弾きながら、みやびは悟った。この戦いで負けたなら、自分は本当に目覚めないままベッドで植物人間になるんだと。


コキュートス冥界の氷牢!」


 みやびの放った水属性の奥義が、ウコバクを氷の柱へ閉じ込めていく。だが薄ら笑いを浮かべ、いとも簡単に打ち砕く炎の堕天使。惑星規模の魔力だ、京の都で出会ったパチモンとは違う。みやびの瞳が、虹色のアースアイへと変わった。

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