第678話 みやびだって長くなるよ

 囲炉裏パーティーはまだ続いており、麻子が甘味噌を塗ったおにぎりを網に乗せていく、これまた罪なものを。香澄はと言えばジャガイモに十字の切れ目を入れ、そににバターを挟みアルミホイルに包んで網の上へ、これもまた罪なものを。


「みやび殿のフルネームを聞いても構わないか?」


 アルマ提督に問われ、ファフニールと顔を見合わせ、人差し指を顎に当てて天井を見上げる任侠大精霊さま。私のフルネーム、今どうなってるんだっけと。


「みやび・ラングリーフィン・フォン・リンド=蓮沼=ゴンゾーラ、ですよお姉ちゃん。姓の蓮沼をどこに置くかは、お姉ちゃんとファニー・マザー次第ですが」


 アリスの指摘にそうだそうだそうだったと、ハイタッチのみやびとファフニール。だが高位聖獣さまは更にですねと、みやびに追い打ちをかける。


「将来的にはみやび・ラングリーフィン・フォン・リンド=蓮沼=ゴンゾーラ=シュバイツ=海部=アルカーデ、でしょうか。家名の並びは別にして」

「ぐはっ」

「マキシーのシュバイツは分かるけど……。みや坊、アリス、それってどう言うことかしら」


 ミーア大司教はアルカーデ族で、陽美湖は海部氏の出だからそうなる。思い返せばファフニールは、自分が求愛対象となってることに気付いていなかったわけで。みやび殿も充分長いではないかと、アルマ提督がによによしている。


「陽美湖さまとミーア大司教が!? し、知らなかった」


 ファフニールの驚きようは、心中を察するに余りある。だが愛妻みやびも含め事実よと周囲が言えば、逃げ場は無いのねと自身に言い聞かせるしかない。もとよりシーパングの帝さまとアルカーデの大司教だ、迫られたら断われるはずもなく。


「ここへ来る前にお二人と相談したんだけど、儀式は人工サタン戦が終わった後でってことにしたわ。寝る時にゆっくり話すつもりだったのよ、ファニー」


 そういや私らのフルネームはどうなるんだっけと、顔を見合わせる麻子と香澄。パメラとポワレを身内にしたから、どちらもゴンゾーラが付く。ホムラの家名はミスルで、ポリタニアの家名はエルンスト。桂木彩花橋田美櫻も、それぞれ付くことになる。うちらもけっこう長くなるねと、ころころ笑うお二人さん。


 普段は塚原麻子、板額香澄と、元来の名前で差し支えない。だが貴族として公式行事や祭典に臨席する場合は、めんどいけどファミリーを示すフルネームが必要となるのだ。家名の並び順はちゃんと決めておきましょうと、レアムールもエアリスも真顔で口を揃えた。


「そう言えばアルマ提督には、ドゥが家名の前に入るわよね。前置詞が付くなら、爵位持ちの貴族って認識で良いのかしら」

「みやび殿、提督はルベンス帝国の第一皇女なのです」


 護衛武官のラニスタが言うのだから、本当なのだろう。けれど第一皇女が艦隊の提督を務めていることに、違和感を感じてしまうみやび達。

 カルディナが戦場へ出る場合は女帝になる前から、事実上は帝国最高元帥である。皇位継承権の上位にいる皇女が提督という、将官の地位であることに不自然さと疑問を抱いたのだ。


「私が小さい頃、皇位継承にまつわるお家騒動があってな、みやび殿。次兄を皇帝に推す勢力に、私は襲われたんだ。この傷はその時についたのさ」


 それってメリサンド帝国で起きた問題と、全く同じではないかとみやび達は息を呑む。旧枢機卿がシリウスを皇帝に仕立て上げようとし、ミハエルとカルディナの命を狙った事件だ。みやびの活躍でその目論見は粉砕されたが、ルベンス帝国ではそうも行かなかったようだ。


「それで次男のお兄さまはどうなったのかしら、アルマ提督」

「兄上に罪はないのだが、反乱分子の首魁と見做され幽閉された。あの時から私は、第一皇女という地位を捨てたんだ、みやび殿」

「それで軍人に?」

「考えてもみてくれ、ただでさえもなり手の少ないスオンのお相手。皇女と言えど顔に傷がある私など、もらってくれる奇特な貴族など現れるはずもない」


 そう言って笑うアルマ提督の瞳に映る、一抹の寂しさを見逃さなかったみやび。そんなことないでしょうと微笑み、焼き上がった甘味噌おにぎりを皿に乗せて手渡す。すると受け取ったアルマ提督がどういうわけか、はにかんじゃった。ここで言うはにかむとは、恥ずかしがるという意味。


『これはやっちゃったかもね』


 フレイアが寄こした思念に、無言で頷くファフニールとアリス。みやびが無意識に発する、目には見えない人たらしオーラを感じてしまったからだ。人を外見で判断せず内面を見ようとする、みやびの持って生まれた美徳ではある。が……。


『アリス、アルマ提督の家名を示すラストネーム、覚えてる?』

『エスカベージャ=マルムスアルベスチヌスです、フレイアさま』


 洒落にならないわねと思念を送るフレイアと、額に手を当てるファフニール。覚悟はしておいた方がよいかもと返し、アリスはへにゃりと笑った。


 ルベンス艦隊の宇宙機は、戦闘機も輸送機も円盤形だ。みやび達に見送られ、アマテラス号の格納庫から発艦する二座式宇宙戦闘機。

 艦隊へ戻る途上で、アルマ提督は手のひらで指輪を転がしていた。いつでもみやび亭に来てねともらった、通信と転移を兼ねるダイヤモンド付き指輪を。


「この世の終わりかと諦めておりましたが、良い方たちに巡り会えましたね、提督」

「宇宙の意思が私たちに何をさせたいのか、それはよく分からない。だがひとつだけ分かった事がある」


 操縦桿を握るラニスタがそれは何ですかと尋ねかけたが、彼女は言葉を飲み込んでしまう。みやびから邪魔にならないよう、小指がいいよって勧められた指輪。それをアルマ提督は、むふんと笑い薬指にはめたからだ。


「押しかけてでも嫁にしてもらうぞ、ラニスタ」

「呆れた、分かったとはそう言う意味なのですね」

「私だって女だ、卵を産みたい」

「艦隊はどうされるのですか? 皆は帰還を望んでおります」

「もちろん無事に母星へ帰る事を目指す、それが軍人としての第一義だ。だが私は皇族の地位に執着は無いし未練も無い。提督の代わりだって、いくらでもいるだろう」


 顔に傷ができたことで親兄弟は、自分を腫れ物扱いしたと彼女は遠い目をした。

 公爵家との間で内々に決まっていた婚約は破棄され、公式の場に出ても誰も話しかけてこない。それ以前に近寄って来ないし避けられるのだから、会話など成立するわけもなく。


 家族も諸侯も自分を認めてくれないならば、軍人になったほうがまだマシ。案の定というか、成人して彼女が宇宙士官学校へ行くと宣言したとき、止める者はひとりもいなかった。むしろ厄介払いができたという腹の底を隠し、笑顔でそれは良いと揃って賛成したのだ。


「大精霊の巫女というのもあるんだろうが、みやび殿は不思議なお人だ。嫁となって卵を授かり、あのお方がどこを目指すのか見届けたい」


 そんなアルマ提督の横顔に、本気なんだなと護衛武官は腹をくくる。ラニスタは軍人だけれど、実は艦隊の所属ではない。皇族をお守りする近衛隊で、第一皇女のお付きとなった武官なのだ。ノアル国のシルビア姫をお守りする、バルディと立場は同じである。


「どこまでも提督に付いて行きますからね」

「私に付き合う必要はないのだぞ、ラニスタ」

「長い付き合いなのに、それは連れないです、そもそも!」


 何を言い出すのだろうと、目をぱちくりさせるアルマ提督。そんな彼女にラニスタは、なぜか満面の笑みを浮かべた。


「ご飯が美味しいですもの」

「それな」


 二人とも軍人らしく、わははと笑い声を上げた。

 何人もの嫁を食わせていける経済力ありますもんねと、ラニスタが身も蓋もないことを言っちゃう。だがその通りなのでアルマ提督も否定せず、これぞ宇宙の玉の輿と二人揃って足をぱたぱたさせる。


『提督、聞こえますか』

「どうかしたのか? リュビン司令官」

『届いた食糧の件で、お聞きしたい事が』

「おいおい、まさか口に合わないとか言うなよ」

『いえ違います、提督。すぐ食べられるという缶詰とやら、開け方が分からず各艦の艦長たちから問い合わせが殺到しておりまして』


 開け方はみやびから教わった二人だけど、艦隊へ通達するのをすっかり忘れていたのだ。あちゃあと顔を見合わせる、アルマ提督とラニスタ。これはみんな、お腹空かせてるよねと。


 みやびが水と一緒に支援したのは、戦闘糧食の缶詰セットである。長期間保存できるから、食材や料理が余った時に都度作って、亜空間倉庫に保管していたもの。なのでおかずはもちろん、パンもご飯もカットフルーツも、全て缶入りなのだ。


「間もなく着艦する、全艦の艦長を旗艦に集めてくれ、私から説明しよう」

『お待ちしております、提督。ところで我々は、母星に戻れるのでしょうか?』

「それも合わせて、艦長たちに説明しよう。これからルベンス艦隊は、アンドロメダ連合艦隊と共同戦線を張ることになる」

『戦争ですか!』

「我々が帰るための必須条件なのだ、リュビン司令官。いま到着した、詳細は祭壇で話す」


 円盤形の宇宙戦闘機が、旗艦である戦艦ナイゲンの格納庫へ滑り込んで行く。そこにはコンテナから缶詰セットを、台車に移し替えている乗員たちの姿が。そんな彼ら彼女らが、待ってましたと言わんばかりに出迎えるのだった。


 ――場所を移して、ここはアマテラス号の船長室。


 船長室イコールみやびとファフニールの部屋なんだが、そこへパジャマ姿のマクシミリアが訪れていた。何か重要な話しがあるらしいけど、枕を持参してる辺りは一緒に寝たいってのが丸わかり。


「竜騎士団はルベンス艦隊の剣士と手合わせしちゃダメなの? マキシー」

「はいお姉さま、ラニスタさまに剣を見せて頂いたのです。真ではありませんが、ミスリルソードでした」


 それでどんな不都合があるのだろうと、顔を見合わせるみやびとファフニール。するとマクシミリアは、普通のはがねの剣で打ち合っちゃだめなんですと言う。


「お姉さま達がお持ちの宝剣は、最上位ですから何の問題もありません。でも鋼の剣では強度が劣り、どんどん刃こぼれして最悪は折れてしまいますよ」

「うっそ!」

「これは由々しき問題だわ、みや坊」


 そりゃ向こうにだってスペルマスターさん、一人や二人はいるだろう。明日ルーシア知事に話してルイーダに、鉱石の買い取り強化をお願いすることで意見は一致。

 ではそういう事でと、二人の間に潜り込むマクシミリア。憎めないわねと、ぷくくと笑うみやびとファフニールであった。

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