第677話 アーマルーマシャポネット提督
――ここは連結黄金船の先頭、戦艦シュバイツ号の
『みやび殿、相手の正体は分からんのだな?』
「識別信号を出さないなら、敵と見做した方がいいかもね、ジャレル司令官」
『人工サタン戦の前哨戦になりそうですね、みやび殿』
「突っ走っちゃだめよユンカース、まずは相手の出方を見ましょう」
血気にはやる二人をスクリーン越しに、どうどう落ち着けとなだめる任侠大精霊さま。だが自ら口にしたように識別信号を発信しない時点で、友好的な相手でないことは確定している。大規模な宇宙海賊の可能性があるわと、ゲイワーズが眉間に皺を寄せた。
「経験があるようね、ゲイワーズ」
「そりゃ一万年も宇宙を漂流してればね、ファフニールさま。ゲートで離脱した回数なんか覚えてないわよん」
その通りと頷くフレイアに、宇宙の広域暴力団ってところかしらと、顔を見合わせる麻子と香澄。暴力団って何ですかと、マクシミリアが真顔で尋ねている。
戦艦だけあって祭壇は、大聖堂のように広い。その祭壇に貼り付き宇宙戦闘機の発艦と管制指示で、秀一チームが大忙しだ。それもそのはずで、連結した黄金船の全戦闘機が対象になるからだ。
「ラングリーフィン、通信要請が来ました、映像付きです」
「受諾して、ティーナ」
頷いたティーナがパネルを操作すると、新たなスクリーンが虚空に開いた。映し出されたのは頬に刀傷がある女性で、唇から牙が覗いてる辺りは竜族なのだろう。レベッカと同じく若い頃、ウロコがまだ全身を覆っていない時期に受けた傷だと分かる。
『交信の受諾に感謝する。私はルベンス艦隊の提督を務める、アーマルーマシャポネットだ。長い名前ですまんが、まあ覚えてくれ』
「長過ぎよ、アルマじゃダメ?」
みやびの肝の太さに、祭壇にいるみんなが呆れてしまう。だが確かにアーマルーマシャポネットは長く、そこに提督を付けなきゃいけないからまどろっこしい。みや坊ナイスと、麻子と香澄がそろってグーサインを出す。
『……生まれてこの方、愛称を付けられたのは初めてだ。まあそれで構わない、貴殿の名を聞かせてもらえないか』
「アンドロメダ連合艦隊の総司令官、蓮沼みやびよ。みやびでいいわ、ご用件を伺いましょうか」
『実は航行中、次元嵐に遭遇してしまってな』
「次元嵐?」
次元に歪みが生じて訳の分からない空間へ飛ばされることよと、フレイアがみやびに耳打ちをする。それは災難だったわねと、ゲイワーズが腕を組んだ。遭遇する確率は大精霊の巫女に出会うようなもので、エピフォン号も一万年の間お目にかかったことは無いそうな。
「識別信号を出さない理由を聞かせて」
『いや、出しているのだが。出していないのはそちらでは? みやび殿』
まさかとゲイワーズが、祭壇のパネルを操作し始めた。やがて彼はあらまあと目を丸くし、私たちが使う波長と異なるわと告げる。
成る程それで認識出来なかったんだと、一応納得できる説明は付いた。だが一万年前に出航した、エピフォン号ですら波長は同じなのだ。ならばルベンス艦隊は、いったいどこから来たと言うのだろうか。
『私たちもそれが知りたいのだ。出来ればそちらの宇宙儀を、見せてもらえないだろうか。それと……その……』
「水と食料ね、いいわよ。こちらにいらっしゃい、歓迎するわ」
漂流する遭難者は見捨てず、例え敵であっても救助するのが船乗り。アルマ提督はたまたまみやび達の艦隊を見つけ、藁にもすがる思いで接触を試みたと涙ぐんだ。
――仕切り直して、再びみやび亭アマテラス号支店。
宇宙輸送機コスモ・ペリカンが、頭上をひっきりなしに往復している。いまルベンス艦隊に供給しているのは、飲料水と戦闘糧食の缶詰セットだ。みやびがパッカンと開缶して見せたら、アルマ提督は目を丸くしていたが。
戦闘配備は解除され、当直以外の乗員たちが夕食の続きに戻って来た。ドーリス率いる吟遊詩人ユニットが演奏を始め、甲板はいつもの落ち着きを取り戻す。
だがそんな簡単に信用して良いものかと警戒心を露わにした、ブラドとパラッツォが帯剣したまま升酒を口に含む。そんな二人にみやびさんの人を見る目は確かよと、妙子がホッケ焼きをことりと置いた。今は黙って、成り行きを見守りましょうと。
「取りあえずお腹に何か入れようね、はいどうぞ、ミートソースよ」
香澄から目の前に皿を置かれ、そしてフォークを手渡され、顔を見合わせるアルマ提督と護衛武官のラニスタ。護衛武官は長い名前じゃなくて良かったねと、ぷくくと笑うキッチンのメンバー達。二人とも竜族だから毒味の必要がなく、手っ取り早いので助かる。
これはどうやって食べるのだろうと悩んでいる二人に、マクシミリアがまだ下げられていなかった食器を使い、フォークでクルクルしてみせる。竜族だから言葉は通じるので、ああ成る程と取りかかる二人。
「ラニスタよ……」
「これはおいしいですね、提督」
そんな二人にこれ使うと良いですよと、ジェシカがタバスコを勧める。飯塚もこれ使うとコクが出ますよと、粉チーズを勧める。ほうほうと、教わった通りに振って口に含む提督とラニスタ。
するとミートソースが、見る見る減っていきました。マシューまでとは言わないけど、大盛りにした香澄がしてやったりの顔をしている。これはあちらの食文化も煮るか焼くかなのかしらと、顔を見合わせへにゃりと笑う陽美湖とミーアである。
「宇宙儀のデータが全く合わないって事はさ、麻子」
「別次元にも宇宙が存在するわけよね、香澄」
「うんうん、マルチバース理論ってやつだ」
「これは大精霊にお伺いを立てるようかしら、でないと辻褄が合わないもんね」
すると『ここにいるわよ』って声が聞こえ、見ればいつの間にか
そのアリスからおしぼりを受け取り、さっそく生ビールをご注文。お通しは三種類ある中から、迷わずイカ大根を指定。それに焼き鳥盛り合わせとキュウリの一本漬けにあんかけ湯豆腐と、序盤としては中々の布陣である。
『宇宙の意思はね、いくつもの次元を生み出し、そこに宇宙を置いて行くの』
みやび達は慣れているが、初見さんの目が点になっている。
肉をまとい現世に現れた時は、相手に合わせ言葉を使うこともある大精霊さま。けれど本来は意思の伝達に音声ではなく、直接魂へ働きかける思念を使う。言語の違いを飛び越えて、全員へ一斉に語りかけることが可能なのだ。
肉を持たない霊体でアケローン川に現れ、普通に話せるのはこの力によるもの。初対面でも大精霊と信じるに足る、大いなる
「それじゃ宇宙がいくつもあるってことなのね、セラぽん」
『そうよ、イナンナの愛し子。ここが一番新しくて三百六十五番目、そこの二人は三百六十四番目に生まれた宇宙の住人になるわ』
「戻してあげることは?」
レバー串を頬張ったセラぽんが、じっとみやびの顔を見据えた。そしてビールを流し込み、悪いけど手伝えないわと一刀両断。
そんなどうしてですかと、アルネ組もカエラ組も、マクシミリアにリリムとルルドも、そして当人たちも胸の前で手を組む。そんな彼女たちに、セラぽんは手にしている串を✕《バツ》印に振った。
『みやび、イナンナから言われたはずよ、人工サタンに関しては手助けできないと』
「ええ! それと関係があるんだ」
『このタイミングで次元嵐が起きたなら、無関係とは言えないわね』
宇宙が誕生したビックバン当時は、物質の密度が高い。けれど宇宙は膨張を続けており、物質の密度は徐々に下がっていく。そこで宇宙の意思は次元を繋げ、密度の調整を行うとセラぽんは言う。
『それが次元嵐の正体よ、でも今回は物質の調整じゃないわ。宇宙の意思が艦隊を呼び寄せた、そう考えるべきね、みやび』
「人工サタンを何とかしたら、艦隊を元の宇宙に戻してくれる? セラぽん」
『そこの聖獣、生ビールお代わり。あとおでん盛り合わせにマグロの山かけを』
この大精霊さまは立て看板にある、本日のお勧めをちゃんと把握してるっぽい。みんな固唾を呑んで、セラぽんの次の言葉を待っている。ルベンス艦隊を助けてくれるの? くれないの? と。
『試練を乗り越えたなら、みやびは宇宙の意思に呼ばれるわ』
「……呼ばれる?」
『私たち大精霊が手伝わなくても、あなたは次元を飛び越える力を手に入れるってことよ。そこの二人、故郷に帰りたかったら大精霊の巫女に協力することね』
アルマ提督もラニスタも、戻れる方法があるなら全力でお手伝いしますと、首を縦にプルプル振った。宇宙迷子ならぬ次元迷子、手立てがありみやびが鍵を握るのであれば否やはない。
『信仰は回復し、アンドロメダ銀河の再構築は白紙になったわ。お礼代わりに話したんだからね、みやび。ところで戻りガツオのたたきはまだあるかしら』
それを伝えるためにわざわざ来てくれたんだと、みやびは嬉しくなってつい頬が緩んでしまう。もちろんありますよと、彼女はカツオの柵を取り出して炙る。香ばしい匂いが漂い、私も食べたいとみんな手を挙げるのだった。
――そして閉店後、祭壇の囲炉裏テーブル。
「大精霊の巫女に出会った上、本物の大精霊を拝めるとはな、ラニスタ」
「提督、私はもうこのまま墓に入っても構わない気分です」
いやいや待たれよ墓はまだ早いと、両手をブンブン振る栄養科三人組と嫁たち。アリスがふよふよと、みんなに緑茶を置いていく。囲炉裏の蓋を開け火を起こし、網で焼いているのは磯辺焼き。磯の香りと醤油の焦げる匂いが、これまたたまらない。
聞けばやっぱり煮るか焼くかの食文化で、二人は何を食べても美味しいらしい。地球がいかに食文化の発達した惑星か、改めてその素晴らしさに感じ入る栄養科三人組である。
にゅーんと伸びる磯辺焼きを頬張るアルマ提督に、ぴこんと閃いたファフニール。差し支えなければ、フルネームを伺ってもいいかしらと身を乗り出す。侯国の君主さまは、名前がどこまで伸びるのか気になったらしい。
「アーマルーマシャポネット・エランジット・ドゥ・エスカベージャ=マルムスアルベスチヌス」
長すぎる覚えられないよと、囲炉裏テーブルに突っ伏すみやび達であった。
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