第679話 ホーリーユニバース
――ここは亜空間倉庫の居住エリア。
カルディナ陛下はエビデンス城のみやび亭本店と、亜空間倉庫に転移できるダイヤモンドを兼用で持っている。みやびにいちいち送迎を頼むのは、心苦しいからと仰るので差し上げたもの。
彼女も料理の腕前は相当なものだが、バーレンスバッハ城では思うように調理ができないらしい。女帝さまが調理場に立とうものなら大騒ぎになるからで、本店や倉庫を借りに来るのだ。
アンドロメダの問題が片付くまで、倉庫の方には来ないでねとお願いはしてある。それでもひょいひょいやって来るのだから、このお方にはほとほと参ってしまう。
今回はマシューが竜騎士団に、どんな料理を振る舞っているか様子を見に来たようだ。その陛下なんだがどうにも様子がおかしく、緑茶をすする顔に
「ラングリーフィンよ、フュルスティンよ、水くさいではないか」
「どうしちゃったのカルディナ陛下、何か怒ってる?」
「怒りもしよう、ラングリーフィンよ。
「それは光栄に存じます、陛下。でもお怒りの理由が、私たちにはさっぱりでして」
「とぼけるでないフュルスティンよ、妾に何か言うことはないのかや?」
テーブルを囲む三人に、アリスがマロンケーキを並べて行く。私たち何かやらかしたかしらと、顔を見合わせ首を捻るみやびとファフニール。
「ならば妾の方から言おう。風の噂を耳にしたのじゃがな、ラングリーフィン」
「風の……噂って?」
「陽美湖どのとミーア大司教にアメロン皇帝の件、なぜ教えてくれんのじゃ!」
「うひゃ」
「うひゃではないラングリーフィン」
だから水くさいと言っておるのじゃと、テーブルをぺしぺし叩く女帝さま。風の噂って誰から聞いたのですかと、みやびもファフニールも言いかけたけど引っ込めた。発信元はあの子、歩くスピーカーに決まっているからだ。
「念のため確認したいのじゃが、ラングリーフィン」
「な、何でしょか、陛下」
「女子のリッタースオンは、卵化しなければ普通の出産になるんじゃな?」
「その通りよ、小リンドと呼ばれる人間として生まれるわ」
ヨハン君とカイル君にアルネは、両親のどちらかがその小リンドだったわけだ。ところで女帝さまはそれを確かめて、どうするつもりなのだろうか。何だか嫌な予感がしてきた、みやびとファフニールである。
「ならば妾がリッタースオンになったとしてじゃ。卵化さえしなければアムリタとの間に、子供を設けることも出来るわけじゃな」
「あの、陛下まさか」
「さっきも言ったであろう、フュルスティン。妾とアムリタは、そなたらを家族と思うておると」
アリスがカルディナ陛下の家名はシュタインブルク、アムリタ陛下の家名はランドルーバと思念を送ってきた。頭の中で何かがチーンと鳴り、お地蔵さんと化してしまうみやびとファフニール。
「二人ともこっちにいたのね。あらカルディナ陛下、ごきげんよう」
「うむ、フレイア殿も元気そうじゃな。ちょうど良かった、そなたにも聞いて欲しい話しをしていたところじゃ」
そんなわけでカルディナ陛下とアムリタ陛下の儀式は、二人の結婚式が済んだらって事で話しはまとまった。両陛下は卵化せず、新帝国の跡継ぎを残す方向で合意。みやびもファフニールも開き直っちゃって、もはや来る者拒まずの境地である。
「ねえフレイ、生まれる卵の血筋ってどうなるのかしら」
「スオンになった順番よ、みやび。だから誰の子かは分かるの」
「でも竜が生める卵の数には限りがあるわ、フレイア、十年周期だもの」
「お相手が増えるほど周期は短くなるのよ、ファフニール。だから私は重婚を勧めているわけ」
それは初耳と、みんな目を丸くする。リンドスオンもリッタースオンもお相手が増えれば増えるほど、最短なら十二ヶ月周期の産卵が可能になるんだそうな。
そうしないと竜族は少数民族のままでしょうと、フレイアは温故知新と書かれたマイ湯呑みに手を伸ばした。一万年前は重婚が当たり前だったのに、不思議なものねと緑茶をすする。
ふむふむ、だがちょっと待て――。
私たちどれだけ産卵することになるんだろうと、顔が引きつるみやびとファフニール。あら小さい卵だから母体に負担なんて無いわよと、にっこり微笑むフレイア。これにて侯国の君主と宰相のカップル、大家族化が確定したっぽい。麻子組と香澄組も同じく、大所帯となることにけってーい。
「ところでラングリーフィン、ミーア大司教とアーネスト枢機卿がダイヤモンド通信でやり取りする事はあるのかや?」
「普通にあるわよ、回線を繋いでってよく頼まれ……あ!」
「人の口に戸は立てられん。処女
ならばお相手は誰になるのかしらと、顔を見合わせるみやびとファフニール。するとアリスが、妙子さまではないでしょうかと言い出した。モスマンとの戦争で身内と友人知人を失い、旧知の間柄は妙子さまとパラッツォさまくらいですと。
「赤もじゃは同族のリンドだから、妙子さんってことね、アリス」
「はいお姉ちゃん。アーネストさまがこの世に生を受けたとき、妙子さまはもうエビデンス城にいらしたわけですから。一番長い付き合いではないかと」
「肉体年齢は逆転してるけど、アーネストさまにしてみれば妙子さまは母親に近いわね、みや坊」
「そうか、妙子殿かや。まだ決まったわけではないが、妾たちも腹づもりはしといた方が良さそうじゃな」
そうですねとみんなで頷き合い、マロンケーキにフォークを伸ばす。カルディナ陛下が自分は火属性だから、スオンになれば自前で加熱調理が出来ると、嬉しそうにケーキを頬張った。人間電磁調理器が、またひとり増えるってことね。
――そして夜のみやび亭、ワダツミ号支店。
さすがに学習したようで、暖簾をくぐる船を間違える人はもういない。妙子さんが鼻歌交じりで立て看板に、きゅきゅっと本日のお勧めを書いていく。
お刺身はクロマグロにヒラメ、ハマチとマイカに車エビの盛り合わせ。車エビは網焼きも承りますよ。焼き魚はサンマ、煮魚はメバル。煮物は牛筋煮込みとブリ大根。
ちなみにお通しは筑前煮、おつまみメンマ、鶏の軟骨揚げ、このラインナップで開店となったみやび亭である。
「なんじゃ、家名の長さで悩んでおったのか」
「そうなのよカルディナ陛下、自分でも舌を噛みそうなくらいで」
「もう陛下はいらんぞ、みやび。これから妾のことは呼び捨てで頼む、ファフニールもそうしてくれぬか」
前もってみんなには報告していたから、キッチンもカウンター席も歓迎ムード。当初ブラドとパラッツォは言葉を失っていたが、今更だなと受け入れたごようす。陽美湖とミーア、そしてマクシミリアも、ファミリーが増えたと喜んでいる。
「ラストネームは家系図を作るのに必要ですからにゃあ」
「チェシャの言う通りじゃ、それはそれできちんと残さねばの。妾が思うに、代わりとなる代名詞を用いるのはどうじゃろう」
「何か良い考えがあるの? カルディナ」
「例えばそうじゃな、みやびとファフニールなら普段使いの家名を……。
こんなのはどうじゃろう、
その案もらったと、麻子と香澄が速攻で食い付いた。名案ですわと、妙子さんとアグネスも頷き合っている。するとパラッツォが、ちょっといいかと手を挙げた。
「トップスオンの死は直系に及ぶ、わしは竜騎士団長を引退したのち、竜の姿でいる時間を長くとろうと思う」
「そっか、竜の状態なら本来は千年近く生きられるもんね。それでアグネスさまとの寿命を調整するんだ」
「その通りじゃみやび殿、アグネスをこの若さで付き合わせる訳にいかんからな」
あなたったらと頬を朱に染めるアグネスに、みんなのによによが止まらない。だがひとつ問題がと、パラッツォは頭をかいた。
「わしはその代わり、大飯ぐらいになってしまう」
「やだ赤もじゃ、そんなの心配しなくていいわよ。ねえみんな」
誰もがうんうんそうそう、ひもじい思いなんてさせませんと異口同音。麻子と香澄が千葉県のキョン狩り、どんどんやろうと気勢を上げる。
日本鹿と熊も間引きが必要ではと石黒に高田が、鯨もだなと飯塚も岩井さんも乗ってくる。それは早苗さんを通して環境省へねじ込むようかしらと、みやびが人差し指を顎に当てて宇宙を見上げた。
「ねえみや坊、ふと思ったのだけど」
「なあに? ファニー」
「スライムちゃんを好物のシイタケだけ、乳酸菌だけ、牛乳だけで養殖したらどんな味になるかしら」
「……はい?」
ちょっと待ってと、フレイアがカウンターの縁をぺちぺち叩いた。クバウク菌を取り込んでクバウク菌
こりゃ大変とばかりにみやびは、真戸川センセイに伝えようとダイヤモンドを取り出す。するとそれが鳴動し、相手はアーネスト枢機卿からであった。
「はいはーい、おはこんにちばんわ、アーネストさま」
『うふふ、相変わらずねラングリーフィン。いま枢機卿領は昼下がりよ』
惑星によって、太陽の位置によって、こちらと時間帯は異なるから、挨拶はおはこんにちばんわのみやびである。そのアーネストが、妙子さんに回線を繋いで欲しいと来ました。
『アーネスト枢機卿から、妙子さんにご指名キター!』
ファフニールとフレイア、アリスとカルディナに思念を送る任侠大精霊さま。初めての思念でちょっと驚いたカルディナだが、そこはさすが女帝さまで動じない。やはり来たかと、お通しの筑前煮に箸を伸ばす。
「枢機卿領へ赴任されてから、しばらくお会いしてないわ、アーネストさま。いま迎えに行くからちょっと待ってて」
『えっえっ、ララ、ラングリーフィン』
「お話ししたいのでしょ? 来てくれたら嬉しいわ。そうよね妙子さん」
「もちろんよみやびさん。アーネストさま、大好物のナス田楽がありますよ」
『い……行きます』
みや坊は話しを持って行くの上手いわねとファフニールが、さすがお姉ちゃんですとアリスが。さてどうなりますことやらと、フレイアもカルディナも、升酒を手にむふっと笑うのであった。
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