第675話 スペルマスター

 宇宙を航行する上で、船の不具合や故障は付きもの。それを修復できる者がいなければ、船は宇宙を漂う幽霊船と化す。だが六属性が揃っていなくとも、言霊スペルで補い錬成を可能とする血筋が存在する。

 それがカルディナ陛下とジャレル司令官、そしてマクシミリア陛下だ。魔力を供給してもらえれば、宇宙船を錬成できるスペル言霊マスターである。そのマクシミリアを身内にした意義の大きさを、みやびはまだ気付いていない。


 そのみやびだが対サタン戦が終わるまでは、ファフニールの血をマクシミリアへ与えないことにした。もし万が一の事があれば直系ゆえ、彼女をアケローン川へ道連れにしてしまうからだ。アルネ組やカエラ組と同様、彼女がしょんぼりしちゃったのは言うまでもない。


 だがタコバジル星へ移住したアメロンの民が、路頭に迷うでしょとみやびに諭されれば返す言葉もない。ただしその代わりとして彼女は、みやびに隠し名を明かした。自分と母親しか知らない、伴侶となるお相手にしか教えない名を。言い換えるとみやびはマクシミリアを、嫁にしますと約束させられたようなものである。


「よし完成よ、マキシーマクシミリア。て……どうかしたの?」

「いえその、愛称でよばれると何だかむずむずするんです」

「もしかしてお気に召さなかったかしら、この愛称」

「いいえとんでもありません! とても気に入ってますお姉さま」


 ファフニールとフレイアにアリスが、によによしている。

 普段の会話でマクシミリアは呼びにくい、そこで思い付いたのがマキシーという愛称だった。ちなみに隠し名は秘匿するもの、みやびが墓まで持って行くもの。


 そのマクシミリアがお姉さまみやびに、船の近代化改修をおねだりして来ました。アメロン艦隊の旗艦であり、船名はシュバイツ号。彼女のフルネームは、マクシミリア・フォン・シュバイツ。つまり家名のシュバイツが船名になっているわけだ。

 戦艦なので近代化改修は武装じゃなく、黄金船にして連結可能にする改造となる。加えて内装を現代艦らしくスッキリさせ、祭壇に囲炉裏テーブルというご注文。もちろん後で蓮沼組任侠チームによる、みやび亭支店の設置も予定されている。戦艦だから甲板が広く、都内某所のビアガーデン規模になりそうな予感。


「ねえアリス、サッチェスさまを見なかった?」

「居住エリアでひとり酒です、お姉ちゃん」

「側近中の側近かつ、侍従長ですものね、ファフニール」

「そうねフレイア、思う所は色々とあるのかも。そっとしといてあげましょう、みや坊」


 マクシミリアの教育係も務めていたサッチェス、こんなに早く手を離れるとは思ってもみなかったのだろう。そりゃ飲みたくもなるよねと、みやびは眉尻を下げた。

 シュバイツ号の乗員は改修の間、竜騎士団との交流も兼ね居住エリアへ移動してもらっている。お酒を解禁にしたから、サッチェスが飲んでいても特に問題はない。


「アリス、サッチェスさまにおつまみを見繕ってあげてって、スミレに伝えてくれるかしら」

「マシューでなくてよろしいのですか? お姉ちゃん」


 それは止めてあげてと、口を揃えるみやびと嫁二人。噂のてんこ盛り料理人ですねと、マクシミリアがぷくくと笑う。連結は明日にして今夜の居住エリアは、大いに羽目を外してもらおうと頷き合うみやび達。てんこ盛りマシューは、そっちでメガ盛りを作ってもらいましょうと。


 ――そして場所を移し蓮沼家、夜の母屋。


「お祖父正三さま、私と目を合わせて下さい」

「いやそうは行ってもな、ファフニール」

「辰江さん、私と目を合わせてよ」

「ごめんなさい、みやちゃん。まだ心の整理がつかなくて」


 早苗さんと桑名に奈央は、帰りが遅くなるらしい。今ここにいるメンバーでみやびとファフニールから、唇を奪われなかったのはスオンじゃない徹と京子だけ。正三も辰江も他の男衆も、すっごく気まずそうな顔してる。

 マルゲリータ山下の嫁アメリア工藤の嫁シオンアンガスの嫁が、コーレル佐伯の嫁ベネディクト黒田の嫁マーガーレット源三郎の嫁が、台所へ引っ込んだまま出て来ません。みんなみやびに押し倒されたから、顔を合わせにくいのだ。


「初対面の人もいるから、改めてご紹介。マクシミリア・フォン・シュバルツよ、みんなマキシーって呼んであげて」

「タコバジル星の基礎整備と農業支援では、大変お世話になりました。あなたが山下さま、そちらがアンガスさまですね。初めまして、どうぞよしなに」


 マクシミリアの挨拶に、しんと静まりかえる蓮沼家の母屋。

 縁側の向こう、庭を満君と黒ヒョウ三兄弟が通り過ぎていった。

 みやびがシュバルツ帝国の皇帝を、わざわざ連れてきた。しかも愛称で呼んでってことは……まあなんだ、つまりそういう事だ。


 静寂を打ち破るように、えええ! という声が母屋に響き渡る。

 台所から男衆の嫁六人が顔を出し、信じられないといった面持ち。警護のモムノフさん達が何事と、縁側にわらわら集まってきちゃったよ。


「お嬢さん、あと何人増やすんですか?」

「あは、あはは、私にも分かりましぇん源三郎さん」

「失礼かもだけど、おいくつなの? マキシー」

「十一歳です、辰江さま」


 リンド族の女子が近衛隊へ入隊するのは十二歳。それよりも若い子を引っかけたのねと、呆れを通り越してころころ笑い出す辰江さん。

 もう何でもありだなと佐伯が、もはや驚きませんと黒田が、系外惑星法もありますしねと工藤が、揃って悟りの境地を開いちゃってる。

 アリスとフレイアに通訳してもらっている徹と京子さんが、こちらの学校にも通えるよう手続きをと頷き合った。それこそ系外惑星法ですねと、山下とアンガスがくぷぷと笑う。


「まだ血の交換はしておりませんが、皆さま末永くよろしくお願い致します」


 そんなマクシミリアに目を細める、お茶の間の面々。何やかんや言って蓮沼家は、みんなでわいわい賑やかなのが大好きである。ようこそウェルカムで正三が一升瓶の栓を抜き、辰江の目配せで台所チームが動き出す。

 マルゲリータとアメリアにシオンは守備隊員だが、蓮沼家に来て料理の腕前はお店を出せるレベルになっている。みやびとファフニールが台所に行かなくても、美味い酒の肴が出て来そうだ。


「折角ですから、私の錬成を皆さんにお見せしましょう」


 マクシミリアはいつも持ち歩いてる革袋から、鈍色にびいろの鉱石を取り出した。見覚えのあるみやびが、もしかしてミスリルなの? と尋ねてみる。ルイーダがルーシア知事を経由して、使い道の検討を依頼してきたからだ。


「お姉さまよくご存じですね、希少な金属だから中々手に入らないのです」

「ならこれも使っていいよ、マキシー」


 みやびが預っていたミスリルの鉱石をポポンと出し、まあステキと瞳を輝かせるマクシミリア。彼女は鉱石に両手をかざし、スペルを唱えはじめた。

 カルディナ陛下と同じく流れるような高速詠唱で、柄のない上身かみなかごの長剣に姿を変えていく。みやびが追加しなかったら、彼女は小刀にするつもりだったらしい。


「鈍色ですが、折れにくく刃こぼれしない実用的な剣です。ここまでは普通の鍛冶職人でも鍛えることが出来ます」

「ここまではってことは、その先があるのかい? マキシー」

「そうです、アンガスさま。お姉さまから刀鍛冶と伺いました、見ていて下さい」


 再び高速詠唱に入るマクシミリア。鈍色の剣が見る見る銀色に輝き始め、ほええと目を丸くする蓮沼家の人たち。ルイーダすごいもの見つけたんだと、みやびも目が離せないでいた。  


「これがミスリルソードと呼ばれる剣で、私が出来るのはこの状態までになります」

「まだ先があるんだ、マキシー」

「はいお姉さま。魔力持ちの刀鍛冶が更に鍛えることで、刀身に魔力を乗せられる真ミスリルソードになるのですよ」


 かつてアメロン星には、専門に鍛える刀鍛冶の家系が存在したと、マクシミリアは人差し指を立てた。ただし条件があって、刀鍛冶は火属性であることと、更に風属性が補助を行う必要があると。この条件があるゆえに後を継ぐ属性が揃わず、その家系は途絶えてしまったんだとか。


「アンガスさまは火属性、パートナーのシオンさまは風属性ですよね、これを鍛えてみませんか」

「俺にかよ、失敗してダメにしたらどうするね」

「その時は錬成で戻せますから、何度でも挑戦できますわ。鍛え上げることができたなら、差し上げますわよ」


 そう言って剣を差し出すマクシミリアと、受け取って刀身に鋭い目を向けるアンガス。シオンもすっかり背が伸び、長剣を背負っても地面を引きずらない身長になっている。近衛隊が蓮沼道場で指導を受けている以上、彼女も武器を戦斧せんぷから長剣にチェンジすべきとは常々考えていたのだ。


「やってみよう、預らせてもらうぜ、マキシー」

「期待しています、アンガスさま」


 カラドボルグも、レイヴァテインも、ムラサメブレードも、ヨイチの弓も、元となっているのは真ミスリルソードだとマクシミリアは話す。守護精霊に愛され道を究めた、鍛冶職人が生み出したものですと。何でも宝剣を一本生み出すのに、真ミスリルソードが何本も必要になるんだとか。


 そう言えばアンガスの守護精霊は、ブリギットだったなとみやびは思い出す。香澄によればケルト神話に出て来る女神で、数あるご利益の中には火の守護、金属細工と鍛冶も含まれている。


 それにつけてもと任侠大精霊さまは、改めて座布団にちょこんと座るマクシミリアを眺めてみる。フレイアから出された宿題は、錬成のスペルを文字にして残すこと。彼女と融合すれば実現できるかもしれず、縁とは不思議なものだと思わずにはいられない。


「お姉さま、これは何と言うお料理なのですか? 私これ気に入っちゃいました」

「蓮沼家の艦めし、フレジェよマキシー」


 フレジェとは、フランス版ショートケーキのこと。蓮沼家の男衆は酒飲みの甘党だから、いつも何かしらの甘味は用意している台所チーム。

 日本だとショートケーキは、ふわっとした生クリームを使っている。対してフレジェはカスタードクリームやバタークリームを混ぜ合わせた、ムースリーヌと呼ばれる濃厚なクリームを使うのが持ち味だ。


 海上自衛隊の特務艇『はしだて』は、スイーツにも力を入れていることで有名。他にもガトーショコラやタルトなんかもあったりして、蓮沼家の艦めしラインナップに含まれている。そう言えばレシピ集の小冊子にスイーツあんまりないなと、ふと思いを馳せるみやび。こりゃ洋菓子と和菓子の別冊を発行するようかしらと、ひとりほくそ笑むのであった。

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