第674話 善悪の基準

 真戸川センセイ率いる研究チームだが、新薬の開発は難航していた。一応タブレットは完成し効き目も確認できたんだが、薬効が服用してから一日しか持たないのだ。

 全宇宙へ行き渡らせるならば、タブレットをいくら量産しようとも間に合わない。今は薬の効果が長続きするよう、研究チームによる改良が日夜進められている。


 しかし目処が立ったことから、みやびは即座に動いた。ロマニア製薬株式会社を設立し、生産ラインを持つ工場の立ち上げに踏み切ったのだ。蓮沼組任侠チームの出番であり、工場は各惑星にも随時導入していく。中でもアンドロメダで一大生産拠点となる候補地を、みやびはとっくに決めていた。


 ――ここはアマテラス号の祭壇。


「もうすっかり良くなったみたいね、ゲッペルス国家主席」

『おかげさまでな、随分と世話になった、みやび殿』

「アルミス艦長を経由してお知らせした通り、国を挙げて新薬を生産してもらう事になるわ。この和解案を、受けてもらえるかしら」

『今までの罪滅ぼしだ、是非もなし』


 スクリーンに映るゲッペルスが、みやびの提案を受け入れていた。

 このお方はいったいどこまで先を読んでいるのかと、マクシミリア陛下もジャレル司令官もユンカースも、囲炉裏テーブルで苦笑している。

 スライムちゃんを最初にばら撒いたのがクバウク星で、順調に増殖しており原料には事欠かない。新薬を開発できたらアンドロメダの生産拠点は、クバウク星とみやびは定めていたのだ。


「その決断に感謝するわ、これにてアンドロメダ軍事裁判は閉廷」

『待ってくれみやび殿、それはどう言うことだ? 軍事裁判の話しは聞いてない』

「引き受けたならば今までの事は水に流す、これが連合艦隊の総意よ」

『私は戦争犯罪人だぞ、生かしてどうする』

「あのねえ、どんな大義名分を振りかざそうと、人殺しは人殺しなの。勝てば官軍なんて言うけど、厳密に言えば私たちだって戦争犯罪人だわ」


 戦争は人命を消耗品として扱う最低の行為であり、どんなに綺麗事を並べてもそこに正義なんてありはしない。駆り出された兵士は何のために戦うのか悩みながらも、国や愛するものを守りたいから武器を手にするのだ。

 太古の昔から繰り返されてきた人類の愚行、果たして善悪の基準とはいったい何なのだろうか。永遠の課題とも言える人類のテーマだが、任侠であるみやびは答えを持ち合わせていた。


「価値観は時代と共に移り変わっていくわ。ゲッペルス国家主席、そう思わない?」

『確かに、我々の祖先は良かれと思い人工サタンを生み出した。だが今となっては祖先を恨む、何て事をしてくれたのかと』


 地球だって昔は、人権を無視した階級制度や奴隷制度が存在していた。当時の価値観はそれが正しいと認識されていたのだ。だが現代の価値観は違う、それは間違っていると誰もが思うはず。


 大多数が望むことこそ善。

 大多数が望まないことこそ悪。

 これこそ世の中の価値観がどんなに移り変わろうとも、絶対に動かすことが出来ない普遍妥当性ではあるまいか。

 法が民を守らないのであれば、法を犯してでも自分たちが民を守ろう。一部の特権階級ではなく、みんなが望むことをやろう。それが任侠であるみやびの血潮に脈々と流れる、普遍妥当性を根底に置いた善悪の線引きなのだ。


 だからこそ、情報操作で民衆を騙そうとする左側マスコミは敵。

 国民の税金を無駄遣いする、天下り先を作ろうとする官僚も敵。

 その税金に群がりチューチュー吸ってる、政治家やおかしな団体も敵。

 野心を抱き戦争を起こす為政者なんぞ、それこそぶっつぶすべき敵。


 大多数の望まないことが悪、この点に於いてみやびは絶対にブレない。祖先の呪縛から開放され白旗を揚げたならば、もはやみやびにとって悪でも敵でもないのだ。


「人の生死を決めるのは宇宙の意思、現に貴方はいま生きているわ」

『この私に、生き恥をさらせと?』

「恥だったかどうかを決めるのは、後世の歴史学者よ」


 そう言ってみやびは、人差し指を四拍子に振る。生かされた以上はやるべき事をやりましょうと結び、彼女はまたねと通信を閉じた。

 アリスが頃合いと見てふよふよと、囲炉裏テーブルの皆に濃いめの緑茶と栗羊羹を並べて行く。これから始まるトップ会談こそ、頭が痛い話しだから甘い物ってね。


「人工サタンが何かを放出したと伺いましたが、みやび殿」


 ジャレル司令官の問いに、みやびはこれよとスクリーンに映し出した。新薬ができるまで、みやびはただ手をこまねいていた訳じゃない。ステルス監視衛星を錬成し、人工サタンを見張っていたのだ。その衛星が観測したのはサタンが岩石を、宇宙空間にぽいぽい放出している映像だった。


「病原体が付着しているのは間違いないわね。アミノ酸だから大気圏突入の熱では燃え尽きず、地表に到達すると真戸川センセイが話していたわ」


 やってくれるなと、顔をしかめる囲炉裏テーブルの面々。

 今すぐにでも人工サタンを叩きに行きたい所だが、新薬の効き目が一日では心許ない。アルミスによれば航路を往復するだけで、二十時間以上かかると言う。しかも内部構造を定期的に変更しているらしく、ゲートを開きショートカットしようにも座標指定できないらしい。


「薬の予備を持って行けば良いのでは? みやび殿」

「体に負担がかかるから、今のところ連続服用はできないの。それも合わせて改良中なのよ、ユンカース」


 ならば新薬の改良待ちですねと、頷き合うトップたち。焦っても仕方がないと栗羊羹を頬張り、濃い緑茶をずずっとすする。


「差し当たって岩石はどうしましょうか」

「宇宙戦闘機による回収を行いましょう、マクシミリア陛下。岩石にフックを掛けて牽引して、一カ所に集めフックごと切り離すのよ」

「回収してどうするのですか?」

「みんなで集めてくれれば、私がブラックホールに放り込むから」


 それができる貴方もすごいねと、トップの皆さんがへにゃりと笑う。この人が味方で良かったと、心底思うのである。そこへアリスがみんなに、二種類の資料を手渡していった。


 ひとつは惑星にスライムちゃんをばら撒く計画書、これは皆さん待ち望んでいたことだ。花があれば蝶や蜂が舞うように、スライムちゃんがどこにでもいる日常風景が生まれるだろう。

 そしてもうひとつは、ほにゃれれのマニュアル。ジャレルとユンカースがげふんげふんと咳払いし、マクシミリアが顔を真っ赤にした。


「みみ、みやび殿、これはいったい……」

「初潮が来たそうね、マクシミリア陛下。あとでゆーっくり教えてあげるから」


 女帝とは言えまだ十一歳の少女に教えるんだと、顔を見合わせるジャレルとユンカース。だってみやびは性愛も司る大精霊さま、思春期の少年少女にどんどん教えちゃうよ。


 ――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。


「基本の型が、他にふたつもあるのですか? ラングリーフィン」

「そうよカイル君。最初に教えたのは剣を手にした状態で、下半身を鍛え体の軸線を保つ基本型ね。他に剣術の基本型、体術の基本型があるの」

「基本と言うことは、応用もあるのですよね」

「ピンポーン、そうよフランツィスカ」


 ほええと目を丸くする、カイル君とフランツィスカ。この二人も仮が取れたら、みやびとファフニールの毒牙にかかる……もとい唇を奪われることになる。

 たまには竜騎士団の監督役をヨハン組に任せ、息抜きに来なさいと二人を誘ったみやび。香澄がカイル君の大好きなカニクリームコロッケを、麻子がフランツィスカの大好きな激辛回鍋肉ホイコーローを置いて行った。


「カリーナさまには驚いたけど、ラフィア領事とシモンヌにはもっと驚いたよね、フランツィスカ」

「あれはほぼ犯罪よね、カイル。でもモスマン領事室の中だから罪に問えないのよ、よく考えたものだわ」


 その当人であるブラドとチェシャがどよんとしており、妙子さんとパラッツォにアグネスがなだめていた。でも妙子さんとしては嬉しいらしく、ラフィアとシモンヌのワンポイント何が良いかしらとウキウキ顔だ。


「んっふっふー、実はもうひとつ成立しそうなんだ」

「ほう、それは誰じゃね、みやび殿」

「ルイーダよ、赤もじゃ」

「士分に叙勲したいと話していた傭兵か、お相手は?」

「んふ、それは上手くいってからのお楽しみってね」


 ルイーダはワイバーンによる最短空路を確立し、同業仲間に惜しげもなく公開していた。空輸運送組合に大きく貢献したわけで、その功績をもって士分にしてはと、ルーシア知事から推薦があった次第。

 ルイーダはスミレへの恋慕を、ルーシアと相方のクレメンスにだけは正直に話していたのだ。結んだ縁で精霊が知事夫妻に働きかけ、ルイーダの背中を押したのかも。


「あれ、サッチェス首相からだ。何だろう? はいはーい」

『みやびさま、陛下にほにゃれれを教えるなんて、早すぎます!』

「ノンノン、サッチェスさま。本来なら女子は初潮が来る前に、男子は夢精が来る前に、ちゃんと教えておくべきなのよ」


 まあね、性愛を司る大精霊さまだしね。

 すると向こうから、ちょっと貸しなさいとマクシミリア陛下の声が聞こえ、サッチェスとピーチクパーチク。やがて通信ダイヤモンドの争奪戦に勝ったのか、こほんとマクシミリア陛下の咳払いが。


『みやび殿』

「スライムちゃんの使い心地はどうかしら」

『最高です、じゃなくてみやび殿』

「はい」

『これから私』

「はいはい」

『貴方をお姉さまと呼ぶことに決めました、だから私のことも呼び捨てにして!』

「はいはいは……へ?」


 お地蔵さんと化すみやび。ありゃまあと目を丸くする、キッチンスタッフとカウンター席の面々。これはひょっとするとと麻子が、もしかするともしかしてと香澄が、顔を見合わせころころと笑い出す。

 お姉ちゃんやらかしました……いえやりましたねとアリスが、それどう言う意味よとみやびが。そして思わず吹き出してしまう、ファフニールとフレイア。タコバジル星の幼き女帝を身内にしてしまうみやび、どこまで行っても罪な大精霊さまである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る