第673話 地球攻略の糸口

 スライムちゃん効果なのか、最近お肌がツルツルになった陽美湖とミーア。そんな二人が宇宙戦闘機コスモ・ドラゴンMk-Ⅱマークツーに乗り込み、アマテラス号からひゃっほうと発艦して行った。


『お二人とも、くれぐれも無茶はしないで下さいね』

『分かっておる、秀一殿』

『ご心配なく、注意一秒怪我一生。そう教えて下さったのは、秀一さまでしたわね』


 接触や衝突で生身の人間が、宇宙空間に放り出されたら即死である。お偉いさん二人だし仲良くなったから、当直の秀一はレーダーから目が離せないのだ。


『時にローレルの手業は気持ち良かったですか? 秀一さま』

『ちょっ、それをこの通信で聞くんですかミーア大司教』

『良いではないか秀一殿、アマテラス号艦載機の専用回線じゃ。他に聞いておる者などおらんじゃろう』


 ――ここはアマテラス号の格納庫、宇宙輸送機コスモ・ペリカン七号機の中。


 あんたら聞こえてるよと、顔に手をやる任侠大精霊さま。操縦席の後部座席で向かいに座るカリーナから、手業って何のことですかと尋ねられる始末。みやびもお偉いさん二人を気遣い、回線を開いたのが運の尽き。生々しい下ネタ話しが、カリーナにダダ漏れです。


『スライムちゃんはどうなんですか? 陽美湖さま、ミーアさま』

『うむ、あれは良いな、ミーア殿』

『はい陽美湖さま。あっちの方はもちろんですが、安心して眠れるのも良いですわ』

『目覚めたら生理が始まっており、下着とシーツが汚れておるのは憂鬱な気分になるからの』

『そっか、女性も大変なんですね』


 そっかじゃないよ秀一さんと、頭を抱えてしまうみやび。カリーナが耳をダンボにして聞き入ってるから、いまさら回線を切ることも出来ず。しかも生理が楽になるスライムちゃんには、大いに興味を示したっぽい。


 カリーナはモスマン帝国じゃ皇族の血筋だから、プライバシー保護のためと場所をコスモ・ペリカンにしたのが敗因とも言う。今更『聞かなかったことにして』は、多分通用しないだろう。

 超音速飛行に移ったのか、陽美湖たちの下ネタ話しがやっと終了。みやびはコントローラーをぺしぺし操作して、通信回線を閉じた。


「あーコホン……それで私に相談って? カリーナさま」

「その前によく分からなかった単語と隠語、スライムちゃんについて詳しく教えて下さい、ラングリーフィン」

 

 やっぱりそうなるわよねと、がっくりと肩を落とすみやび。相談を受ける前に性教育と、スライムちゃんの効能プラスほにゃれれを話す羽目になったわけでして。目の前の少女はいま期待に胸を膨らませ、わくわく顔で待っている。


「単語と隠語に関してはこんな所かな。不潔とか、いやらしいとか思った?」

「いいえ、男女の睦事むつごとは母上から、ある程度は教わりましたので。でもどうして子孫を残す行為に、快楽が伴うのかよく分かりません」

「あはは、気持ち良くなかったら、あれは肉体労働に近いみたいよ」

「そうなのですか?」

「快楽が伴わなければ子作りするのが面倒で、人類は滅亡しちゃうかもね」


 みやびが司る加護のうち、性愛は特に強い性質を持つ。人類の繁栄を願う精霊の慈愛であり、ただ単にエロいという下賤げせん卑猥ひわいなものとは次元が異なる。


 みやびはポケットからスライムちゃんを取り出し、使ってみたい? とカリーナに尋ねた。惑星イオナは幸い、正しい精霊信仰で統一されている。彼女が持ち帰り増殖しちゃっても、特に大きな問題は起きないだろう。

 スライムちゃんは取り込んだものを消化する時、ほんわかと人肌に温かくなる。冷え性の女性には、特にもってこいなのよとみやびは微笑む。


「でも気持ち良くなるのですよね、その感覚がよく分からなくてちょっと不安」

「だからここで慣れて欲しいの。私とアリスは席を外すから、何かあったら呼んでちょうだい。相談はその後ゆっくり聞くから」


 カリーナとスライムちゃんの契約を済ませ、それじゃごゆっくりと亜空間倉庫へジャンプしたみやび。瑞穂さんと約束があるからで、こちらもスライムちゃんの件だったりする。


「私も契約したいな、みやびちゃん。二日目がしんどくてね」

「でもさ、瑞穂さん。間違って地球に持ち込んだら大変なことになるわよ」


 防疫のためクバウク星でスライムちゃんをばら撒いたけど、惑星の生態系で特に問題は起きていない。元々アメロン星に生息していたのだし、食物連鎖を壊すような存在ではないと判明している。


 問題なのは地球に持ち込んだ場合、スライムちゃんの捕食対象になる人間がいるってこと。瑞穂さんにもダイヤモンドを渡しており、いつでも皇居へ行けるのだ。彼女に限って大丈夫だとは思うけれど、ついうっかり張り付けたままが怖い。


「もういっそのことさ」

「うん」

「地球に持ち込んでさ」

「うんうん」

「共産主義とカルト宗教を絶滅に追い込んだらどうかしら、みやびちゃん」

「うんうんう……いやいやそれは駄目よ瑞穂さん」

「どして?」

「地球の人口を減らすだけで、正しい信仰に統一される訳じゃないもの」


 すると瑞穂さん、恐ろしいほどの怪しい笑みを浮かべた。彼女の愛妻エーデルエーデルワイスがどうぞと、ホットココアを置いて行った。

 居住エリアの中央では門下生が、型の練習に励んでいる。運動会テントではお料理チームが、夕飯に向けて仕込みの真っ最中だ。別の調理台では麻子組と香澄組が、リリムとルルドにお料理指導をしている。


「新たな病原体の発生、その予防と治療にはスライムちゃんが不可欠。真戸川センセイ率いる研究チームは、論文でそう発表するでしょうね」

「あの、瑞穂さん、何が言いたいの?」

「そうなったら民衆は一家に一台……もとい一匹、スライムちゃんを欲しがるに決まってるわ。命あっての物種だからね」


 そりゃ確かにとみやびは頷くが、瑞穂さんは鈍いわねとコロコロ笑い出した。

 新薬が完成してもウィルスと違い、何度でも罹患りかんする病原体である。クバウク酸を根絶させない限り、スライムちゃんは必要なのだ。


 その事実が論文で発表されれば、世間は蜂の巣を突いたようになるはず。なぜならば、スライムちゃんを飼うのに必要なのは正しい信仰だからだ。

 共産主義者だって命は惜しいから、神仏へ祈りを捧げるようになる。カルト宗教の信者は離れて行き、教団は自然淘汰されるだろう。

 地球に存在するみやびの敵は、勝手に瓦解していくのだ。そして無信教だった人々も、スライムちゃんを飼うため正しい信仰に目覚めるはずと。


「瑞穂さん……」

「その準備を始めるべきよ、みやびちゃん。左翼組織とカルト宗教を、全滅に追い込む準備をね。そして地球は人口を減らす事なく、正しい信仰で満たされるわ」


 みやびひとりでは手が回らないこと、思い付かないようなことはいっぱいある。その大精霊を手助けするのが、周囲に控えている精霊たちなのだ。


 瑞穂さんはホットココアを口に含み、そして茶目っ気たっぷりに言う。どうせ黄金船の乗組員も、亜空間倉庫にいるメンバー達も、一人一匹契約することになるんでしょと。

 もちろんそのつもりでみやびは進めており、男性用ほにゃれれと女性用ほにゃれれのマニュアルを作っている所だ。当然ほにゃれれとはアレのこと、だって性愛を司る大精霊さまだから。


 気持ち良くなるのはご存じなんざんしょとみやびが、おうよ麻子と香澄から聞いてるぜと瑞穂さんが。そして二人はしばし見つめ合い、やがてどちらもぷくくと笑い出すのだった。


 瑞穂さんにも契約させてあげ、コスモ・ペリカン七号機に戻ったみやび。カリーナはと言えば、ちょっと放心状態であった。衣服に大きな乱れはないから、スライムちゃんを上手く制御できたみたいだ。


「女になるって、こういうことなんですね、ラングリーフィン」

「わお、カリーナさまが急に大人びちゃった」

「ふふ、相談をしてもよろしいでしょうか」


 いいわよバッチ来いと、お茶セットを広げるみやび。お饅頭の形にしたスライムちゃんを頭にちょこんと乗っけて、カリーナはもじもじしながら口を開いた。


「マシューと家族になりたい、クーリエと血の交換をしたいの。もちろんリンド族が、ロマニア侯国から国籍を移さないのは知ってるわ」


 もうこの手の相談には慣れっこで、お相手がマシューと聞いても驚かないみやび。障害となる問題はと、頭の中に思い浮かべてみる。


「カリーナさまのことだから、考えなしで私に相談してるわけじゃないのよね?」


 こくこくと頷くカリーナ。

 アムリタ陛下とカルディナ陛下はやがて、皇太子や皇女を設けるだろう。自分はその教育係としてお仕えし、やがては侍従長になるでしょうと。


「つまり私の職場は、バーレンスバッハ城になるのです。ロマニア侯国の首都ビュカレストから、ワイバーンで通えなくもない距離だわ」


 スオンが離れ離れになると、リンドスオンは情緒不安定になる。ただしそれはファミリートップのスオンだけで、他の直系は影響を受けない。これはアウト・ロウとフレイアで実証済みだから、カリーナがクーリエとスオンになっても大丈夫だ。


「お父上、宰相シャメルさまはうんと言うかしら」

「言わぬなら、言わせて見せようホトトギス。でしたっけ? ラングリーフィン」

「直球勝負はだめよ、カリーナさま。そこんところは私に任せて」


 マシューはみやびの直参で地位はグラーフ伯爵、身分は問題ないだろう。

 カルディナ陛下とアムリタ陛下を仲間に引き込めば、宰相シャメルを口説き落とす自信はみやびにあった。だって一番喜ぶのは、てんこ盛りマシューを気に入ってるカルディナ陛下なんだから。彼女はきっと全力で後押しするだろう、何か催しがあれば遠慮なくマシューを呼ぶことができるって。


「マシューとクーリエ、連れてくるわね」

「はいラングリーフィン、ちょっとドキドキしてきました」


 初々しいなと頬を緩めるみやびに、カリーナは言うのだ。これからファミリーになるのですから、もう私の事は呼び捨てにして下さいと。

 今のセリフをアルネとローレルが聞いたら、もしかしたら泣くかも知れない。カリーナをエビデンス城へ導いたのは、モスマン領事時代の二人なのだから。縁は縁を呼び、その輪はどんどん広がっていく。

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