第671話 番外編 古墳調査

 ――ここは西シルバニア北部の、とある山中。


「こんな快適な野営が出来るとは、思ってもみませんでした、ルイーダさん」

「風呂は用意できないが飯はうまいだろ、ユリウス殿」

「たいした腕前です、嫁に欲しくなりました」

「ははっ、そいつはどうも。でも私はお安くないぜ」


 焚き火に当たりながら向かい合い、肉と野菜がごろごろのホワイトシチューを頬張る二人。シチューに浸けて食べると美味いぞと、ルイーダが串に刺し焚き火で炙っていた黒パンをユリウスに手渡した。


 ルイーダはスミレと仲良しの、飛んで運べる料理人の傭兵だ。空輸運送組合では唯一のワイバーン三頭持ち。その三頭目はオアナの町で起きたトラブルを解決し、領主であるヨハン君からご褒美で頂いたもの。

 ユリウスは西シルバニアの主城であるエラン城で、蔵書室の司書を務める文官だ。チェシャとは古文書の情報交換をしており、古代文字の解析が彼のライフワークとなっている。


 二人が山の中で野営している理由は、古墳調査に向かう道中だからだ。危険な場所ではないのだが、険しい峰を幾つも越えた先にある。馬車はおろか馬すら踏み込めない僻地のため、ワイバーン使いの傭兵を雇った次第。


 当初ユリウスはキャラバンを組み、徒歩で向かうつもりでいた。人足を五十名雇い往復三週間の予定で、計画書を作成しオリヴィア知事の許可を仰いだわけだ。

 だがオリヴィアはご冗談をと、書類をユリウスに突き返したのである。どんな成果が上がるか分からない調査に、金貨十枚もの国費は出せませんと。


 がっくり肩を落とすユリウスと、心情としては行かせてあげたいオリヴィア。

 そこへメイドが納品書を持ってきて、受け取ったオリヴィアはピコンと閃いた。それはルイーダがエラン城に、魚介類を運んできた納品書である。ワイバーンで空から行けば日数は大幅に短縮され、キャラバンを組むより遙かにお得と思い付いたのだ。


「オリヴィア知事に呼ばれた時は、何の話しかと思ったよ。まさか古墳調査とはね」

「ワイバーン使いでAランクの傭兵、それが決定打でしたね」

「現地に村とかあるのかい? 寝泊まりできるような」

「あるにはありますが、寝食はルイーダさんを頼りたいところです」

「ははっ、違いない。万事任せてくれ」


 ところでそれは何ですかとユリウスが、携帯コンロ君二号の上で湯気を出すケトルを指差した。お湯を湧かしていると思いきや、コーヒーの香りが漂ってきたからだ。


「これはパーコレーターといって、コーヒーやお茶を煎れるアイテムなんだ」

「火にかけるだけで、温かい飲料が出来上がると?」

「そう、ラングリーフィンからモニターを頼まれてな。ユリウス殿も欲しいなら頼んでみるといい、モニター用の試作品をくれると思うぞ」


 空輸運送組合のワイバーン使いはみんな、ラングリーフィンから頼まれモニターになっていると話すルイーダ。彼女はパ-コレーターの中身をマグカップに注ぎ、はいどうぞと手渡した。飲んでみれば確かにコーヒーで、これは便利ですねとユリウスは感心しきり。


 テントの脇を見れば三頭のワイバーンが、固まってグースカ寝ている。こう見えても何か気配を感じるとすぐ起きるから、野営でも安心して眠れるとルイーダは笑う。

 実際に盗賊の襲撃を受けたことがあり、賊どもはワイバーン達によって敢えなく鎮圧。しかも賞金首だったから、労せず儲かったんだとか。


 ――そして翌日、古墳に足を踏み入れたルイーダとユリウス。


 古墳とはお墓がある丘陵のことで、三部族が惑星イオナに来る前の文明だとユリウスは言う。何故その文明が滅んでしまったのか、それが今取り組んでいる研究課題なんだと。カンテラで中を照らし、そんな話しをしつつ二人は奥へと進んでいく。


「なあユリウス殿、ひとつ聞きたいことが」

「今年二十六歳で独身、彼女はいませんよ」

「……置き去りにして帰ってもいいか?」


 冗談ですよと笑うユリウスに、半眼を向けるAランクの傭兵。彼女が気になったのはユリウスが纏う、マントのワンポイントだった。

 武官はドラクル、文官はチェシャの肉球、武術に通じている文官はハニカム正六角形の中にミツバチと、重職会議で統一された。


 もっとも主君との縁を示す、徽章きしょうという伝統は残された。ゆえに親族限定で贈られた、追加のワンポイントも存在する。

 みやびは船乗り繋がりで、フレイアに『いかり』を。アウト・ロウには芸術集団として『竪琴を背景に開いた本』を。

 ヨハン君は羊飼い繋がりで、ヘットとラメドに『眠れる子羊』を。

 妙子さんはチェシャにど直球で『招き猫』を。


 招き猫は妙子さんファミリーですったもんだしたらしいが、それは置いといて本題に戻ろう。ユリウスのワンポイントはミツバチで、この男に武芸の心得があるんだろうかと、ルイーダは疑問に思ったのだ。


「古墳や遺跡の調査も仕事ですからね、色々と危険は付きまといます。それで聖堂騎士だったクレメンスから、手ほどきを受けてました」

「成る程ね、それで古墳へ入る前に短剣から長剣に持ち替えたんだ。腕前は?」

「まあ……Bランクの傭兵ほどには」


 頬をぽりぽり掻くユリウスに、ふうんと目を細めるルイーダ。傭兵はトリプルAからFまで、八段階のランクがある。Bなら傭兵組合で、賊の討伐や商隊護衛の依頼を受けられる強さだ。


 かつてエラン城の城下町にある市場で、みやび率いる近衛隊は子供を奴隷としてこき使う輩を成敗したことがある。その時ユリウスは迷わず短剣を抜き、ジーラ子爵と奴隷だったジェリカを守ろうとした。武人としての気質は、ちゃんと持ち合わせているのだ。


「武闘派の司書か、格好いいじゃない」

揶揄からかわないで下さいよ、ルイーダさん」

「しっ」


 急にルイーダが人差し指を唇に当てた。

 耳を澄ませば微かに、奥から笑い声が聞こえて来るではないか。どんな時代でも墓泥棒はいるから、財宝の類いは期待していないユリウス。だが金目の物がない取り尽くされた古墳にいるなら、盗賊や山賊が住み着いている可能性は高い。


「新しい足跡だ、一人……二人……三人が奥に向かってる」


 床に膝を突き、地面をカンテラで照らしたルイーダが当たりを付ける。二人は頷き合うと、揃ってカンテラの火を落とした。そして目をこらせば玄室と思われる部屋から、薄らと光が漏れている。

 二人は剣を抜き、抜き足差し足で扉に辿り付く。光は漏れているものの、あいにく隙間はちょっぴりで、中の様子が分からない。


「賊だったら二名は私が、残りの一名は頼んでいいか」

「引きこもりで最近外に出ていない、他の仲間がいたらどうします」

「そん時は目潰しを投げて、ワイバーンが待ってる入り口までダッシュさ。走りに自信は?」

「逃げ足は速いとよく言われます、ところで目潰しって?」


 これさと、ルイーダは背嚢はいのうから卵を取り出した。中身はハバネロの粉末だよと、Aランクの傭兵さんが口角を上げる。それ顔にぶつけられたら戦闘不能ですね、私にも下さいと手を伸ばす司書さん。

 ハバネロは素手で触っちゃいけない代物だ。その粉末が目や鼻に入ったら、どうなるかなんて想像に難くない。ではせーので、扉を蹴っ飛ばす二人である。


「動くな! て……はあ?」

「地元住民ですね、ルイーダさん」


 この地域の住民はブリタン族と呼ばれ、大人になっても背丈はユリウスの胸くらいしかない。住民三人は仕留めたのであろう、鹿を解体している最中だった。


「まま、まってけろ、わしらなんも悪いことはしとらん」

「剣を収めてくだせえ、おねげえしますだ」

「どうか、どうか命だけはお助けを!」


 この時期は鹿を狩り、古墳を拠点にして干し肉を作ると三人は話す。冬は雪に閉ざされるから、干し肉は貴重なタンパク源なんだそうな。地域住民である証の指輪を身に付けており、ルイーダもユリウスもやれやれと剣を鞘に収めた。

 この指輪は民族差別してる訳じゃなくて、小っこいけど大人だよっていう証明である。年に一度、聖職者が訪れ家々を回り、成人した住民に授けるものだ。


「火を起こしてるけど、これから鹿の焼き肉かい?」

「しばらくはここに泊まるんで、鹿が主食になるんでさあ、お姉さん。良かったら一緒にどうですか」

「そいつは嬉しいね、ちなみに味付けはどうするんだい」


 顔を見合わせ首を捻るブリタン族の三人。やっぱりそのまま煮るか焼くだけかと、にへらと笑うルイーダ。ここはこいつの出番ねと、彼女は背嚢から小瓶を出した。

 それはスミレから教わった、万能焼き肉のタレだったりして。同じく手ほどきを受けた、クスカー城の傭兵仲間たちは黄金の味と呼んでいる。


 傭兵は職業がら現地で狩りもするため、これがあれば大助かりと常に携帯しているのだ。つけて焼いて焼いてつけて、肉をご飯の上で二回バウンドさせてパクリ。その味を堪能しながらタレを吸った飯を食う。


「こいつはまた、うめえなあ」

「魔法の茶色い水だ、手が止まらねえ」

「野鳥や猪にも合うんじゃねえだべか」

 

 彼らがテーブル代わりに使っているのは、何と玄室に安置されている棺だった。台座の上に置かれ、高さも長さもちょうど良い、死者には甚だ失礼だが。

 彼らは鹿の解体に使う鈍色にびいろの小刀を、食事にも用いている。焼いた肉にグサッと刺して頬張り、ご飯も刃先ですくって食べるのだ。


「変わった刃の色だね、素材は何なんだい?」

「古墳の中に落ちてる、ミスリルっちゅう鉱石を鍛えるんですじゃ、お姉さん」

「どんなに扱いが悪くても、刃こぼれせんので重宝しますだ」

「掘ればいくらでもあるだっぺ」


 それって大発見じゃと、ルイーダは目を剥いた。古墳の所有権は、子孫であるブリタン族にある。これは商売になるかもとほくそ笑み、彼女は焼き肉のタレを餌に取り引きを始めるのだ。塩や胡椒といった調味料に、新鮮な魚介類、こんな僻地だから商談はすぐに成立。


「ユリウス殿、一緒に食べたらどうだい」


 ルイーダが声をかけても、ユリウスは一心不乱にペンを動かしている。壁に刻まれた古代文字を書き写すのに夢中で、まるで聞こえてないっぽい。学者さんてのはそういうもんなんだろうねと、苦笑しつつ肉を焼くルイーダであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る