第670話 師範みやび(物理)

 どんな武術にもかたというものがある。柔道と剣道はかたと書き、合気道の場合は技と呼ぶが、攻守に於ける基本動作のこと。

 剣術と体術の複合である、蓮沼流喧嘩殺法にも型はある。ただし戦場で勝ち残るための武術ゆえ、いやらしい技も割りと……いやけっこう多い。

 るかられるかだった戦国時代、体格に恵まれない者でも戦えるよう体系化された武術、それが蓮沼家に代々伝わる喧嘩殺法なのだ。


 ――ここは亜空間倉庫の居住エリア。


 みやびが愛剣カラドボルグを手に、型の演舞を披露していた。その動きはゆっくりで、まるで舞を踊っているような優雅さがある。みやびを中心に距離を取って円陣を組み、みんな体育座りをしている絵面はちょっと面白い。


「今の動きはこの前、つま先を踏まれて下段から膝を狙われたやつだよ、レベッカ」

「ヨハン見ろあの動き、剣を払われ懐に飛び込まれて、肘鉄をもらったやつだ」

「その虚を突かれてバッサリ袈裟懸けさがけ、回し蹴り、蹴り上げ、追撃に幾つもパターンがあるよね」

 

 うむむむと食い入るように、みやびの動きを注視するヨハン君とレベッカ。

 今みやびとまともに手合わせ出来るのは、元聖堂騎士であったジェラルド大司教を師匠とする、ヨハン君とレベッカくらい。


 そんな二人でさえ歯が立たず、指南をお願いして今に至る。いいわよと快諾し、みやびが始めた最初の指導、それが型の演舞であった。興味を持った守備隊員たちと、お料理チームも集まり、こうして見学となったわけ。


 やられた時は何が起きたかサッパリだったが、ゆっくりした動きで型を見せてもらえば、熟練者なら理解できる。みやびに挑戦してけちょんけちょんにされた守備隊員たちも、あれでやられたんだと苦笑しつつ納得もしていた。


「攻めも受けも、色んな型を自在に組み合わせ連続で放つ。これはどんな武術にも通じることよ。剣術と体術を駆使して、もし剣が折れても戦える、それが蓮沼流喧嘩殺法なの」


 演舞を終えたみやびの解説に、おおうと皆から声が上がった。

 こうして本人の意思とは無関係に、みやびは師範となり多くの門下生を抱えることになる。ヨハン君から名剣コルタナを譲り受けたカイル君も、教えて下さいと手を挙げ瞳をキラキラさせちゃってるよ。


 人を殺めるすべなど、無い方が良いに決まっている。けれど降りかかる火の粉は払わねばならない。ここにいるみんなが戦場で生き残れるよう、私が持つ技を伝授しましょう。そう思いながら、みやびはカラドボルグを鞘に仕舞った。


「それじゃみんな剣を抜いて。基本となる、七つの型から始めるわよ」


 ただ剣をカンカンぶつけ合えば良いというものではない、それだと体力の少ない者から脱落していく。力の無駄遣いをせず、山椒は小粒でピリリと辛い、それこそが蓮沼流喧嘩殺法の真骨頂だ。


「お姉ちゃん、麻子さまと香澄さまがお呼びです」

「わかったわ、直ぐ行くって伝えて、アリス。

 それじゃ今教えた基本の型を連続で、ゆっくりでいいから体に馴染ませてね。むしろゆーっくりの方がいいの」

「どうしてですか? ラングリーフィン」

「んふ、カイル君、三の型で姿勢を維持してみて。さて何分もつかな」


 二の型から流れて腰を落とし、空手の正拳突きを放ったみたいな姿勢。それが三の型の始まりなんだが、カイル君がこれはきついですねと頬をひくつかせた。

 右膝は直角、左足は後ろに真っ直ぐ伸ばし、左手は拳にして腰へ当て、剣を持つ右手は前に突き出す。実は七つの型を通しでゆっくり動かすと、下半身が鍛えられるのだ。体の軸線がブレないようにする、基本中の基本だったりする。


 みやびはすました顔で、型をゆっくり優雅に演舞して見せた。だがそれは鍛え上げられた、下半身があってこそ出来る事なのだ。なぜ最初に演舞を見せたのか、その意味にようやく気付く門下生たち。懸命に踏ん張るカイル君だけど、右膝がプルプル笑ってきている。


「みや坊ったら稽古着でやればいいのに、ねえ麻子」

「領主装束だから演舞だと、キトンから右足がモロ出ちゃうのよね、香澄」

「男性には精神攻撃になるって、自覚はないのかしら」

「いやいや香澄殿、狙ってやってる可能性、無きにしも非ず」


 みや坊エロいと盛り上がる麻子と香澄。

 いやこの二人も風呂上がりにキトン一枚で、船内を普通に歩き回ったりするのだ。光の加減によっては体の線が丸わかり、雅会任侠チームにとってはおかず……もとい女神さまになってる自覚は無さそう。


 その二人がいるのは居住エリアの調理台。みやびの武術指南を遠目に見ながら、麻子組と香澄組はリリムとルルドに、煮切り醤油を作らせていた。

 握り寿司やお刺身を食べる上で欠かせない、醤油の塩気を抑え味をまろやかにし、素材が持つ風味を邪魔をしない調味料。


 基本となる分量は、醤油三、日本酒一、本みりん一となる。割烹かわせみの華板はその銘柄に拘り、比率を微妙に変えている。特に醤油と日本酒の影響は大きく、栄養科三人組もその研究には余念が無い。


 なお煮切りとは日本酒や本みりんに含まれる、アルコール分を飛ばす事を指す。日本酒と本みりんを鍋に入れ、火にかけてアルコールを飛ばすことからそう呼ばれている。アルコールが飛んだら醤油を加え、この時に出汁となる昆布を投入。沸騰させないように注意しながら、弱火で火入れをすれば出来上がり。


「お待たせー麻子、香澄」

「お疲れみや坊、白身魚のお刺身は用意できてるわ」

「おおう、スズキとマダイにヒラメだ。ありがとね、麻子」


 切り身の状態なのにどうしてと分かるのかしらと、リリムとルルドはもちろん、パメラとポワレも目を丸くする。修行を積んだ職人なら模様と色彩で、何の魚かはおおよそ見当が付くもの。


「こっちもスルメイカとマダコのお刺身、準備オッケーよみや坊」

「んふふ、ここにブラドと赤もじゃがいたら、熱燗くれって言いそうね、香澄」


 確かにと、麻子もレアムールも、香澄もエアリスも、顔を見合わせクスクス笑う。

 今ブラドとパラッツォはファフニールと共に、みやび亭のお座敷テーブルで額を寄せ合っている。これからは宇宙竜騎士団の時代、みやびの持ち船全てに守備隊員を配備して、ローテーションを組もうって計画なのだ。


「このお刺身を食べればよろしいのですか? レアムールさま」

「そうよリリム、ただしすぐ飲み込まないで、じっくり噛んで欲しいの」

「聞いた通りよルルド、あなたもじっくり噛んでみて」

「分かりました、エアリスさま」


 自分で仕立てた煮切り醤油に、お刺身をちょんと付けて頬張るリリムとルルド。

 麻子と香澄がチョイスしたのは、マグロやカツオのようにドカンと来る味ではなく、噛み締める内に旨みが出て来る素材だ。

 包丁捌きよりもまずは味覚を固定させる、それが栄養科三人組の教え方。そうしないと、味の濃い薄いが分からない子になっちゃうので。ゆえに白身魚とイカにタコなのだ、噛み締めると染み出てくる旨みに気付くのが第一歩。


「ん……イカって噛み締めると、ほんのり甘味が出て来るよ、リリム」

「マダイも噛むほどに旨みが広がっていくわ、ルルド」


 うんうんそれが分かればオッケーと、目を細める栄養科三人組。ご相伴に預るパメラとポワレも、そこそこ噛んで飲み込む食べ方だったから、これは新発見と目を見開いている。


 その様子を眺めながらレアムールとエアリスが、明日リリムとルルドに教える料理を話し合っていた。出汁四、醤油一で出汁醤油。オイスターソース一、醤油一、日本酒一でオイスターだれ。これでいきましょうと頷き合っている。

 出汁醤油はホウレン草のおひたしなんかに、オイスターだれは青椒肉絲なんかに使う、基本中の基本。どうやら合わせ調味料と料理を、セットで教える方向みたいだ。


「ラングリーフィン、手合わせお願いします」

「ヨハン君やる気満々だね、いいわよ」


 千住丸が率いる子供たちが使っていた、畳敷きの場所へ向かうみやびとヨハン君。お子ちゃまが昼寝に使っていた場所だが、対戦にはちょうど良い広さ。こりゃ見学せねばと、みんながわさわさ集まって来た。


アブソープション吸収!」

「ありがとうございます、ラングリーフィン」


 物理攻撃を一定時間無効にする、祝福をかけた任侠大精霊さま。つまり寸止めではなく本気なわけで、真剣勝負となる。麻子とレベッカが審判として、両サイドから畳に上がった。そう言えば麻子も剣術ではハイレベル、手合わせ出来るのはやはりヨハン君とレベッカくらいなもの。


 いやらしい技を連続で繰り出す蓮沼流喧嘩殺法でも、稽古に於いては礼に始まり礼に終る、一応はね。礼をとったみやびはカラドボルグを、ヨハン君はレーヴァテインをすらりと抜いた。物理の勝負だからお互い、剣に魔力は込めない。魔法はもちろん奥義も禁じ手。


「勝負始め!」


 麻子の開始合図に速攻で動いたのはヨハン君であった!

 一気に間合いを詰め上段から振り下ろされる剣を、みやびも剣で弾き右足でほぼ垂直に蹴り上げる。体の柔軟さは体操選手並み、代わりにおパンツ見えたけど。

 この手で顎を蹴られた事は、一度や二度じゃないヨハン君。即座に後ろへ飛んで躱し、その右足を狙い下段から剣を振り上げる! 

 それをクルリと回転しいなしたみやびが、軸足を右足に変え今度は左足で回し蹴り。彼女自らが話したように、全ては型の組み合わせによる連続技。

 回し蹴りのパターンも経験しているヨハン君、畳に手を付き姿勢を低くして躱す。ここで一歩踏み込み喉へ突きを仕掛けたら、剣を弾かれつま先を踏まれ、膝蹴りを食らった事があるから悩ましい。


「何だかヨハン兄さん、楽しそうねマシュー」

「輝いてるよな、スミレ。好敵手に巡り会えると、あんな顔になるんだ」


 そのヨハン君が動いた!

 レーヴァテインを突き出し畳を蹴り、みやびへダイブを敢行したのだ。これでつま先は踏めず、勢いが付いた剣先を弾けるものなら弾いてみろと。


「それまで!」


 麻子の声と共に、居住エリアがどよめきに包まれた。ヨハン君は畳に転がされ、みやびのカラドボルグが喉元に突き付けられていたのだ。

 ヨハン君の剣を弾くのではなく、すんでで躱し投げ飛ばしたみやび。合気道の呼吸投げに近い技で、一瞬の出来事であった。

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