第669話 神通力を持つ者

 みやびは守護精霊であるイン・アンナの愛称に、イナンナを選択していた。偶然かもしれないが実際、メソポタミア神話にイナンナは登場している。

 シュメール地方ではイナンナ、カナン地方ではイシュタルの別名で崇拝された女神さまだ。そのご利益りやくはと言えば性愛と戦勝で、みやびがこれまで辿った道のりとぴったり符合する。


 けれどみやびは、更なるご利益を併せ持つ。それは任侠の徒と幼子を守護し、豊作と大漁をつかさどる性質だ。脇侍わきじとしてみやびを支えるのが、法と正義を司る麻子と、けがれの浄化を司る香澄なのである。

 そこに誠実を司るヨハン君が、情熱を司る妙子さんが、ファミリーとなったみんなが、それぞれの性質を持ちみやびを助けて行くことになる。イナンナが天の川銀河を統括する大精霊として、数多あまたの精霊を従えているように。


「ラングリーフィン、エピフォン号のお風呂を使わせて下さい」

「私からも、お願いしたいのですぅ」

「ティーナは豊さんと、ローレルは秀一さんと入りたいのね」


 こくこく頷く二人を前にみやびは心中で、エピフォン号ってソープランドじゃないのよと苦笑する。そうは言ってもまだ仮だから卵化できず、スキンシップを交わせる場所も機会も少ないだろう。どのみち普段は使ってない浴室だし、そもそも手業を教えたのはフレイアだから、いいわよと許可を出してあげる任侠大精霊さまである。


 パッと顔を輝かせるティーナとローレルの向こうで、秀一も豊もすっかりハイテンション。ふーん見た目中学生の子にしてもらうんだと、美櫻と彩花から冷たい視線を浴びているのに気付いてない。


 まあ二人きりの時間を持つのも大事と、みやびは体の向きを変える。契約したスライムをちょんちょんしている、お二人さんにまだ話しの続きがあるのだ。彼女は一方通行の思念を、陽美湖とミーアに送る。


『これから本当の注意事項をお話しするので、お二人ともよく聞いて下さいね』


 思念は初体験で少々驚きはしたものの、そこはさすが帝さまと大司教さま。大っぴらに話せない内容なんだなと、直ぐに理解し続きをどうぞと頷く。


『スライムちゃんは流動体だから、体の一部を細長くして膣に入って来るの』

「なん……じゃと?」

「そんな……まさか」


 二人の反応にくすりと笑うみやびはもちろん、一緒に試した麻子も香澄も経験済みである。アルミスが深い絶頂を、何度も迎えた仕組みが納得できたとも言う。もっともパートナーと卵化した方が遙かに気持ちいいので、栄養科三人組が深みにはまることはなかった。


 これが未開通の女子だとそうも行かず、スライムちゃんを上手くコントロールしてねって注意事項なのだ。流動体だから処女膜を破られる心配は無く、進入されて困るならそれはそれで、進入されても構わないならそれはそれで。

 みやびの解説にどうしましょうと、顔を見合わせる陽美湖とミーア。最初はほんの先っちょだけと帝さまが言い出し、そうですねそう致しましょうと同意を示す大司教さま。


 みやびは麻子と香澄にも思念を送っていたので、タンポン入れるようなもんだよねそうだよねーと頷き合っている。食材と勘違いしたのかアルネとカエラが、タンポンって美味しいのですかと質問しちゃってるよ。うんうん、その解説は麻子と香澄に任せよう。


「人間の皮脂や角質層も好物だから、最初は体に貼り付けて馴染むといいわ」

「う、うむ、ではやってみようぞミーア殿」

「そ、そうですわね陽美湖さま」


 頷き合い二人は契約したスライムちゃんを、首にぺたりと貼り付けた。体のお掃除よろしくねって、主人として念じながら。その不明瞭な指示が非常にまずいことを、具体的に命じる必要があることを、お二人さんはまだ知らない。


「お姉ちゃん、ゲイワーズがお話ししたい事があると」

「アリスじゃなくて私に? 何かしら」


 相変わらずお上品にエビチリを頬張る漢女ゲイワーズに、新妻が何か粗相でもと冗談めかして尋ねる任侠大精霊さま。それはないですと、きっちりはっきり反論するアリスが可愛らしい。


「アリスに不満なんてあるわけないわん、みやびさま。好きすぎて目に入れても痛くないくらいなの」

「それはご馳走さま、ゲイワーズ。アリスへの卵化できる祝福は、もうちょっと落ち着いてからね。ところで話したい事って?」


 漢女は箸を置くと、リリムとルルドよと頬杖を突いた。マッチョな男性竜だけど、こんな仕草には女性らしい所がある。

 悪しき融合の素材として拉致された、光属性と闇属性の少年少女たち。みやびは彼ら彼女らを救い出したわけだが、リリムとルルドはその中の二人である。


 リリムはラカン星出身で、神職の家に生まれた血筋の光属性だ。アンドロメダ銀河の平和を願い、ガリアン艦隊に志願した経緯がある。

 ルルドはガリアン星出身の闇属性で、才能を認められ神殿に仕えていた子だ。リリムとは大の仲良しで、共に駆逐艦の搭乗員となった。親友から話しを聞き私も錬成を覚えたいと、ジャレル司令官に直談判したっぽい。


 そんなわけで二人とも宇宙船の修理要員として、錬成修行に来たのはピューリと同じ。そのリリムとルルドが行う錬成なんだが、成功率が非常に高いと漢女は言う。


「ゲイワーズが言う位だから、よっぽどなのよね」

「みやびさまには遠く及ばないわん。それでも普通の子よりは高いのよ、リリムとルルドは何か特別なものを持ってる気がするのよねえ」


 もしかして神通力じゃと、みやびの直感が働く。カウンターとキッチンの隣には、メイド達が三食のご飯を作る調理台が並んでいる。反重力ドライブが電力を供給してくれるので、そちらは電磁調理器の仕様だ。

 みやびは調理台に視線を向け、もしそうなら天の采配だわと胸躍らせた。夜は自由にしていいわよと話したら、リリムもルルドもそこに行って、メイドから料理の手ほどきを受けているのだ。今も夕食のメインである、爆弾ハンバーグを焼いている。


「麻子殿、香澄殿、ちょいとご相談が」

「うひ、顔を見るの恥ずいよ、ねえ香澄」

「目を合わせにくいのよね、麻子」


 あんたらの唇を奪ったのはファフニールでしょうよと一喝し、カモンと二人をキッチン奥へ連行する。相変わらず行動に移すのが早い任侠大精霊さま、麻子と香澄に何の話しをするのやら。


 アンドロメダの星々を開放するまでの間、少年少女たちはアマテラス号で生活していた。顔も名前も分かるし、性格も把握している。リリムとルルドは船内で誕生日を迎え成人し、お祝いしてあげたから特に印象深い。


「二人にお料理を教えるくらいなら、ねえ麻子」

「相談される程のことでもね、香澄」

『二人ならそう言ってくれると思ったわ、ありがとね』


 でもどうしてと麻子が、思念まで使ってと香澄が、みやびに額を寄せてくる。別に隠す気も無いから、みやびはど直球を二人に投げる、六属性コンプリートしてと。目ぱちくりさせ、首を捻る麻子と香澄。


「指名するってことは、何か理由があるのよね」

『確証はないけど神通力を持ってる可能性が、麻子』

「それって規格外の要因だったわよね」

『そういう事なの、香澄。レアムールとリリム、エアリスとルルド、相性が合うといいな』


 そこへアリスがふよふよと、そろそろ戻って下さいと告げた。注文が溜ってアルネ組とカエラ組、レアムールとエアリス、妙子さんとアグネスでは、捌ききれなくなってるらしい。ではその方向でと、三人は頷き合いキッチンへ戻る。


「どんな感じかしら、陽美湖さま、ミーアさま」

「今はな……むは、耳の穴を攻められておる……あう、みやび殿」

「もうくすぐったくて……うひゃは、じっとしてられませんの」


 そんな二人にぷくくと笑いつつ、注文をざっと見渡し手を動かし始めるみやび。同じく麻子と香澄も、さあやるわよと調理に没頭していく。


 本日のお勧めラインナップはと言いますと。

 イナダ・カワハギ・戻りガツオのお刺身三種盛り、もちろんカワハギの肝も、もれなく付いて来ます。豚の角煮と大根の合わせ炊き。旬のキノコを使った天ぷら盛り合わせ。お豆腐の五目あんかけ。ビュカレスト牛のステーキは五百グラムから承りますよっと。


「はい赤もじゃにお刺身三種盛り、ブラドにお豆腐の五目あんかけ。ちょっと……私と目を合わせてよ二人とも」

「そうは言ってもじゃな、みやび殿」

「まだその、動揺が収ってなくて」

「んふ、私の血のお味はいかがだったか・し・ら」


 にっこり微笑み人差し指を立てるみやびに、熱燗を思わず吹き出してしまうブラドとパラッツォ。大丈夫ですかぁと、アリスが来て二人におしぼりを手渡す。

 妙子さんとアグネスが、気まずそうに目を伏せた。辺境伯婦人と城伯婦人の唇を奪ったのは、侯国の君主さまなんだけどね。


 そんな中、事件は起きた!


「なぜそこに行くのじゃ、あひゃおえふあ#rnほえひは」

「どうしてそこに、うひあいおうぇうxf@はにょふひ」

「陽美湖さま、ミーアさま、ストップかけてストーップ!」


 みやびの叫びにいったい何事と、騒然となるキッチンとカウンターの面々。どうやらスライムちゃんは無事に止まったらしく、うつろな目で虚空を見上げる帝さまと大司教さま。


「どこをお手入れして欲しいか、ちゃんと指示したの? 陽美湖さま、ミーアさま」

「それは迂闊であった……」

「指示が無ければ全身に行くのですね……」

「全身と言うか、スライムちゃん好物がある場所を優先するわよ」


 それを早く言ってたもれと陽美湖が、知りませんでしたとミーアが、体に力が入らないのか椅子の背もたれに身を預ける。これは貴重な情報だわ人柱に感謝って顔で、美櫻と彩花が胸の前で手を合わせている。いや人柱って君達、お亡くなりになってないってば。


「先っぽどころか奥までじゃ、ミーア殿」

「私もですわ、陽美湖さま。もうお嫁にいけないかも」

「そなた、聖職者ではなかったか?」

「あらやだ、そうでしたわね」


 この二人、再起動にはちょっと時間がかかりそう。

 タンポン入れるようなもんだよねーそうだよねーと、しかも輪を掛けて抜く時がいいのよねーなんて、余計な事を言っちゃう麻子と香澄。興味を示したアルネとカエラが、使ってみたいですと言い出しちゃったよ。

 コンニャク化している陽美湖とミーアを除けば、いつも通りのみやび亭。今宵も旨い酒と旨い肴、ゆったりとした時間が流れて行くのであった。

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