第668話 みんな幸せになぁれ
――ここは夜のみやび亭、ジェネシス号支店。
ジェネシス号はファフニールの持ち船なんだけど、みやびに管理運用を任せており支店セットもある。スライムちゃんの大掃除ローテションに組み込まれており、今宵はこちらで営業となった。艦内放送したのに間違って、ワダツミ号へ行った人がちらほらと。
日中は忙しかったねと麻子が笑い、でも嬉しい忙しさだったよねと香澄も笑う。
ポリタニアは麻子ファミリーに、ホムラは香澄ファミリーにそれぞれ仲間入り。レアムールとエアリスがるんるんで、今にも鼻歌が聞こえて来そうな雰囲気だ。
それだけではない、岩井さんとピューリが見事にゴールイン。秀一たちがおめでとうと、ピューリを囲みジョッキをぶつけ合っている。彼……もとい彼女にブラを縫ってあげた妙子さんも、満足そうな顔をしている。
山椒が入ったドーリスも、メアドを受け入れていた。お座敷一番テーブルで、演奏仲間とメライヤから祝福を受けている。チェシャがコンビーフを頬張りながら、さてメアドは変身できますかにゃあと目を細めた。
石黒と高田も、揃ってフレイアのスオンに。なんでも山椒効果でノリノリだったフレイアさん、発射の瞬間を見せなさいと、お風呂で二人の竿を握ったらしい。何度いかされたんだろうと、飯塚が苦笑している。
そんな訳で新生リッタースオンは、みんな儀式の眠りでクースカピー。みやびが儀式の進行役で、妙子さんとアグネスが立会人になってくれた。麻子と香澄が話したように、日中は本当に忙しかったのだ。
それとは別に誰もが耳を疑う、大事件もあったりして。なんと高位聖獣アリスが、
「ゲイワーズ、お通しは何がいいかしら」
「そうねアリス、エビチリをちょうだいな」
儀式を行ったばかりなのにもうお互い呼び捨てで、カウンターを挟み仲の良いスオンの会話になっている。事前にアリスからは何の相談も無かったから、みやびもファフニールも少々不満ではあった。でもこうして見れば案外お似合いかもと、顔を見合わせ頷き合う。
みやびもファフニールも、重大な事に気付いていない。錬成技師がファミリーに加わったことで、精霊化すれば宇宙船を生み出せるレベルになることを。
ところで傍系ファミリーとなった面々は、みやびとファフニールに目を合わせようとしない。そりゃそうだ、唇を奪われ恥ずかしいのである。
麻子組も香澄組も、妙子組もアグネス組も、飯塚組だってそう。特にカウンター隅のブラドとパラッツォが、まるでお通夜状態だったりして。竜族の羞恥心を奪う山椒作戦、大成功とも言うが。
その反面、アルネ組とカエラ組はしょんぼりしていた。仮のスオンはダメと言われたからで、こればっかりはしょうがない。だがみやびにしてみれば可愛い配下ゆえ、仮が取れたら必ずファミリーに呼ぶよと約束している。
仮と言えば今みやび亭本店で采配を振るっているパウラ組とナディア組も、亜空間倉庫で竜騎士団をまとめているカイル組も、みやびは傍系ファミリーにするつもりでいた。人工サタンとの戦いで、生きていたらの話しだが。
「この場合はジェネシス号相談所でよいのじゃろうか」
「そこに拘るのですか? 陽美湖さま」
「一応形から入ってみたまでじゃ、ミーア殿」
「ふふ、陽美湖さまらしいですわね。私たち折り入って相談がございますの、ラングリーフィン」
カウンターにやって来た相談者に、これは私たちの手に負えませんと、首を横にブンブン振るアルネ組とカエラ組。まあシーパングの帝とアルカーデ共和国の大司教である、人間関係や人生相談ではあるまい。
「皆に聞かれて困るような話しではない、カウンターでよいぞよ、のうミーア殿」
「そうですわね、陽美湖さま。よろしいかしら、ラングリーフィン」
笑顔でどうぞと迎え、二人に箸と箸置きを置くみやび。妙子さんがおしぼりを手渡し、お飲み物は何になさいますかと尋ねる。
「治療に使われておる、ウォッカとやらを頼む」
「私もそれでお願いしますわ、妙子さま」
「あの、まさかストレートで?」
もちろんと頷く二人に呆れつつも、チェイサーをお付けしますねと受ける妙子さんさすが。チェイサーとは強いお酒を飲んだ後、または間に挟む飲み物のこと。水の場合が多いけれど、妙子さんはレモン炭酸水をチョイスした。
「これはまた……火気厳禁というのもよく分かる」
「お腹がカッカしますわね、陽美湖さま」
よく飲めるもんだと、秀一たちが眉を八の字にしている。それでご相談はと、みやびがチーズ盛り合わせをことりと置いた。オーダーは受けていないけれど、お腹に何か入れなきゃ悪酔いするからね。
「私たちの船にも、お店のセットを置いてもらえないかと」
「そうなんじゃ、宇宙で星を眺めながらの一杯が気に入ってしまっての。対価はそうじゃな……」
「対価なんていいわよ。宇宙船込みでこの戦に参加してくれたんだから、お安いご用だわ」
にっこり微笑み、菜箸を四拍子に振る任侠大精霊さま。エピフォン号に設置するつもりだったから、一緒に改装してあげるのは
「感謝いたしますわ、ラングリーフィン。そこで本題なのですが」
「うむ、ここからが本題じゃ」
「へ? 今のが本題じゃなかったんだ」
この二人は一筋縄じゃいかない人なのねと、フレイアがみやびに思念を送って寄こした。ファフニールにも伝わっており、顔を背け必死に笑いを堪えている。そりゃ帝さまと大司教さまだもんと、みやびはへにゃりと笑って送り返す。
「スライムの効能というものを、風の噂で耳にしたのですが」
「興味があるのじゃ、私とミーア殿に聞かせてくれぬか」
その話はどこからと言いかけたが、思い直して引っ込めた任侠大精霊さま。そんなの歩くスピーカーに決まってるからで、チラリと見やればこそこそとキッチン奥へ逃げようとしている。半眼となった妙子さんが彼女を追いかけたから、お説教が始まるに違いない。
「聞いてはいけない内容でしたか? ラングリーフィン」
「ううん、ここにいるみんなは知ってるから大丈夫よ、ミーアさま」
人の口に戸は立てられない。こりゃガリアン艦隊にもアメロン艦隊にも伝わるだろうなと苦笑しつつ、みやびはスライムちゃんの効能を話し始めた。
「それは生理が楽になるのう、ミーア殿よ」
「そうですわね、陽美湖さま。それで注意点とは? ラングリーフィン」
「まあ……その」
言い淀むみやびに、ほれほれ早くと身を乗り出す、帝さまと大司教さま。まあしゃあないと、みやびは正しく教えてあげるのだ、気持ち良くなっちゃいますよと。
陽美湖は独身だし、ミーアも聖職者とは言え溜まるものは溜まる。性処理の経験が無いはずもなく、二人はごくりと唾を飲み込み顔を見合わせた。
「アルミスの話しだと、意識が途切れた回数を覚えてないみたい」
「まあ」
「なんと」
二人の下半身が僅かにくねったのを、みやびは見逃さなかった。口には出さないが健康な証よねと微笑み、床にいる二匹のスライムちゃんにおいでと手招きをした。
にゅみーんと伸びてカウンターに登り、お饅頭の形になって鎮座するスライムちゃん。これをどうするのと、陽美湖もミーアも戸惑ってしまう。
スライムちゃんを制御できないと日常生活が破綻しかねないからで、興味はあるけど二人はそれを危惧しているのだ。御前会議の最中、礼拝の最中、敏感な部分を刺激されたら堪ったもんじゃない。
アルミスは光属性の
「ワイバーンやグリフォンみたいに、魔力で契約すればいいのよ。陽美湖さまもミーアさまも、それでスライムちゃんを制御できるわ」
「おお、その手があったかや」
「専属にできるわけですね、画期的だわ」
契約の
全ての精霊に願い
この獣が我が
この世界に授かりし精霊の魔力、その一部を謹んでお返しいたします。
陽美湖とミーアの足下を中心に、魔方陣が展開し頭上まで浮上する。やがて魔方陣はスライムちゃんの所へ移動し、吸い込まれるように消えて行った。
「すまんが私とミーア殿に、ナイフを貸してくれぬか」
もちろん準備していたみやびが、二人に果物ナイフを手渡す。人差し指をちょんと突いてポコリと浮き上がった血を、陽美湖とミーアはそれぞれのスライムちゃんに垂らした。一瞬まばゆい光がスライムちゃんを包みこみ、これにて契約は完了。
「私も契約しようかな、美櫻。臭いが出ないデオドラント効果もあるみたいだし」
「そうね彩花さん。ブルーデイが快適になるんだもの、契約しない手はないわ」
生々しい二人の会話に、ちょいと引き気味の秀一。そんな彼の袖を、豊がつついと引っ張った。契約ならヨーグルト、必要ないんだよなと。ああそっかと、思わず頷いてしまう秀一の図。
それを聞いたローレルと、同じくお説教が終ったティーナが、ずずいとカウンターに歩み寄った。スライムじゃなくて、スオンである私を頼って下さいと。
おかず問題でこの二人も、男性の下ネタ事情を知るに至った。まだ仮だけどスライムに、白濁液を持って行かれるのは悔しいらしい。健気と言えばまあ、健気である。
「
「いやぁ……ここ日本じゃないし系外惑星法もあるし、何とも言えないね、香澄」
そのティーナとローレルなんだがフレイアに、竿を握ってどうするんですかと真剣に尋ねていた。推定年齢一万歳の竜がこれまた天真爛漫で、ボディーソープを手に取り泡立て滑りをよくしてと、にこにこ話しちゃう。これはこれで、困ったもんだ。
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