第667話 縁の繋がりは無限大

 みやびが天命を迎えても、亜空間倉庫は残るとイナンナイン・アンナは話していた。

 ただし転送用ダイヤモンドはみやびの魔力あってこそだから、彼女が他界すればみんな使えなくなってしまう。これは通信用ダイヤモンドも同様で、みやびは術式を編み出し仲間たちに伝える必要があった。

 どちらも光属性と闇属性の合わせ技なんだけれど、アリスもフレイアも使えないところを見るに、何か別の要素が必要なんだと思われる。


 実はその答えにみやびは、とっくに辿り付いていた。早苗さんや瑞穂さんのように魔力とは別の、超能力というか神通力を持つ者でないと扱えないのだ。

 そしてこれが生き物を群れ単位でテイムしたり、数十頭のワイバーンと同時契約できたりする理由。みやびが規格外なのは、魔力と神通力の相乗効果によるもの。


 麻子には光属性の枠が、香澄には闇属性の枠がある。そこに神通力持ちが入れば二人とも六属性コンプリートで、精霊化すればセルフで大人数ゲートを開くことも、瞬間転移することも可能になるだろう。


 ところがどっこい、ただでさえも希少な光属性と闇属性だ。その中から更に神通力を持つ者となれば、湖に落とした指輪を探すようなもの。それで任侠大精霊さまは、頭を抱えているのである。

 

 ――ここは亜空間倉庫の宇宙船格納エリア。


 人工サタンへの突入作戦が延期され、お酒を解禁にしたから居住エリアはちょいと騒がしい。そんな訳でこちらへ移動したみやびとファフニール、そして怒ってる皆さんとヨハン君にレベッカ。


「さて、みんな何を怒っているのか、聞かせてくれるかしら」

「ヨハン兄さんの様子がおかしいから問い詰めたんです! ラングリーフィン」

「げっ」


 げっじゃありませんと、スミレが口をへの字に曲げた。どういう事と、ファフニールがみやびに詰め寄る。ヨハン君がすっごく申し訳なさそうな顔をしているよ。そりゃこの面子に迫られたら、口を割らざるを得ないよね。

 これは万事休すとみやびは諦め、テーブルセットとお茶セットをポポンと出した。アリスがすすいと動き、準備を始めてくれる。


「そんな事を考えていたのね、みや坊」

「ごめんファニー。宇宙全人類の存続と、ファミリーの命を天秤にかけちゃった」


 いくら大精霊が人工サタンを葬っても、病原体を宇宙にばら蒔かれた後ではどうにもならない。予定だった相打ち覚悟の戦法を決定とし、その旨をみやびはヨハン君に伝えていたのだ。


 澄んだ瞳でいいのよと、ファフニールは微笑んだ。いつかは精霊となって未来永劫いっしょ、その時期が早いか遅いかの違いだわと。ところがぎっちょんテーブルを囲むみんなは、良くない良くないぷんすかぴーと口を揃えた。


「みやび殿、水くさいではないか。私たちも最後までお供するぞ」

「でもレベッカ、生き残れる保証は無いのよ」

「フュルスティンがいま答えを出したではないか、早いか遅いかの違いだと」


 その通りですと、スミレ組もマシュー組も、ミスチア組もエミリー組も、眉を逆八の字にして頷く。アリスがふよふよと、みんなに緑茶を置いて行った。

 なおこの件はここにいるメンバーだけに留めており、他のスオンにはまだ話していないとレベッカは湯呑みを手にする。


「どうせ天秤に掛けるなら、私たちも加えてくれ、ラングリーフィン」

「でも今回ばっかりは、本当に死ぬかもよ、レベッカ」

「惑星イオナはもちろん、友好関係を結んだ星々に配る新薬は間に合うのか?」

「それは……」

「ならば同じだろう、宇宙全体の命運をかけて、総力戦をすべきだ」


 レベッカ隊長の言うことは正しい、みんな同じ気持ちですと、マシューが身を乗り出して訴えた。クリクリ姉妹も、ミスチアとエミリーも、イレーネとパトリシアも、お供しますと譲らない構えだ。

 長い付き合いだし色んなことがあったなと、みやびは思い浮かべて懐かしむ。そして結んだ縁を道連れに冥府の入り口、アケローン川へ行ってよいものかと悩む。


「私の愛しいみやび、何を悩んでいるの。パートナーと一緒に、その仲間たちと血の交換をしなさい」


 聞き慣れた声に振り向けば、何とそこに大ジョッキを手にした、イナンナが立っているではないか。これにはみやびもファフニールも、目が点になってしまう。

 アケローン川でのお食事会で、ここにいるメンバーは面識がある。まあ亜空間倉庫にいること自体がみやびの縁者だから、面識の無い人でもスルーされてたっぽい。


「ねえイナンナ、私が知らないうちに、ここで飲み食いしてたりする?」

「んふ、この前の艦めし赤黒カレーは美味しかったわ、みやび。今度ぬっしーにシャダイっちと、セラぽんも誘っていいかしら」


 開いた口が塞がらず、呆れてしまうみやびとファフニール。赤黒カレーは新しく発行された冊子に載り、マシューとスミレが主導して作った日があるらしい。イナンナ曰く現実世界へ行くよりも、異次元にある亜空間倉庫の方が来やすいんだとか。


「さっきの話しだけどさ、イナンナ。みんなと血の交換をしたら、私が死ぬとき一緒になっちゃうじゃない」

「それは直系の場合よ、みやび」

「直系って?」

「ファミリートップの二人が、スオンにした子を直系と呼ぶの」


 既にスオンとなっている子と行う血の交換は傍系ぼうけいで、二人が死を迎えても影響を受けないとイナンナは微笑んだ。

 ならばみやびとファフニールが、アケローン川へ一緒に連れて行く仲間は確定している。フレイアとアリス、アウト・ロウのみんな、そしてメライヤだ。もしかするとだーだーメアドに石黒と高田も、含まれることになるかも。


「傍系でも融合で精霊化はできるのよ、みやび。危ない橋を渡るなら、仲間とその魔力を結集しなさいな」


 融合を確実にするため、みやびは各リンドスオンと、ファフニールは各リッタースオンと、血の交換をする事になるらしい。ただしまだ仮のスオンはダメよと、イナンナは釘を刺した。絆である赤い糸がまだ完成しておらず、直系みやびファミリーの冥界行きに引っ張られるからと。


「レベッカ、私とチューしよう!」

「ヨハン、私を拒んだりしないわよね」


 みやびとファフニールにずずいと押され、顔を引きつらせるヨハン組。他のスオン達もさっきまでの勢いはどこへやら、侯国の君主と宰相では恐れ多いと及び腰。

 諦めなさいとイナンナがジョッキを振り、アリスがすすいと新しい生ビールを置いて行く。その新しいジョッキを手にしたイナンナがおもむろに、対サタン戦で私たち大精霊は手助け出来ないわと宣言した。


「それは私が大精霊になるための、試練というか試験なのね? イナンナ」

「そうよみやび、宇宙の意思が貴方を見ているわ。私たちが通った道なのだから、頑張りなさい」


 そんなわけで、みんなの唇を奪っていくみやびとファフニール。

 このあとザルバ組と菊池組、そして瑞穂組も被害者となる。当然ながら麻子組と香澄組、妙子組とアグネス組、飯塚組もターゲットだ。スオンになれたならば、岩井さんとピューリも対象となる。


「赤もじゃとブラドにチューか、感慨深いものがあるかな、ファニー」

「私は妙子さまとアグネスよ、みや坊。すっごく恥ずかしい」

「でもレアムールとエアリスはちょっと楽しみかな。押し倒す勢いで、むふふ」

「私も麻子と香澄とはもっと近くなれそうで、嬉しいかも」


 唇を奪われ呆けているテーブルの仲間たちを尻目に、ファミリートップの二人は飢えた野獣の顔になっていた。これもしかして、蓮沼家のスオン達にも被害が及ぶのかも。人工サタンを取り逃がしたら一緒だもんね、二人が乗り込んで行くのはもう確定っぽい。


「辰江さんを押し倒すのは、ちょっと罪悪感があるかな」

「正三さまと源三郎さんは、どんな顔するかしら」


 佐伯組も黒田組も工藤組も、山下組とアンガス組も、みやびとファフニールの毒牙にかかるわけだ。人工サタン戦を前にして、みやびが築いてきた縁がどんどん繋がっていく。イナンナが目を細め、アリスに生ビールのお代わりをしていた。


 ――亜空間倉庫と蓮沼家で血の交換を総なめにし、ワダツミ号に戻ったみやび組。


「みや坊、問題発生?」

「なんもないよ、あ・さ・こ」

「香澄助けて、みや坊が変だ」

「ファフニール、何かあったのなら相談してちょうだい」

「心配しないで、た・え・こ・さ・ま」


 傍系ファミリーを取り込み、発するオーラが増大しているみやびとファフニール。それを抑える気など全く無い二人だから、むふんと笑う顔が怖いのである。

 みやびは亜空間倉庫にあったウナギをぽぽんと出し、ファフニールもキッチンに入った。食べさせる相手は今ここにいるスオンと、スオンになりそうなカップルだ。


「麻子、香澄、お夜食はうな丼に変更ね」

「ちょ、どうかしたの? なんか変よみや坊」

「なんもないよ、か・す・み」

「うなぎに使う山椒を解禁にしますね」

「ええ! 本気なのフュルスティン」

「たまには良いでしょ、ア・グ・ネ・ス」


 滋養強壮に加え、竜族にとって山椒はネコにマタタビ。キッチンとカウンターにいる竜たちが、ひゃっほうと喜んじゃう。みやびとファフニール、これあざといと言うか確信犯だろう。実は蓮沼家でも、同じ事をやってきたのだ。


「どうぞ、ゲイワーズさま」

「ありがとう、アリスちゃん。山椒を使い放題だなんて、嬉しいわぁ」

『お姉ちゃんをどう思っていますか、ゲイワーズさま』


 突然の思念に、山椒の小瓶を振る手が止まる漢女ゲイワーズ。質問の意図は掴めないが、錬成技師の答えは決まっている。フレイアのスオンである以上、みやびは自分の君主に等しいと。


『ならば戦場で生死を共にする、覚悟はおありなのですよね』

「愚問だわ、アリスちゃん。臣下としてそれは当然のことよ」

『その言葉を聞いて安心しました。ではゲイワーズさまにとって、私は魅力的でしょうか』

「……え?」


 予想外の問いに呆けるゲイワーズのおでこを、ふわふわ浮くアリスが人差し指でチョンと突いた。みんなウナギの蒲焼きに夢中で、アリスとゲイワーズのやり取りには気付いていない。キッチンもさばいて焼いての大忙しだから、聴覚は通常モード。


『ウナギ、冷めないうちにどうぞ。山椒が足りなければ持ってきます』

「ねえアリスちゃん、今のはどういう意味なのかしら」


 普段はふよふよ浮いているが、急ぐ時には三対六枚の翼、全力では六対十二枚の翼を出すアリス。そんな彼女が純白十二枚の翼を、こじんまりと広げた。


『ゲイワーズさまが欲しい、私のものになって』


 しばし見つめ合う高位聖獣と錬成技師の漢女。みやび亭は蒲焼きの香りに包まれ注文が相次ぎ、喧噪と活況を呈していた。

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