第666話 ファミリーの輪
――ここは夜のみやび亭、ワダツミ号支店。
アマテラス号支店のキッチンやテーブルを全部動かし、大掃除をすることにした栄養科三人組。動かすのは地属性の力を使える面子だけど、実際にお掃除するのはスライムちゃん達だ。軽く一夜で終わるはずだから、今宵はワダツミ号で営業となった次第。今後はみやびの所有艦で、ローテーションを組むことにけってーい。
ありがちだけど進級やクラス替えで、入るべき部屋を間違えちゃうのは良くある話しでして。うっかりアマテラス号の甲板へ出てしまった雅会メンバーが、頭を掻きながら暖簾をくぐる姿はいとおかし。こりゃ事前通達してても定時に艦内放送は必須だねと、麻子と香澄が頷き合いへにゃりと笑っている。
「ゆくゆくはエピフォン号にも、お店のセットを導入するの? みや坊」
「砲門はひとつで甲板は広いし、そのつもりよファニー。いいわよね? フレイア」
「エピフォン号はみやびの船よ、好きにいじってちょうだい。むしろお座敷席を増やした方が、みんなに喜ばれるんじゃないかしら」
大好きなみやび謹製のきんぴらごぼうを頬張り、目を糸のように細めるファフニールとフレイア。もちろんフレイアはみやびの出汁巻き卵も好きで、ファフニールも好物のひとつ。何も言わなくたって、みやびは二人の前にことりと皿を置いていく。
今夜はちょっと趣向を変えて、アウト・ロウの吟遊詩人ユニットを招いていた。店内にBGMが欲しいよねと、麻子と香澄が常々口にしていたからだ。
三番砲塔の脇に座を構えた演奏メンバー達の周囲を、スフィンクスがぱたぱた飛び回っていた。シェアハウスとは勝手が違い、どこで聴けば良いのか分からず悩んでいるもよう。
「じれったいわね、私の肩に乗っていなさい」
「い、いいの? ドーリス」
「飛び回られると気が散るから、ほら早く」
「わーい、嬉しいのだー!」
今ここに絵描きのジーナがいたら、『私の傍にいてちょうだいメアド、そう言ってるのよ』なんて通訳するんだろうな。ドーリスのツンデレ語が分かってきた任侠大精霊さまは、思わずぷくくと笑ってしまう。
甲板に吟遊詩人ユニットの曲が流れ始め、テーブル席もお座敷席もみんな耳を傾けている。ドーリスにあげたウォークマンに収録された曲は、正三のコレクションから移したもの。ごった煮なんだけど場に合わせた選曲をしてくれたのか、最初の曲は小林亜星の『夜が来る』だった。
昔サントリーウィスキーのCMに使われ有名になった曲で、正三はキャッチフレーズの『恋は、遠い日の花火ではない』が好きなんだそうな。
「
「そうか? ピューリ。あんのバカ防衛大学校に入りやがって」
「どんな学校か分からないけど、いいじゃない。僕は息子さんと仲良くなれるかな、ちょっと不安」
ピューリが岩井さんを名前で呼び、岩井さんは息子さんの写真をピューリに見せている。大きな変化であり、こりゃ昨夜いいことあったに違いない。そんな二人に本日お勧めの、刺身盛り合わせをみやびはことりと置く。
ご多分に漏れず間違ってアマテラス号へ行っちゃった、石黒と高田がにへらと笑いながら暖簾をくぐった。目ざとく見つけた妙子さんが、カウンターに来なさいと手招きをする。いらっしゃいじゃなくて、来なさいという命令形だ。しかもフレイアの隣とその隣に呼ぶのは、どう見ても意図的で何か企んでいる。
「二人とも、使い心地はどうだった?」
妙子さんど直球よオブラートに包まないんだと、思わず出刃包丁が止ってしまう任侠大精霊さま。対してもじもじしながら、良かったですと真面目に答える石黒と高田もどんだけ。
むふんと笑い、石黒と高田にお通しを並べる妙子さん。アリスがふよふよと、二人に生ビールの大ジョッキを置いてにっこり微笑む。スオンはみんな耳をダンボにして聞いてたから、おかずの件もスライムちゃん&ヨーグルトの件も知っているのだ。
「何の話しかしら、ねえファフニール」
「私も気になるわ、フレイア」
二人はその時まだ暖簾をくぐっておらず、おかずの話しは知らないのである。みやびはまだお膳立てを考えておらず、妙子さんの暴走にうわどうしようと焦り気味。
その妙子さんが今度はフレイアに、好みのタイプはとお銚子を差し出した。それを受け取りスオンのことかしらと、目をぱちくりさせるフレイア。もちろんそうよとにっこり笑う、変化球を投げようとしない妙子さん。
ファフニールに酌をしながら彼女は空いてる方の手で、決まってるじゃないとみやびに人差し指を向けた。まあ愛妻なんだから、当然っちゃ当然なんだが。
ですよねーと肩を落とし戦う前から敗者の如く、ジョッキを呷る石黒と高田のコンビ。そんな二人の様子を見てフレイアはピンと来たらしく、みやびだけに思念を送って寄こした。
『もしかしてみやび、何か知ってるのかしら』
『あはは、二人はね、フレイが好きみたいよ』
『私を? 母星では両性具有で差別されたのに』
『石黒さんも高田さんも、そんな差別意識は持ってないわ。だっておかずにするくらいなんだもの』
『おかずって……何?』
そこから
『石黒さん、高田さん、二人にとって私は魅力的なのかしら』
一方通行であるならば、誰にでも思念を送る事ができる。察しの良いフレイアはみやびとアリス、ファフニールと妙子さんにも送っていた。初の思念に驚きつつも石黒と高田は、もちろんですと首を縦にぶんぶん振る。あなたはおかず……もとい理想的なお方ですと。
するとフレイアの瞳が艶っぽくなり、彼女は右の前髪をかきあげた。その仕草と一瞬見える白いうなじが、男性のハートを射貫くなんてことを彼女は知らない。
そしてフレイアは思念で石黒と高田に、大ダメージを与えてしまうのだ。この後エピフォン号に行って、一緒にお風呂入ろうか、なんてセリフで。
エピフォン号のお風呂は普段使われておらず、三人でゆっくりお話ししましょうって事なんだろう。ただしそこは研究者だったフレイアさん、おかずについて具体的に詳しく知りたいと要求。暴走妙子さんが、よっしゃとガッツポーズを決めている。
『これは石黒さんと高田さん、明日は干からびてるかも知れませんね』
『アリス何てことを! 後でゆっくり話そうね』
『はいお姉ちゃん』
そうは言ったものの、みやびはフレイアをチラリと見やる。浴室で石黒と高田に、デモンストレーションを求める可能性は無きにしも非ず。竜族の研究者として純粋に、発射の瞬間を見たいと言い出しそうだ。
まな板を拭いて豚レバーとニラを取り出し、二人にレバニラ炒めをと動き出す所はみやびらしい。以心伝心でアリスもアサリの酒蒸しを始め、妙子さんがカキの殻を剥き始めた。どれも男性にとっては精がつくもの、石黒と高田を浴室という戦場に送り出す気満々である。
『ファニー、話したいことが沢山あるの。今夜は二人だけで卵化しようね』
みやびが第一婦人だけに発した、一方通行の思念。
二人だけで卵化という甘いワードに、思わずときめいてしまうファフニール。嬉しい嬉しいって顔に書いてあるから、誘ったみやびはちょっぴり恥ずかしくなる。
みやびにとってファフニールはファーストレディであり、全てはファフニールから始まったのだ。今みやびがこの場に立っていられるのも、彼女がいてくれたから。
『ファニーの弱いところ、今夜はいっぱい攻めちゃうからね』
“ぷしゅう”
そんな音がファフニールから、聞こえたような聞こえなかったような。フレイアがどうかしたのと、ファフニールの顔を覗き込んだ。火照る顔で何でもないわと、熱燗を口に含む侯国の君主さまである。
「お夜食なに作る? 麻子」
「そうだねえ、縦に切ったナスの上にチーズを乗せて焼こうか、香澄」
二人がそんな会話を始め、にやりと笑う任侠大精霊さま。
実はこれ、みやびが仕組んだ作戦なのだ。お夜食はいつも囲炉裏テーブルなんだけど、今夜はそれぞれの居室で領事二人に手ほどきをお願いしたのだ。
手ほどきとは何かと言いますと――。
スライムちゃんを黄金船に持ち込んだ際、みやびが真っ先に思い付いたこと。それはなんと、生理の時ナプキン代わりにする発想だった。麻子と香澄にその話しを持ちかけ、三人で使用感を確かめた経緯がある。
結果は上々で股間にスライムちゃんを貼り付け、下着を着用しても違和感なし。ただし敏感な部分を常に刺激されるから、エッチな気分になるのが玉に瑕。そんなわけでまだ、他の女子たちには広めていないのだ。
そこでみやびは一計を案じた。
ホムラもポリタニアも魔力を自炊できる代わりに、生理周期が早くて重いとこぼしていたのを思い出す。つまり麻子と香澄の居室で、お夜食を食べながら教えてあげてって寸法だ。そこでポリタニアは麻子とレアムールに、ホムラは香澄とエアリスに、想いを伝えなさいと言い含めてある。
もちろんみやび自身も、メライヤに教える方向で話しはまとまっていた。三人の様子を見た上で、みんなに広めましょうって事になっている。
みやびの企てから始まった事だが、栄養科三人組は知らない。これが生理に悩む宇宙の全女子に、革命をもたらすことを。多い日でも大丈夫、スポーティーに動いても漏れないのだから。
麻子と香澄も上手くいくといいな、そう思いながら包丁を動かす任侠大精霊さま。そこへ通信ダイヤモンドがプルプルと振るえ、亜空間倉庫のマシューとスミレ、ミスチアとエミリーからであった。
『ラングリーフィン、酷いです。ねえマシュー』
『スミレの言う通りです、ずるいですよラングリーフィン』
『フュルスティン・ファフニールも交えて、お話しがあります。エミリーも同じ気持ちでしょ』
『もちろんよミスチア、これは看過できない問題だわ』
何だかみんな怒ってる。私なにかやらかしたかしらと、ファフニールと顔を見合わせるみやび。だがこれこそ、みやびを大精霊たらしめるファミリーの輪となるのだ。
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