第664話 流動体はいいかも
歯を磨きながら妙子さんは考えを巡らせる。
岩井さんは部下と共に、操船と火器を扱う訓練を行っている。ピューリの方はと言えば、他の竜族と一緒にゲイワーズから錬成指導を受ける毎日だ。
二人が自由に会えるのは夜のみやび亭からで、閉店した後にどう過ごしているか気になるところ。歯磨きを終え洗顔フォームを顔に塗りながら、妙子さんはそれとなく岩井さんに尋ねてみる。就寝までの間、二人で何してらっしゃるのと。
「そうですね、部屋で飲み直しながらゲームしたり、覚えた錬成を見せてもらったりしてます」
「そのまま寝ちゃって気が付いたら朝とか」
「お見通しですか、しょっちゅうです。おっとこれ、部下のみんなには内緒で」
「分かってますとも、お風呂も一緒に入るんでしょ」
妙子さん話しを誘導するのが上手い。
岩井さんはそうですよと事もなげに話し、電気シェーバーのスイッチを入れた。髭は朝六時から十時の間に良く伸びるから、寝起きに剃るんですと笑う。
男性はそんなところが大変なのねと頷き、妙子さんは顔の洗顔料を洗い流す。
つまり岩井さんは、ピューリが男の娘と知った上で仲良くしているわけだ。スオンのお相手に性別は関係ないから、二人の友情が愛情に変われば良いなと思いつつ、彼女はフェイスタオルで顔を拭く。
「実はピューリのことで、悩みがありまして」
「あら、私で良ければ相談に乗るわよ」
「あいつ……何だか胸が膨らんで来てて」
それって性転換じゃと、妙子さんはフェイスタオルを落としそうになった。
スオンになってから男性竜が女性化する可能性を、彼女はフレイアから聞き及んでいた。自分も産卵してパートナーとの間に子孫を残したい、その想いが強ければ男性竜に性転換が発動すると。
そうなると相棒のブラドにも可能性はあるわけで、妙子さんも覚悟は一応出来ている。だがスオンになる前から発現したとなれば、ピューリが岩井さんに抱く想いはそうとう強いんじゃあるまいか。
「岩井さんから見てどうなの、バストサイズは」
「揉んでみたくなるような大きさには、なってますね」
「ちょっと」
妙子さんから半眼を向けられ、慌てて弁解を始める岩井さん。いえいえ小学生男子が女子のスカートを、めくりたくなる心境みたいなもんですよと。いやそれ弁解になってないから。
「正直に話して、ピューリをおかずにしたことは?」
「……してます、最近はずっとピューリで」
見た目は二十歳だけど、妙子さんは大正生まれで百歳越え。船内生活が長くなれば男性は、トイレでシコシコなんて当たり前と理解している。溜めすぎると夢精で下着を汚しちゃうから、出してスッキリした方が良いことも。
ピューリを固定のおかず対象にしているなら、スオンの芽はあると妙子さんは唇の両端を上げた。おかずに留めている自制心は見上げたものだが、岩井さんには既成事実を作らせた方が手っ取り早いかも知れない。そんな訳で妙子さん、悪い顔になっちゃう。
「岩井さん、もうこの際だから」
「はい」
「ピューリにしてもらったらどうかしら」
「ええ! しし、しかし」
「自分で処理した後、空しくならない?」
口をぱくぱくさせる岩井さん、何で知ってるんですかと顔に書いてある。お互いに手と口で触れあったらと、妙子さんは更に畳みかける。
竜族はこと恋愛に関して、絶対に相手を裏切らない。もし彼がピューリを押し倒して胸を揉んでも、きっとうまくいくと妙子さんは確信していた。
「ただしピューリの気持ちを、ちゃんと考えてあげて」
「わ、分かりました」
よしよしとほくそ笑む妙子さん。
ピューリは宇宙船を修理する、錬成の訓練でこっちに来ている。後でみやびとユンカースを交え、所属をどうするか相談せねばと思考を切り替える。岩井さんとスオンになって、アメノトリフネ号の乗員になってくれると有り難い。みやびもきっと同じ事を考えるだろうと、妙子さんは読んでいた。
しかしよくよく考えてみれば、ジェシカとスオンになった飯塚は幸せ者だ。雅会任侠チームをはじめとする男性たちは、常に性処理の問題を抱えているわけだから。
何か手助けとなるアイデアはないかしらと、妙子さんはふと洗面のシンクに視線を落とす。そこではスライムちゃんが、洗い流した洗顔の泡をもぐもぐしていた。
「乳酸菌も食べるんだから、竿にヨーグルトでも塗って誘因すれば」
「何の話しです? 妙子さん」
「スライムちゃんよ岩井さん。精液はタンパク質だし、最後の一滴まで吸ってくれるんじゃないかしら」
まさかと顔を引きつらせた岩井さん。その手からシェーバーが滑り落ち、洗面のシンクでぶぶぶと音を立てた。アルミス艦長の体験で効能は証明されているわと、妙子さん真顔です本気です。生体オナグッズの登場、石黒と高田をはじめ任侠チームが聞いたら、どんな顔をするかちょいと
そこへTシャツと短パン姿のピューリが、置いてくなんて酷いよと洗面に現れた。こうしても起きないくせにと、岩井さんがピューリの頬をむにんと摘まむ。むうと唇を尖らせる男の娘だが、それはポーズであり、いじられ喜んでいるのが丸わかり。
そんなピューリを妙子さんは、じっくり観察していく。
胸を見れば確かに膨らんでおり、体の線も丸みを帯びてきている。傍から見ても間違いなく性転換が始まっており、これは後で採寸しブラを作るようかしらと、お針子モードに入る彼女であった。
――そしてここはアマテラス号の祭壇、囲炉裏テーブル。
乗組員への朝食提供を終え、栄養科三人組と嫁たちがまったりしていた。そんな中でみやびが、誘ったアルミスとおかしな事を始めちゃったりして。
「成る程これは便利ですね、みやび殿」
「でしょうアルミス、なついた子には色々教え込むといいわ」
スライムちゃん達を呼び集めひとつに固まってと、お願いすればちょうど良いクッションになるのだ。今は吸い付いちゃダメよと言えば、ちゃんと従ってくれる。
クッションの上でふよんふよんしている二人に、それいいわねと麻子と香澄に嫁たちが頬を緩ませた。
駆逐艦サバトは最低限の七名で運用されており、うち一名は雑用を兼ねる宇宙衛生兵だ。船を大気圏から出すには六属性が必要で、残り六名が祭壇に手を添える最低限の人員となる。
そして艦長のアルミスは、貴重な光属性であった。彼女は無意識のうちに治療で使われた、スライムちゃんに
「それじゃ、話しを聞かせてもらっていいかしら、アルミス」
「私の知ってる範囲で構わなければ、みやび殿」
アンドロメダ共同体は瓦解し、もうクバウク星に脅威はない。残るは人工サタンであり、その情報をみやびは欲したのだ。ただ闇雲に突っ込む脳筋ではなく、相手を知り戦術を練るためアルミスを呼んだのである。
「数百年前に強大な兵士を生み出そうとして始まったのが、ロイタン計画だ。軽微な犯罪者でも全て融合に使い、多属性の精霊に近い存在を生み出す計画だった」
「もちろん融合の中心となる、マスター的な人物がいるわけよね」
「ああ、神殿からまだ幼い神官見習い、エデンが選ばれた。ご存じの通り年齢を重ねてしまうと、精神が反発し融合がうまくいかないからと」
暗黒空間でみやびたちが助けた、リリムをはじめとする光属性と闇属性は、みんな少年少女だった。絆を結び愛情でファミリーとなる、みやび達の融合とは真逆のおぞましき行為である。
「それで人工聖獣サタンが生まれたわけね、アルミス」
「軍の記録ではそうなっている、みやび殿。サタンとなったエデンは魂を欲し、生命体だから食糧も欲し、どんどん大きくなった」
やがてエデンはクバウク星を離れ、質量を増していき太陽系のひとつになった。議会と民衆は救世主だと崇め奉り、長い年月をかけて罪人と食糧を運び続けたのだ。
病原体は定期便の乗員が最初の感染だろうと、アルミスは湯呑みに手を伸ばした。彼女は定期便の任務に就いたことがあり、黒色惑星の中心核へ通じる航路があると緑茶をすする。
「そこにエデンがいるわけね」
「ああ、複数の蛇が合体したような姿で、蜘蛛の巣を張り巡らしたような部屋にいるんだ。そこが祭壇で、糸を操り黒色惑星を制御している」
あの質量では全艦で粒子砲やスペクトラ砲を撃ち込んでも、中心核が崩壊する前にゲートで逃げられたら元も子もない。本体であるエデンを何とかするならば、航路を使って内部に侵入する方が現実的だ。
「当初の作戦に大きな変更は無さそうかな、麻子」
「粒子砲で穴を開けるのではなく、航路を使って祭壇に踏み込むわけね、香澄」
「そのためには新薬のタブレットよね、みや坊」
「うんうん、祝福のシールドを破られても感染しない二段構えよ、ファニー」
全ては真戸川センセイ率いる、研究開発チームにかかっている。それまでは広域宇宙レーダーの範囲外で、待機する事となる連合艦隊。陽美湖とミーア大司教が、最近は宇宙戦闘機で遊ぶようになっているんだとか。延長されたバカンスを、充分満喫してらっしゃるようで。
――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。
今夜のお勧めにある目玉は、ミウラ港の大ぶりホタテ、養殖が絶好調なのだ。もうひとつは銀鮭、こちらもヤイズ港での養殖が軌道に乗り安定供給に入った。
ホタテは麻子発案のガーリックバター炒め、これがエリンギにオイスターソースと良く合って、貝柱も貝紐も堪らないお味。ご飯もお酒も進んじゃうこと請け合い。
銀鮭は香澄発案のバターホイルえのき焼き、こちらもサケが持つ風味に有塩バターと野趣溢れるえのきが利いてて、箸が止りませんがな。
他にもお勧めはみやびが手がける、山芋鉄板焼きにチーズ入りハンペン焼き。これ実は蓮沼家の艦めしで、仕込みの最中メイド達が目を爛々と輝かせていたもの。どちらも聖職者が口に出来るお料理なので、ミーア大司教が率いる八番テーブルから注文が相次いでいた。
そこへ石黒と高田が、アマテラス相談所いいですかとやって来た。すわっと反応したティーナとローレルが、二人をキッチン奥へと連れて行く。はてさて、いったい何の相談であろうか。
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