第657話 みやびの覚悟
――ここは亜空間倉庫の居住エリア。
選抜された守備隊のメンバーがお盆を手に取り、運動会テントでお行儀良く並んでいた。昼食のメニューは味噌カツ定食で、副菜はポテトサラダにナポリタン、これにお新香と豚汁が付く。
副菜のナポリタンだけで四百キロカロリーありそうだが、マシューを呼んだらこうなった。予測はしていたしリンド族だから、これはこれで良いのである。
精霊化できるメンバーに招集をかけたので、ブラド組にパラッツォ組、ヨハン組にザルバ組、菊池組と瑞穂組、スミレ組にマシュー組、ミスチア組とエミリー組も参加していた。
まだ仮のスオンだが慣れているため、カイル組も竜騎士団のサポート役に呼ばれている。その反面みやび亭本店が手薄になるから、こちらも仮のパウラ組とナディア組がエビデンス城の応援へ。
ここで目出度いお知らせをひとつ、麻子がパメラと、香澄がポワレと、見事ゴールインしましたよっと。決戦を前にして、二人とも腹を決めたらしい。雰囲気が良いからとエピフォン号の祭壇で儀式を執り行い、進行役を務めたのはみやび、立会人は妙子さんとアグネスだった。
しかし気になるお知らせもひとつ、みやびは初音と子供たちを鷲見城へ、カリーナとフェリアをエビデンス城に移動させたのだ。
亜空間倉庫はみやびあってこその場所、そこから導き出される答えは彼女が、最悪の事態も想定してるって事になる。みんな口には出さないが初めてのことだから、受けたショックは少なくなかった。
「何か考え事? みや坊」
「敵情視察でさ、ファニー。同じ物理無効なのにクジラの攻撃が通った、その理由が分からないのよね。何か思い当たることないかしら、フレイ、アリス」
アウト・ロウはまだ呼んでいないが、メライヤを含めテーブルを囲むみやびファミリー。そうねえとフレイアが、何かを思い出すように遠い目をした。研究所の書庫で古文書をかじった程度だけどと。
いやいや推定一万歳の竜が読んだ古文書って、どんだけ古いのよと半ば呆れてしまうファミリーの面々。でも信憑性は高そうですと、アリスがお冷やを注いで回る。
「セブンス・アトリビュート《第七属性》は大精霊が持つ、特別な霊力と書かれていたわ、それが他の六属性と密接に関わっていると」
「特別な霊力?」
「物理とも魔力とも違う霊的な力、だから大精霊の祝福には霊験あらたかな加護が宿ると。ごめんみやび、これくらいしか記憶に無いわ」
「ううん、ありがとうフレイ、参考になったわ」
それにしても増えましたねと、足下を見やるメライヤ。四色のスライムが球状になって、床をコロコロ転がっている。菌やカビが主食だからと試しに、キノコを与えてみたら一気に増殖したのだ。
マミヤ号とイラコ号のキノコ栽培エリアに侵入されて、食べ尽くされたら困るなんてもんじゃない。なので菌床栽培室の入り口両脇には、でかい丼に清めの塩を盛っていたりして。やはり塩は嫌がるみたいで、中には入って行かないスライムさん。
「ところであそこに並んでいるのは何なの? みやび」
「酸素ボンベって言うのよ、フレイ。暗黒惑星の中心に酸素が無かったら、虹色魔法盾で穴を塞いで酸素を放出するの」
中心まではコスモ・ペリカンに乗り込んで、そりゃーと突撃するわけよと、みやびが人差し指を立ててにっこり微笑んだ。
メアドがポテトサラダお代わり欲しいのだーと、運動会テントの前でふよふよ浮いている。毎度のことなのでアルネが、はいよっとよそってあげていた。
そこへヨハン君とレベッカがお邪魔してよいかと、ファミリーに加わったヘットとラメドを伴いやって来た。もう食事は済んでいるらしく、四人が手にしているのはアイスコーヒーだ。
「ガリアン星で用いたという大精霊の
それ私も思ってたと、ファフニールとフレイア、そしてメライヤもみやびに顔を向ける。
「外側からやったら全部灰化する前に、ゲートで逃げられると思うのよ、レベッカ」
「成る程、ゲートに飛び込まれたら行き先の座標が分からずか、厄介だな。それで内部に踏み込む作戦なわけだ」
「そう、私から逃げられないようにするわけ」
おおうとみんな口角を上げるけれど、ひとりヨハン君だけが眉を曇らせた。
彼は気付いてしまったのだ、みやびはもうひとつ選択肢を持っていると。みんなを待避させ自分だけ残り、
しかし暗黒惑星が崩壊を始め消滅するまで、魔力と真空状態でのメライヤ時間が果たして持つだろうか。不確定要素が多すぎて、きっとみんな反対するだろう。
だからもうひとつの選択肢を、みやびは口にしないでいる。軍議まで戦術をみんなに教えなかったのは、スライムという奇抜さで、本当の思惑をカモフラージュするためだったに違いない。
いくらスライムを増殖させようと惑星ひとつだ、溶かすのにどれだけの時間がかかるやら。ラングリーフィン貴方はずるいですよと、唇を噛み締めるヨハン君。後でお話しがありますと、彼はみやびに告げるのだった。
――そしてここはジェネシス号の祭壇。
みやびの持ち船はどれも秀一たちが、祭壇で岩井チームへの訓練に使用中。なのでファフニールの所有である、ジェネシス号にやって来たみやびとヨハン君。
「私と二人だけで話したいって、もしかして愛のささやきかしら」
「そうです、ラングリーフィン」
わぁおと両手を肩の高さまで上げ、とぼけた驚き方をする任侠大精霊さま。けれどヨハン君は真顔のまんま、隠し事をしている人から視線を逸らさない。
取りあえず座りましょうかとみやびは、囲炉裏テーブルにどら焼きと緑茶のセットをポンと出す。もしかして何か怒ってる? と尋ねながら。
「戦場で抜け駆けは許しません、僕は最後までお供しますよ」
「なーんだ気付かれちゃったか、熱い告白できゅんきゅんしちゃったわ」
伏し目がちに湯呑みを置いた侯国の宰相から、ヨハン君は目が離せないでいた。スオンの中心カップルが死ぬ時は、ファミリー全員が死ぬ時だ。しかしそれは精霊となる為の通過儀礼であり、嘆き悲しむ事ではない。ファミリーになったみんなと、永劫の時を過ごせるのだから。
ヨハン君が危惧しているのは、リンド族の行く末に他ならない。
直系で光属性の満君が誕生したけれど、リンド族の次期族長となる女子はまだ誕生していない。辰江さまが次に産卵するのは十年後、しかも女子となる保証はない。それをみやびがどう考えているのか、ヨハン君は尋ねない訳にいかなかった。
「ロマニア侯国が存続するかどうかの危機、それでもなさるのでしょうか」
「まだやると決まった訳じゃないわよ。それとね、私はこう考えているの。かつてリンド族は光属性を輩出、アルカーデ族は闇属性を輩出、そしてアマツ族は錬成を伝承、三部族で協力し合って来た。でも今はもう、気にする必要がないかなって」
それはどう言うことですかと、湯呑みが倒れそうな勢いでヨハン君は身を乗り出した。今まで何のために戦って来たのでしょう。メリサンド帝国の、いえ惑星イオナの友好関係はどうなりますかと。
「築いてきた友情は変わらないわよ、ヨハン君。私たちはいま、宇宙全体と絆を結ぼうとしている。探せば光属性も闇属性も、錬成が得意な部族だっているじゃない。三部族が直系に縛られる時代は、もう終りつつあるの」
「あ……」
言い返せないヨハン君が冷静さを取り戻し、こぼれたお茶を布巾ですいっと拭う。
竜族が重婚すれば、複数属性を持つ子孫が誕生する可能性は高まる。フレイアとベネディクトがその例でしょと、みやびはどら焼きの包みを開いて頬張った。
「満君がリンド族の族長になっても構わないのよ、ヨハン君。それに彼がスオンになって、もし性転換したらワンチャンあると思わない?」
「年下でも大叔父に当たりますよ、ラングリーフィン、それ言っちゃいますか」
生きてる間に言えたらいいなとみやびが笑い、思春期を終えるまでは止めた方が良いですと眉尻を下げるヨハン君。二人揃って緑茶をずずっとすすり、同時にほうと息を吐く。
蓮沼家のスオンと近衛隊を今回の作戦に呼ばなかったのは、自分に何かあっても満君を守り、盛り立てて欲しいからだろう。みやびの考えがよく分かったヨハン君、もう何も言うことはなかった。
「ファミリーにはいつ話すんですか?」
「やると決めたその時よ」
「フュルスティン、きっと泣くでしょうね」
「そうかもね、だからヨハン君は」
「最後までお供します」
あんたはと半眼を向けるみやびと、そんなの知りませんと同じく半眼を向けるヨハン君。しばし火花を散らした後、お互いぷぷっと吹き出し、やがて声を上げあははと笑い出す。
「黒色惑星は置いといて、いつか精霊になったらヨハン君にチューしてあげる」
「それは楽しみですね、愛を込めて口説いた甲斐がありました」
みやびは思い出す、ヨハン君が竜騎士団に仮入団した時のことを。面接をしたのは自分とファフニールで、あの時からもう深い縁で繋がっていたんだなと。そしてどら焼きを三個つかみ、彼のポケットに押し込んでやる。レベッカにハットとラメドの分よと言いながら。
――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。
「キッチンに妙子さんとアグネスさまがいると、何だか落ち着くわよね、香澄」
「うんうん、本店にいるような感じがするわ、麻子。自然と和んじゃう」
あら嬉しいこと言ってくれるじゃないと、ブラドとパラッツォにお通しを置く妙子さんも、天ぷらを揚げてるアグネスも破顔する。それは栄養科三人組と一緒にキッチンで料理が出来る、私たちだって同じなのよと。
妙子さんがこっちに来れば、もちろんファミリーの聖獣チェシャも同行しているわけで。香澄特性のコンビーフにすっかりはまったらしく、売り切れては大変とばかりに即オーダー。うんうん、猫は基本的に肉食だしね。
ちなみに他の料理人スオンは、亜空間倉庫の腹ペコたち担当。まあマシューがいるから何の心配も要らず、今頃てんこ盛りな料理を堪能していることだろう。
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