第656話 宇宙軍議

 時空を超えてジャンプするゲート開放も、万能攻撃である粒子砲を放つのも、船体を保護するシールドの展開も、六属性が祭壇に揃っていないと操作出来ない。

 だが連結状態であれば魔力が足りている限り、どこか一カ所で六属性が祭壇に触れていれば良いことになる。もとより宇宙に出てしまえば通常航行と通常兵器は、慣れてしまえば一人でも扱えるように出来ている。


 みやび達の宇宙船が持つ最大の特徴は、連結出来る仕様になっていることだ。

 エピフォン号が太古の船でも連結できたのは、カルディナ陛下の血筋が連綿と受け継いで来たからではとフレイアは話す。キラー艦隊もアメロン船団も連結出来ないのは、長い歳月で宇宙船の錬成に必要な言霊スペルが一部失われたからだろうと。


「その割りにはアイコンの整列、向こうの方が進んでるのよね、麻子」

「連結を捨ててアイコンを取ったのかもね、香澄」


 その可能性は高いかもと笑い、みやびが漢と書かれたマイ湯呑みを手に取った。アメノイワフネ号とアメノトリフネ号を瞬間転移させ、連結でバタバタしたからちょいと休憩中なのだ。三人が今いるのは、ワダツミ号の祭壇脇にある囲炉裏テーブル。


「そう言えばスライムの評判はどうかしら、何か聞いてる? 二人とも」

「レアムールがね、ソバカスが消えたって喜んでいたわ。あれもチャームポイントだったんだけどな、嬉しいような勿体ないような。まあ愛するパートナーだから、どう変わろうとも私は受け入れられるけど」


 麻子の惚気のろけにはいはいご馳走さまと、苦笑するみやびと香澄。アメロン星の陵墓りょうぼから分けてもらったスライムを、船内に放流……放し飼いにしてからずいぶん経っている。最初はみんな腰を抜かしたけれど、今ではすっかり慣れて気にならなくなったみたいだ。


「お掃除が楽になったって、メイド達が喜んでるわよね、麻子」

「でも環境が良いのか、どんどん増殖しているわ、香澄。このままだと乗員の数より増えそう、どうするみや坊」


 塩をかければナメクジみたいに小さくなって、水を与えるまで休眠状態に入るとマクシミリアから聞いている。そろそろ間引く時期ではと、麻子はアリスが煎れてくれた緑茶をすすった。


「うんにゃ、どんどん増やすよ。亜空間倉庫にも他の船にも放すつもりだから」


 ポカンと口を開ける麻子と香澄、そんなに増やしてどうするんだろうかと。みやびなりに考えがあるようだが、彼女はただむふふんと笑うだけであった。

 この後はタコバジル星から、アメロン船団の戦闘艦を転移させる事になっている。これで宇宙軍議の面子が全て揃うことになり、今日は忙しくなりそうねと三人は席を立つのだった。


 そして合同の軍議は、アマテラス号のミーティングルームで開催された。本来は雅会任侠チームが、朝礼や終礼で業務確認を行う部屋である。さあ戦だと気負って来た代表たちだが、なぜか料理にお酒が出て来て目をパチクリ。


「一週間のんびりしろじゃと? みやび殿」

「そうよ陽美湖さま、旅行気分でゆっくりして欲しいの」

「いやいやみやび殿、直ぐにでも叩きに行くべきではないでしょうか」

「んふ、そのはやる気持ちを、ちょっと抑えてほしいの、キラー提督」


 みやびがそこまで言うならばと、目の前にある料理に箸を伸ばし始めた代表のみなさん。これがまた有名旅館で出て来そうな、豪華な会席料理だったりして。みんな気になっていたと言うか、気勢をみやびに上手く持って行かれたと言うか。


「一週間は準備期間と解釈してよろしいのですか? みやび殿」

「もちろんそうよ、マクシミリア陛下。白兵戦を想定して、ロマニア侯国の兵力を集めてる所なの」

「兵力を集め出した、つまり作戦の青写真が出来たのは、ここ数日の間なんですね」


 ラカン星代表ユンカースの問いに、複数の選択肢を用意しておきたいのと、みやびはにっこり微笑んだ。実際にパラッツォとブラドが、自分たちの出番だと守備隊の人選に入っている。その件はファフニールも族長だから承知していたが、どんな運用をするかはまだナイショと言われ聞いていない。


「その黒色惑星とやらは質量が大きすぎて、ブラックホールに放り込めないのですよね、みやびさま」

「そうなのよ、ミーア大司教。ならば万能攻撃である粒子砲とスペクトラ砲に魔力を注ぎ込んだ方が、戦術として得策だと思うの」


 タコバジル星の軌道を変えるだけで、精霊化したみんなが精魂使い果たしたのだ。それを実体験で分かっているから、栄養科三人組も嫁達も確かにと頷き合う。

 ならば万能攻撃は敵さんの太陽である、恒星に向けた方が一番手っ取り早い。複数の選択肢を用意するならば、次点で意思を持つ黒色惑星だろう。本星を叩くのはその後だろうかと、誰もがそう予測していた。


「みんな、ちょっと聞いて欲しいの。私はジェネシス号とアルカーデ号の記録から、超新星爆発の瞬間を見たわ。一瞬にして太陽系は飲み込まれ、離脱のタイミングはすごくタイトなのよ。全ての船を瞬間転送しようと思ったら、私だってタイムラグが出るの、リスクが高すぎる」


 箸の動きが全員止まってしまった。

 一番手っ取り早いと思っていた手段が、最も危険な賭けであると知ったからに他ならない。だからみやびは選択肢を増やそうとしているのだとも。


「そこでね、皆さんにお願いがあるの」


 みやびがポケットから出した球体、それはでろんとした流動体に変わり、彼女の手のひらからニューンと垂れ下がる。

 あらスライムですねと、マクシミリアにサッチェスが目を細めた。対して初見さんの代表らは、その手から箸がポロリと落っこちちゃう。


「これを皆さんの船で飼って欲しいの、すぐ増殖するから」


 みやびに代わってどんな特性を持つかは私からと、サッチェスがコホンと咳払い。そりゃまた面白くも便利な生き物ですねと、みんな興味を持ったみたいだ。特に悪しき精霊信仰に対しては消化液を出し、溶かして餌にしちゃう性質が。


「消化液は物理攻撃だと思ってたんだけど、どうも物理とは違うのよね」

「それってどういうことかしら、みや坊」

「分類としては特殊攻撃なのかな、ファニー。実は宇宙空間でも活動出来る事を、偶然にも発見しちゃってさ」

「いったい……いつ?」


 敵情視察に向かった際、体に一匹貼り付いていたのよとみやびは笑う。しかも近くへ伸びてきた黒色惑星の蛇頭に、消化液を吹きかけ実際に溶かしたんだと。

 この子をいっぱい増やして黒色惑星の内部にばら撒いてやろう、そう思いつき白兵戦力を集め出したと任侠大精霊さまは口角を上げた。


「粒子砲で一発穴を開けて、そこからロマニア侯国の竜騎士団が中心部へ突入、スライムちゃんをあっちこっちに放して回るの。その間は邪魔されないよう、皆さんには敵艦隊の相手をして欲しいわけ」


 よくそんな作戦を思い付くもんだと、呆れ半分の感心半分で顔を見合わせる代表の面々。だが一週間ゆっくりしててという、その意図はよく分かった。ならばそうさせてもらいましょうと笑い合い、会席料理に取りかかる皆の衆であった。


 ――そして夜のみやび亭アマテラス号支店。


「岩井さんカウンター席にどうぞ、ほら座った座った」

「あのう、海将補殿」

「ここでは名前でいいわよ」

「いいえ、本官にとっては上官です! 統合幕僚長から失礼のないようにと、耳にタコが出来るほど言われてまして」


 ここで言う統合幕僚長とは、新沼海将のことを指す。防衛大臣を補佐し、陸自・海自・空自の部隊指揮権を持つ。三自衛隊それぞれに幕僚長がおり、その中から防衛大臣が統合幕僚長を任命する。


 座るようみやびに促されたのは岩井一等海尉で、昔の軍隊で言えば大尉に当たる。そんな彼に新沼海将が注意した失礼とは、上官が若いからって軽視するなという意味なんだが。そこんところ空気読めない辺り、頭の固い制服組の匂いがプンプンする。


「それ言ったら私らも上官になるのかしらね、香澄」

「私たちの階級って何だっけ? 麻子」


 一等海佐ですよと、カウンターの縁を両手でバンと叩く岩井。ちょっと落ち着いてと、声を掛ける秀一たちは一等海尉だ。つまり栄養科三人組は上官で、祭壇要員である四人は岩井と同格ってことになる。


「もしかして配属に不満があるの? 岩井さん」

「いえ……子供の頃は宇宙飛行士が夢でしたから、海将補殿」


 当面は名前で呼ばせるの難しそうねと、麻子も香澄もクププと笑う。

 アメノトリフネ号は今上陛下の所有船で、本来は地球の衛星軌道上にある。宇宙の目となり日本を守るお役目を、岩井と部下十八名が拝命したのだ。

 魔力源となる人員がいなくても宝石に蓄えられていれば、通常航行と通常兵器は使用できる。今回はみやび艦隊の配下に入り、作戦に参加して祭壇の操作を覚えて来いって命令なのだ。


「貴官たちには、これから祭壇の操作で世話になる。ひとつ宜しく頼む」


 うわ固いなと苦笑しながらも、岩井と握手を交わす秀一たち。まあ新沼海将が選んだ海自の幹部士官だ、きっと真面目な人物なんだろう。飲み物は何にしますかと、ふよふよ浮いてるアリスに聞かれ、話しには聞いていたがプチフリーズしちゃう岩井である。


 乗員たちには夕食を軍議と同じく、会席料理にした栄養科三人組。よって立て看板にお勧め料理の記載は無く、代わりに『リンド山脈・雲海』の新酒が入荷しましたって文字が。


「これはまた華やかな香りですね、味もまるでワインみたいだ」

「岩井さん、割りといけるクチなんだ」

「好きですけど、任務中に飲むのは少々罪悪感が」

「お祖父ちゃんからの受け売りだけど旧日本海軍の時代は、艦内に酒保があって飲酒が可能だったみたいね」


 おつまみチーズセットをことりと置くみやびに、よくご存じでと歯を見せる岩井。

酒保とは売店込みの艦内飲食スペースで、実は飲酒が可能であった。もちろん現在の自衛隊では禁止されているが、みやびは艦長でもあり宇宙軍の総司令官でもある。つまり許可しますよと、それとなくほのめかしているのだ。


 これにはピンときた岩井一等海尉さん、お酒が絡むと勘が良くなるようで。秀一たちが笑いを堪えており、カウンター隅の飯塚もによによしている。

 当直を除き夜にみやび亭で飲んでも構わない旨、部下に伝えておきましょうと、岩井は美味しそうにカマンベールチーズを頬張った。今夜のみやび亭も、ゆったりとした時間が流れて行く。

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