第655話 本当は美味しい魚

 ――ここはアンドロメダ銀河、ガリアン星の衛星軌道上。


 ようやく新政府が立ち上がり、キラー提督は大役を果たし宇宙軍に復帰していた。ただし勤務地は宇宙艦隊の母港で、ご本人は大いに不満らしい。功績を称えられ国家元帥の称号を頂いたが、自分は船乗りでおかの勤務は性に合わないとおかんむり。


 その背景にはキラー艦隊に派遣した、メイド達の存在が大きく関わっている。母港で料理人の育成と味噌醤油を醸造をして欲しい、それが新政府の思惑だったりして。彼女たちのお料理を口にしちゃったら、そりゃ誰でも同じ事を考えるだろう。


 みやび亭アマテラス号支店のカウンター席で、ふて腐れるキラー提督をジャレル司令官がまあまあとなだめていた。

 ジェシカ領事も何と声をかけて良いか、言葉が見つからず眉を八の字にしている。自身も巡洋艦の艦長だったから、その気持ちはよーく分かるのだ。


「はい、お目出度めでたいでタイのお造りよ、キラー提督」

「何が目出度いものか、みやび殿。傍から見たら栄転だろうが、私にとっては左遷に等しいのだ」

「あはは、私はむしろ面白い立場になったなって、思うんだけど」

「面白い……とは?」


 全ての艦艇にちゃんとした厨房と食堂があり、乗員は美味しいご飯を三食口に出来る。これは士気に関わることでしょうと、菜箸を四拍子に振る任侠大精霊さま。

 キラー艦隊の船は押し並べて、取って付けたような厨房と食堂なのだ。派遣したメイド達から改善要望が幾つも上がっており、それはキラー提督も重々承知している。


「食糧不足で天の川銀河までやって来て、海賊山賊もどきのことやったじゃない」

「いや、それを言われると返す言葉もないのだが」


 アンドロメダ共同体との艦隊戦で大敗を喫し、再起のため無関係な惑星の食糧を接収したキラー艦隊である。だが正しき精霊信仰ゆえみやびは罪を問わず、彼らに救いの手を差し伸べたのだ。いつか来るであろう決戦で、みそぎをしなさいと。


「その決戦が目前に迫っているわ、私たちは必ず勝利する。そして勝った暁には!」

「暁には? みやび殿はどこまで先を見据えておられるのだ」

「全ての惑星が手を取り合うのよ、キラー提督。アンドロメダ全域の平和を維持する、銀河連合艦隊を組織すべきね」


 そのリーダーシップを発揮するのは、ガリアン星のキラー艦隊でしょうと、みやびはにっこり微笑んだ。提督はそれを実行できる、重要な立場に就きましたよねと。

 そう来ましたかとジェシカ領事が破顔し、その通りですとジャレル司令官も乗っかっちゃう。その旗振り役となるキラー艦隊が、お粗末な食事では全軍の士気に関わりますでしょうと。


「みやびったら、また人たらしを発揮してるわね、ファフニール」

「あれは持って生まれた才能だわ、フレイア。今まで何人たらし込んだことやら、もちろん良い意味でだけど」


 I♡NYアイラブニューヨークの文字が描かれた、ショットグラスで乾杯するファフニールとフレイア。みやびとアリスから、アメリカ土産でもらったものだ。他にも同様のTシャツやマグカップもあるんだが、次は私たちも連れてってねと釘を刺したのは言うまでもない。黄金船で帰りを待っていたファフニールとフレイアにしてみれば、二人だけでズルイって気持ちがあるようで。


「さっきコスモ・ドラゴン宇宙戦闘機に乗ってさ、麻子」

「うん」

「あたしらの艦隊を離れて眺めたんだけど」

「うんうん」

「黄金色に輝くオニオコゼに見えて」

「うんうんう……もっと違う喩えはないの? 香澄。オニオコゼは無いわ」


 そんな話しで麻子と香澄がピーチクパーチク。

 みやびの所有船であるアマテラス号・イラコ号・ワダツミ号・マミヤ号。

 ファフニールの所有船であるジェネシス号。

 フレイアの所有船であるエピフォン号。

 ミーア大司教の所有船であるアルカーデ号。

 これらの船が連結状態で、衛星軌道上にでんと鎮座しているのだ。


 全ての船に艦橋があり連結しているから、香澄にはオニオコゼの背鰭せびれに見えたんだろう。色の個体差が激しく金色のオニオコゼもおりますゆえ、まあ当たらずといえども遠からず。


 シーパングの帝である陽美湖の所有船、アメノイワフネ号はいま出航準備中。今上陛下の所有船であるアメノトリフネ号も許可が下り、新沼海将が出航に向け乗員の手配をしている最中だ。タコバジル星でもマクシミリア陛下が、船団から精鋭の戦闘艦を派遣する準備をしている。


 これらの戦力が揃い踏みしたところで、いよいよ宇宙軍議の開催だ。

 よくよく考えてみれば遙か彼方の、アンドロメダ銀河で起きている問題ではある。けれど天の川銀河にまで被害が波及するかもだから手を貸してと、みやびが言えば縁を結んだ人たちは何を水くさいと集まってくれるのだ。


 ちなみに一番乗りしたミーア大司教が率いる聖職者チームは、七番テーブルで栄養科三人組の手がけた精進料理に夢中。マミヤ号とイラコ号で栽培した作物が大活躍しており、周囲のテーブルに着く雅会任侠チームがちょっと誇らしげ。


 話しを戻してオニオコゼさん、背鰭せびれには毒腺があるお魚さんだ。取り扱いには注意を要するがお味はよろしく、キロ単価はトラフグ並みの高級魚。そう言えば亜空間倉庫の水槽にいたなと、任侠大精霊さまがまな板にポポンと出す。

 猛毒とは言っても加熱すると分解されるタンパク毒なので、それさえ頭に入れておけば怖くない。真っ先に毒腺がある背びれを外し、沸騰させたお湯にぽい。


「オニオコゼもいいけど、俺はアイも好きなんだよな」

「アイって何? 豊っち」

「標準和名はアイゴかな、彩花。アイも背鰭せびれ腹鰭はらびれ、それと尻鰭しりびれに毒腺があるから、知らないで触ると痛い目に遭う」

「でも好きってことは美味しいんだよね、豊っち」


 秀一に尋ねられ、俺の中では美味しい魚に分類されていると豊は言う。その割りには聞き慣れない名前で、一般に流通していないことが分かる。美味しければ毒腺があっても、オニオコゼみたいに世間で認知されているはずだが。


「実はバリって地方名もあるんだぜ、秀一」

「……バリ?」

「小便って意味さ」

「それはまた、酷い呼び名だね」

「あはは、だよな。でも活け締めしたやつはさ、臭みなんか無くて美味しいんだ。いやホントだって」


 またまたぁと、半信半疑の秀一と彩花に美櫻。そこへアイゴもあるわよと、またもやポポンと出しちゃう任侠大精霊さま。ロマニア侯国のヤイズ港産で、それを捨てるなんてもったいないと、買い取り生け簀に泳がせていたもの。

 漁師や市場関係者のみならず、シルビア姫とバルディにラフィアが、これも食用になるんだと驚愕したのはつい最近のこと。


 主に磯釣りの外道として針にかかるが、美味しいという評価と、臭いという評価に大きく別れる。釣った後の処理が悪いと臭みが出ちゃうからで、豊の話した活け締めが大正解。


毀誉褒貶きよほうへんが大きい気の毒な魚なのよね」


 そう言って毒腺のあるアイゴのひれを、ハサミで切り落とし熱湯へぽいするみやび。竜族とリッタースオンは毒無効だが一般人はそうもいかず、危険物は直ちに無毒化するのがお約束。

 毀誉褒貶とはめたりけなしたりする、世間の評判って意味だ。魚は釣った後の処理で味に天地の開きが出ることを、自らも釣りをたしなむみやびはよく知っている。


 主に海藻を主食としている磯魚で、時期によっては生きた状態でも臭いやつがいたりするお魚さん。だから市場に流通させられないのだが。

 そんな個体はリリースして、臭みの感じないやつをゲットしたらすぐ活け締め。アイゴが持つ美味しさを堪能できるのは、これまた処理方法を良く知る釣り人の特権かも知れない。


「オニオコゼもアイゴも薄造りにするのね、みやびさん」

「どちらもフグみたいに締まった白身魚だからね、美櫻さん。これをお刺身にするなら薄造りが一番なの。はいみなさんどうぞ、お試しあーれ」


 深緑色の皿に映える、オニオコゼとアイゴの薄造り。それを頬張り静かになっちゃう、カウンター席の秀一チーム。もちろん美味しいからなんだけど、そこにみやびは追い打ちをかけた。

 ラッキーにもアイゴに成熟した白子精巣真子卵巣があったから、彼女はお煮付けにしたのである。これこそ活魚だから出せるもので、活け締めされずにぐでんとしたアイゴでは絶対に出来ない。

 新鮮だから内臓を焼くとサンマの内臓に負けないくらい、ほろ苦さと脂の旨みがあったりする。これも試してみてと、更なる爆弾を投下する任侠大精霊さま。


「あの、みやびさん、ご飯を下さい」


 秀一のひと言に俺も私もと、口を揃える豊に彩花と美櫻。既に予測していたのか、ほほいと白米を置いて行くみやびとアリス。アルネ組がむふっと笑い、豆腐とお麩の味噌汁はいかがですかと誘いをかける。カエラ組がダイコン下ろしとスダチはお煮付けにも焼き物にも合いますよと、悪魔が如くささやいちゃう。


 それ何ですかと、同じカウンター席に座るキラー提督とジャレル司令官の、目の色が変わった。本日のお勧めにもお品書きにも無いアイゴ料理、黙って見過ごすはずもなく。


 ただし亜空間倉庫の水槽に入ってる分だけだから、言い換えれば無くなり次第終了である。みやびの無慈悲な宣言で、カウンター席はもちろんテーブル席も騒然となったのは言うまでもない。


「俺はアイゴなんだろうな、ジャレル君」

「何か仰いましたか? キラー提督」

「毒持ちで臭い嫌われ者の魚でも、腕の良い料理人にかかればこの通りってことさ」


 言いたい事を察したらしく、へにゃりと笑い徳利を向けるジャレル司令官。


「乗せられていると分かっていても、気持ち良く動かされてしまう。みやび殿は誠に不思議な方ですね、しかしやろうとしている事は正しい」


 そうだなとアイゴの薄造りを頬張り、注いでもらった熱燗をキュッとやるキラー提督。視線の先では当のみやびが、アイゴはソールド・アウト売り切れでーすと声を上げていた。


 最悪は太陽である恒星を破壊しても構わないと、ぬっしーから言質げんちを取っているみやび。アンドロメダ銀河にあるひとつの太陽系を消滅させるか否か、その命運を彼女は握っている。

 一体どんな作戦を立てているのだろうと思いを馳せながら、キラー提督も白米とお味噌汁を注文する。アイゴの白子と真子、そのお煮付けがあまりにも美味しかったからだ。

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