第654話 酒乱(酒RUN)のアリス
――ここは蓮沼家、夜の母屋。
会合があるとかで、早苗さんとは割烹かわせみで別れたみやび達。戻ってみれば蓮沼家の母屋は、まだ夕食と言うか酒盛りの最中だった。飲みながら食べながらのスタイルだから、雰囲気は居酒屋でワイワイやってるのと変わらない。
「つまりレールガンの量産を請け負ったんですね、
「請け負わされたと言った方が正しいな、佐伯」
「組織運営はどうするんで?
「子会社として蓮沼アームズを立ち上げることにしたよ、黒田。社長には早坂部長を抜擢しようと思ってる」
極左暴力集団やら関西系暴力団やら、敵対勢力をぶっ潰す上で、早苗さんには随分と便宜を図ってもらっている。そりゃ断れませんねと舟盛りに箸を伸ばす、蓮沼家の男衆。
「問題は製造場所になりますね、会長。日本はスパイ天国、強固なセキュリティを構築しないと」
「いや、そこはすんなり決まったんだよ、工藤。亜空間倉庫だ」
新沼海将たってのお願いであったと、正三が辰江から箸を受け取り苦笑する。砲身に使われている新素材は、最新イージスシステムと合わせまだ秘匿にしておきたいらしい。
その砲身なんだけれど、みやびが提供したオレイカルコス製には全く及ばないもよう。とは言え世界初の新素材、国家機密であることに変わりはない。
「お嬢さんの亜空間倉庫で製造ですか、ならば共産主義国のスパイが入り込む余地はないですね、社長」
「まあそう言うこった、源三郎さん。本人認証がある転移ダイヤモンドを持ってないと、絶対に入れない場所だからな」
飲み足りなかったのか、新妻である京子さんに酌をしてもらう徹。あそこには最強の管理人、モムノフさんもいるしなと口角を上げながら升酒を口に含む。
「山下、この件はまだ記事にするなよ」
「分かってますよ、正三さん。亜空間倉庫の存在自体、副総理から口止めされてますので」
でもねと、山下は愉快そうな顔で箸を縦に振った。
レールガンは大電力が要求される兵器で、反重力ドライブからの電力供給が前提の代物。ならば必須となるのは信仰心であり、共産主義者が技術を盗んでも動かせないでしょうと。
「いやいや、国の全域を停電にしてでもって、お馬鹿だから考えるかもよ、麻子」
「左巻きのお馬鹿を甘く見ちゃダメよね、香澄」
世界中の原子力発電や火力発電を、全て反重力ドライブに切り替えたい。これがみやびの未来設計図なんだけど、日本は利権に群がる連中が多くてまだ展開できない。
ならば日本はしばらく捨て置き、信仰心が期待出来る欧米から始めようってのが、みやびと早苗さんの一致した意見であった。
そのとっかかりとなるのが同盟国に対する、レールガンと反重力ドライブのセット供給である。平和な時には生み出した電力を、安く国民に提供すればよろしと。
「ところで山下さん、奈央さんがいないけどまだ仕事なの?」
「奈央の知り合いが食中毒で入院してね、みやびちゃん。その原因となった経路を追ってるみたいなんだ」
全国規模で海鮮弁当の食中毒が起きてますと、マーガレットが台所からひょこっと顔を出した。けっこうなニュースになってるらしく、コーレルとベネディクトもそうそうと頷きながらお
思わずはあ? と顔を見合わせる栄養科三人組。
大事なことだからお断りしておく。栄養科三人組が考える海鮮とは、『生で提供できる』魚介類のこと。お弁当にしてしまったら、お客さんがいつ購入し、いつ食べるか分からない。
賞味期限を刻印しようとも気温によっては、無意味な場合も出て来るから提供出来ないと言った方が正しい。そんなわけで栄養科三人組としては、海鮮弁当なるもの自体があり得ないのだ。
鮮度の順に、「生食」➡「焼く」➡「煮る」➡「捨てる」、それが魚介類である。
細心の注意を払い、食中毒には神経を尖らせているロマニア食品。握り寿司や海鮮丼を提供する場合は、お客さんがすぐ食べると分かっている店内か宅配に限定している。生の魚介類をお弁当として流通させるなど、天地がひっくり返ろうとも絶対にやらない主義なのだ。
「普通のお弁当なら冷凍保存でさ、電子レンジでチンでいいのよね、麻子」
「うんうん、海鮮だとチンしたら、加熱されて生じゃなくなるものね、香澄」
「卵ってチンしたら破裂するでしょ、二人とも」
みやびの指摘にそれあるあると、笑いながら彼女に人差し指を向ける麻子と香澄。経験がおありのようで、魚卵はもちろん鶏の卵も派手に爆発してくれる。電子レンジの中が、そりゃあ悲惨な事になるわけでして。
それはさて置き問題の業者は海鮮弁当を、全国規模で提供していたらしい。冷凍できない以上は鮮度を維持する、温度管理が要求される。暑さが続くこの時節、トラックからトラックへの積み替えとか、管理が徹底されていたのかが気になるところ。
「ご飯が糸引いてたってケースもあったみたいですね」
「
「
「
ブン屋である山下が言うのだから、記者仲間がインタビューから得た、本当の話しなんだろう。真夏に常温でご飯を放置したら、腐敗菌が一気に増殖する。糸を引くってのはそういうことで、十時間くらいかしらと麻子が眉をひそめ、酢飯じゃないならあり得るかもと香澄が頷く。
栄養科三人組は海鮮丼に、握り寿司と同じく酢飯を使う。抗菌作用があるし、お刺身によく馴染むからなんだけど、普通の白米を使うお店だってある。正しい正しくないではなく鮮魚を生で、ご飯込みで食せる提供かってお話しなのだ。
「腹痛と下痢に
「小さい子供だとボーダーが下がるわよ、麻子。下手したら命に関わるかも」
香澄はコンビーフを作る際に、ここから先は加熱しない調理になるからと、以降に使用する器具は全て熱湯消毒していた。人さまの口に入る物を作り、提供するってのはそういうこと。
「ヒック」
「アリス、どうかしたの?」
「なんらか気持ちいいれしゅ、お姉ひゃん」
テーブルを囲む一同が、揃ってアリスの手元を見る。確か彼女はレモンスカッシュで、隣に座る京子さんは焼酎のレモンソーダ割りだったはずと。
「アリスちゃん、グラスが同じだから間違えちゃったのね!」
「んふ、京子はん、もう一杯ちょーらい」
これ以上飲ませて大丈夫なんだろうかと、顔を見合わせる蓮沼家の面々。そもそも聖獣だから、アルコールに対するキャパが分からない。竜族と同じく最終的には魔力へ変換するんだろうけど、上半身がゆらゆら揺れてるアリスがちょいと心配である。
だが彼女はお盆にあったピッチャーから、氷をグラスに入れ自分で作り出しちゃったよ。そりゃみやび亭でいつも作ってるもんね、自分で飲んだことがないだけで。
「その一杯だけよ、アリスちゃん」
「はらしの分かる京子はん大好きでしゅう」
そしてクピピと飲み干しちゃう聖獣さまに、みんなが酒乱でないことを祈った。お酒が入ると人が変わっちゃう、そんなパターンは誰もが経験するあるあるだから。
そのアリスなんだが夜のお散歩に行きましょうと、みやびの袖をつついと引っ張った。夜風に当たりたいのかなと、軽い気持ちで応じたみやび。
みんなもそれが良いと頷き合い、二人を送り出すのである。
「ちょちょ、アリス、どこまで上昇するの?」
「むふう、気の済む高さまれれふ、お姉ひゃん」
アリスに手を引かれ、空に向かって弾丸飛行……なんてもんじゃない。長距離弾道ミサイルの秒速六キロメートルを超えており、オゾン層を過ぎて成層圏から飛び出しそうな勢いなのだ。だが不思議なことに、二人は透明な膜で覆われていた。
「これって宇宙船のシールドと同じよね、アリス」
「イン・アンナが祝福しましたぁ、お姉ひゃん」
あの祝福はこれだったんだと、効果を聞き忘れていたみやびは合点する。ならば何かの拍子で船員が、宇宙に投げ出されても即時死亡は避けられる訳だ。効果は一回だけとアリスは言うが、粋な計らいねと微笑むみやび。
「私もこの祝福、使えるようになるかしら」
「お姉ひゃんなら、きっとれきまふぅ」
「ところでどこに向かっているの?」
「アメリカのぉ、自由の女神、見たいれふ」
地球の反対側じゃないのと、呆れてしまうみやび。だがまあ瞬間転移ですぐ戻れるし、向こうは昼の時間だ。アリスに付き合って観光も悪くないと、みやびは開き直っちゃう。日本からニューヨークまでは空路で十二時間かかるが、大気圏外に飛び出した二人はアメリカ大陸へと一気に降下していく。おそらく時間にして、一時間もかかってないだろう。
「あ、みや坊からだ、香澄は?」
「こっちにも来たよ、麻子」
家族と仲間みんなに発信したらしく、LINEには自由の女神を筆頭に添付の画像ファイルがずらずらと。まさかアメリカまで行ったのかと、次々画像を開く蓮沼家の面々。
ニューヨークと言ったらまずはステーキ、次はハンバーガーにロブスター。タイムズスクエアではホットドッグにかじり付く、みやびとアリスの写真が続く。
「マスタードが黄色じゃなくて茶色のホットドック、これ美味いんだよな、山下」
「ほら見てくださいよ、佐伯さん。ブロードウェイのアメリカンピザ」
新婚旅行での土産話を、みやびは有効活用していると笑う山下と佐伯。だがそこで話しは終わらない蓮沼家、今後アリスに禁酒令を出すべきかと流れて行くわけで。
「ロマニア侯国では十二歳からワインを嗜むしね、香澄」
「酒乱じゃなくて酒RUNだもんね、麻子。絡み酒でもないし」
「辰江はどう思う?」
「いいじゃないですか、正三さん。保護者はみやちゃんなんだし、歯止めはちゃんとかけるでしょうから」
そこへまたみやびから着信が、日本円を米ドルに両替してくれる所を教えてと。屋台の料理を食べたいけど、残念なことにクレジットカードが使えないんだそうな。
満喫してるなと苦笑しつつ、銀行や空港などの両替場所を返信する、山下と佐伯に京子さん。麻子と香澄がお土産よろしくねって、スマホをポチポチ操作していた。
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