第652話 イン・アンナの愛称

 ――ここはアンドロメダ銀河、デースト空域。


「この惑星が敵の本拠地ならば、これ以上接近すると広域宇宙レーダーで私たちも察知されます、みやびさん」

「この座標で待機ってことで、美櫻さん」


 祭壇上に立体投影された宇宙儀を睨みながら、戦闘準備に入る指揮所のメンバーたち。全砲門を開き、宇宙戦闘機を発艦させ、土偶ちゃんを起動していく。

 もちろん肉眼では観測できない、遙か遠くの距離である。だがみやびには考えがあって、それを聞かされた皆は呆れ返った訳なんだが。


 まずは敵さんの状況を把握した上で軍議を開き、こちらの艦隊をどう動かすか決める手筈になっている。場合によってはキラー艦隊とアメロン船団の戦闘艦も、動員する可能性をみやびは示唆していた。


「それじゃ行ってくるね、みんな」


 全パートナーと融合した任侠大精霊みやびを見送る、こちらも精霊化した麻子と香澄に飯塚。アルネ組とカエラ組も、お気を付けてと小さく手を振る。

 黄金船内では雅会任侠チームとエピフォン号チームに、ラカン星の士官候補生チームが、それぞれの配置に付いていた。


 艦橋を出て船首にふわりと降り立ったみやびが、みんなお待たせと胸の前で両手をひらひらさせた。驚くなかれシールドの外でくきゅきゅーと待っていたのは、宇宙クジラさんの群れだったりして。

 彼らの群れに交じって敵情視察、これが皆を呆れさせたみやびの作戦なのだ。群れ単位で生き物を使役しちゃう、規格外の性能だから出来る荒技とも言う。


『時間は二十五分、頑張って二十七分ですよ、みやびさま』

『他人行儀なのはめっ! それだけあれば充分よ、メライヤ』

『メライヤも早く慣れてもらわないとね』

『ぜ、善処するわ、ファフニール』


 ゲートではタッチダウンの空間歪みで敵にキャッチされるが、瞬間転移ならその心配は無い。暗黒空間でクジラ狩りをしていたくらいだ、クジラに瞬間転移できる個体がいることくらい、向こうも分かっているはず。それも込み込みでみやびは、この作戦を立案したのだ。


 目に見える範囲の座標で、クジラごと転移を繰り返す任侠大精霊さま。途中で敵の小規模艦隊に遭遇したが、やはり見逃してくれますよっと。

 本当は悪しき精霊信仰でクジラを取り込みたいんだろうが、生け捕りには砲門の一部を麻酔銃にしなきゃいけない上、収容できる大型戦艦が必要となる。この小規模艦隊はもったいないなと、指を咥えながら群れを眺めているに違いない。


『巡洋艦三隻と駆逐艦五隻がパトロールしてるみたい、そっちに向かったから気を付けてね』

『おおう、獲物が来たか。錬成の素材にしてくれようぞ香澄殿』

『調子に乗っちゃだめよ、麻子。こっちは心配しないで、みや坊』


 残り二十分を切ったところで、敵の太陽系を視界に捉えたみやび。肝心の惑星は質量も陸地面積も、地球と変わらないように思える。

 クジラを捕えようと敵が動き出す前に、更なる情報を集めたいみやび。衛星軌道まで接近ともう一回、瞬間転移を行ったらとんでもないものが見えてしまった。惑星の向こう側に、もうひとつの惑星が現れたからだ。


『宇宙儀には表示されていなかったわ、フレイ』

『レーダー波を吸収する、ステルス惑星と言ったところかしら、みやび』

『蛇の群れが集まって団子状態、そんな風に見えない? アリス』

『確かに、ファニー・マザー。宇宙のことわりを無視した、人工的な印象を受けます』


 そうこう言ってる間に真っ黒い惑星から、おびただしい数の触手が伸び始めた。その先端は正に蛇の頭。狙いは宇宙クジラなのか、捕獲しようと口を開け、こちらに迫ってくる。

 すかさず虹色魔法盾を展開したみやび、第一波は反射で蛇の頭を吹っ飛ばしたが、第二波からは反射できず盾を回り込んできた。


『物理無効を使ってる!?』

『お姉ちゃん、あの黒い惑星には意思がある、そう考えて間違いないでしょう』


 事前に祝福をかけていたから、被害は発生せず応戦する宇宙クジラ達。蛇の頭を寄ってたかってぺしぺしと、問答無用のテイルキック連打。

 双方とも物理無効だが、精霊の加護なる祝福が勝るらしい。外殻の組成を砕かれ破片が飛び散り、理科室の人体模型と化す蛇の頭。その状態では宇宙空間で肉体を維持できないのか、しゅるしゅると本体である真っ黒惑星に戻って行く。


『粒子砲を撃ったらどうかしら、みや坊』

『それだとクジラ以外の存在がバレちゃうわ、ファニー。それにあの惑星、質量で言えば相当な魔力量だと思う。万能攻撃で撃ち合ったら、魔力が枯渇した方の負けね』

『ブラックホールに放り込むのはどうかしら、みやび』

『実はもう試したのよ、フレイ。質量が大きすぎて今の私では無理』


 これがみやびの危惧していた、フレイアが憂いていた問題。そうこうしている内に敵の本星から、大規模艦隊が浮上し始めた。残り時間は五分を切っており、長居は無用と黄金船へ戻るみやびであった。


 ――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。


 精霊化を解除して、宇宙クジラ達に大好物の塩を与え、元の座標に帰してあげた任侠大精霊さま。今夜はメライヤが目覚めるまでに仕入れた、地球産と惑星イオナ産のお魚で握り寿司と相成った。


「イン・アンナとシャダイっちにぬっしーは良いとして、なんでこの私まで呼んだわけ? みやび」

「いえいえ、セラぽんセラフィムの話しを聞かないと、今後の戦略が立てられないのよ」


 ぶーたれながらもみやびが寿司下駄に置いた、コハダの握りを頬張るアンドロメダ銀河の大精霊さま。何やかんや言ってカウンターに座るのは嫌じゃないらしく、次は甘エビをちょうだいとご注文。このツンデレ大精霊めと、麻子と香澄がクププと笑っている。


「あの黒色惑星、一朝一夕いっちょういっせきで生み出せるもんじゃないわ。数百年がかりで惑星サイズに拡大した、そうでしょセラぽん」

「何かやってるなとは思ったけどね、みやび。私としては好きにさせていたの」


 何でまた信じられないと、呆れる黄金船チーム。

 だがセラぽんはガリを頬張りながら、こうのたまうのだ。彼らは安全な場所に避難させられハルマゲドン世界の終末が成就したら、新世界の統治者になり君臨できると考えているんだと。


「つまり選民思想よね、麻子」

「黒色惑星はハルマゲドンを実行する、人工のサタンかカルキってことね、香澄」

「ご明察、その通りよ二人とも。でも精霊天秤が破壊に偏った聖獣に、選民思想なんてありはしないわ。生きとし生けるもの、全てを滅ぼすでしょうね」


 それを分かっていながらどうして、人工聖獣の錬成を止めなかったのと、麻子も香澄も口を揃える。だがセラぽんの答えは単純明快だった。私が直接手を下さなくてもアンドロメダ銀河は、お馬鹿な連中によって消滅する、なんだそうな。


「六属性持ちならゲートを開けますでしょう。暗黒空間のフライドチキン星やミックスナッツ星はもとより、天の川銀河にまで被害が及ぶのでは? イン・アンナ」

「心配はご無用よ、ファフニール。その時は宇宙の意思として、私たちが始末するから。ねえシャダイっち、ぬっしー」

「そうだねイン・アンナ、破壊して惑星の素材にする、そうだろ? ぬっしー」

「質量からしてそうなるね、シャダイっち。あの規模だと魔力を蓄えるのに、膨大な魂を犠牲にしたはず。きっと良い素材になるよ」


 ははぁんと、半眼になりながらも寿司を握るみやび。大精霊たちの間では談合よろしく、話しはまとまっているらしい。だがそうはイカの姿造り、こっちは今のアンドロメダ銀河を存続させたいのだ。


「新しい太陽系の素材とするから、恒星の寿命は延長できない。前にそう話してくれたわよね、ぬっしー」

「そうだよみやび、何があろうともこればっかりは変えられない。あ、僕にマダイとスズキの握りを」

「そう言うからにはみやび、何か考えがあるのよね。あ、私にはネギトロ軍艦とウニ軍艦を」

「んっふっふー、聞きたい? イン・アンナ」


 寿司下駄に置かれた握りと軍艦を頬張りつつ、顔を見合わせる大精霊の面々。他のメンバーもみやびが何を考えているのか分からず、思わず手が止ってしまう。


「太陽である恒星にありったけの粒子砲をぶち込んで、超新星爆発を誘発させる。そうしたらあの太陽系は、敵本星も黒色惑星も、アンドロメダ銀河から消滅することになるでしょ」


 それは太古の昔、アマツ族とリンド族にアルカーデ族が、惑星イオナと地球へ脱出する事となった大惨事。それをみやびはやろうとしている訳で、大精霊の皆さんがお地蔵さんと化してしまう。


「あっははははは! これは傑作だわ」

「笑い事じゃないわよ、イン・アンナ。太陽系の再構築は私の仕事になるんだから」

「そうは言ってもセラぽん、アンドロメダ全体を作り直す事を考えたら楽だろう」

「ぐっ、それを言われたら身も蓋もないわ、シャダイっち」


 恒星の寿命延長は出来ないけれど、早める分には構わないさと、ぬっしーがアジの握りをご注文。背の青い魚で来たならイワシもお勧めですよと、アリスがにっこり営業スマイル。


「ところで私らがニックネームなのに、イン・アンナがそのままってのは気に入らないわね」

「ちょっとセラぽん、急に何を言い出すのよ」

「いやいやセラぽんに同意、僕らはもっとフレンドリーになるべきだ。君もそう思うだろ? シャダイっち」

「そうだな、ぬっしー。縦割り行政は良くない、横の繋がりは大事にしないと」


 充分大事にしてるじゃないと、眉を八の字にして緑茶を口に含むイン・アンナ。手にする湯呑みには、天空の女主人と書かれている。

 ちなみにぬっしーは大神おおかみ、シャダイっちは神霊しんれい、セラぽんは熾天使してんしだ。用意したのはアリスなんだが、最近どうも陶芸に目覚めたっぽい。


「私ね、前から考えてた愛称があるの、イン・アンナ」

「変なニックネームは御免被りたいわね、みやび」

「ううん、ぜんぜん変じゃないわよ。『イナンナ』、どうかしら」


 みやび亭に、虹色の祝福がキラキラと舞う。いったい何事と、テーブル席の乗員たちが目を白黒させている。効果は不明だが、イナンナが思わず発動してしまった大精霊の祝福だ。

 当のご本人は気に入ったようで、むふんと頬を緩ませ湯呑みを両手で包む。ぬっしーもシャダイっちもセラぽんも、によによしながら次の握り寿司をオーダーするのであった。

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