第647話 みやびの軌跡

 ――ここは蓮沼家、近衛隊の寮。


 ダイニングルームにホワイトボードを出し、マーカーを手にしてあーだこーだの栄養科三人組。それぞれの嫁とアルネ組にカエラ組も加わり、ちょいと盛り上がりを見せていた。


 内容は惑星イオナの現状と今後の展望についてで、非番の近衛隊と辰江にマーガレットも参加。昨日は大川通り商店街で食べ歩きを満喫した、メイド五人も呼ばれテーブルに座っている。


「パルマ国は首都機能が回復して、ミハエル皇子が新生パルマ公国の王になったわ。植物学者さんだから、きっと有数の農業国になるわね、麻子」

「地域紛争はシリウス皇子が率いる、帝国騎士団で対応できているわ、香澄。西大陸のメリサンド帝国は、盤石な体制に入ったと言えるわね」


 マーカーでキュキュッと、今までの懸案事項と進捗をまとめていく麻子と香澄。そんな二人の筆跡は、東大陸のモスマン帝国と、南海に浮かぶ大陸シーパングへと移っていく。


「モスマン帝国も食糧危機から完全に立ち直ったのですぅ、アルネ」

「そうねローレル、もう東大陸のモスマン帝国に憂いは無いでしょう。カルディナ陛下とアムリタ陛下の結婚式が楽しみだわ」


 二人は領事としてモスマン帝国の首都マッカラに赴任していたから、宰相シャメルや紅貿易公司との交流もあり、感慨もひとしおであろう。

 だが両陛下の婚姻によって、東大陸と西大陸の帝国はひとつになる。結婚する当のご両人はのほほんとしているが、家臣達にとっては法律の見直しやら何やらで、しっちゃかめっちゃかなのは言うまでもない。 


牡丹ぼたん菖蒲あやめあおいはもう自分で、創作料理を作れる程の腕前になっているわ。そろそろ京の都に戻すべきなのかしらね、ティーナ」

「三人を戻せば桔梗さまは陽美湖さまから、左大弁という重職を命じられる事になっているでしょ、カエラ。月夜見つきよみさまとのイチャラブ新婚生活に、水を差すことになりはしないかしら」

「あ、言われてみれば確かに」


 それであの三人は空気を読んで、エビデンス城に居座ってるのねと笑うカエラ。もちろんお料理に対する探究心もあるだろうけど、今は敢えて帰国を伸ばしているのでしょうとティーナも笑う。


 そこんところは本店を預る妙子さんも把握しており、陽美湖と桔梗が何か言って来ない限りはそのままにするつもりのよう。これはローラン共和国から預っているお針子姉妹の、サルサとアヌーンも同じ。


「スミレにパウラとナディア、アスカにハンナも、そろそろ交代の人選に入らないとね、みや坊」

「スオンが増えたからそっちは何とかなるかな、ファニー。問題はマシューよ、どうしたもんかなぁ」


 二人の会話に噂のてんこ盛り料理人ねと、フレイアが早く会って……もとい食べてみたいわとティーカップに手を伸ばす。だが近衛隊もメイドも分かっているから、難しい問題ですねと顔を見合わせる。


 どうしてもてんこ盛りが全面に出てしまうけれど、マシューはそれだけじゃないのだ。最初は枢機卿領へ派遣され、次は自ら志願しアルカーデ共和国へ。動物性食品を口に出来ない、聖職者向け料理のオリジナルレシピは数知れず。

 ゆえに法王さまとアーネスト枢機卿にミーア大司教が、次は私の所へ派遣してもらおうと狙っているのだ。てんこ盛りマシュー、聖職者からは何気に大人気。


「戦争孤児の中には、教会料理人を希望する子が何人もいます。マシューの補佐として、帝国城に送り込んだらいかがでしょう、ラングリーフィン」

「それナイスアイディアだわ、アルネ。カルディナ陛下に話しを通すから、準備をお願いしていいかしら」


 お任せ下さいと、にっこり微笑むアルネ。彼女も貫録が出て来たわねと、目を細めながらファフニールはホワイトボードを眺める。そこにはみやびがエビデンス城に来てからやらかした、いや惑星イオナを導いた、途方もない数の奇跡が並んでいた。


 ――ここはエビデンス城の蔵書室。


 チェシャが巫女戦記の第一巻を開いて、読みながらコロコロと笑っていた。扉の外からも聞こえる程で、彼女がそんな風にくだけるのは珍しい。

 そこへどうかしたのと、お盆を手にした妙子がやって来た。鶏の軟骨入りミートボールをいっぱい作ったからと、付き合いの長い聖獣へ差し入れに来たもよう。


「事実を曲げることなくありのままに、正確に書き残すのがクロニクル・ライター年代記作家でございますにゃ、妙子さま」

「んふふ、巫女戦記はオルファの想像力と妄想力で、色々と脚色されているわね」


 そう言うからには、妙子も最後まで読んだってことだ。

 しかしですにゃと、チェシャは箸をくるっと回した。こうして脚色された物語こそが、神話伝承になりやすいのではと。


 それはあるかもねと妙子は巫女戦記を手に取り、とあるページをめくる。それはビュカレストの市場でアルネを助けるため、みやびが蓮沼流喧嘩殺法でアイザックをこてんぱんにした場面だ。自分もレベッカも関わっており、ちゃんと登場人物に含まれている。


「でもみやびさんが顔を蹴ったのは一回よ、十回も蹴ってないわ、チェシャ」

「にゃはは、それこそ脚色でございますにゃあ、妙子さま」


 大精霊の巫女に選ばれし存在が持つ御業みわざの、片鱗を強調するためオルファはアイザックをダシに使い尾ひれを付けたのだ。人相が分からなくなるほど、ボコボコに蹴ったと。

 ただし作中ではみやびがアイザックに養殖事業を任せ、その功績をもって爵位を授ける辺りは事実に基づき描かれている。


「神話伝承には、何かしら事実が隠されているもんですにゃ、妙子さま」

「あら、チェシャが年代記作家として綴った記録の方が、歴史的に価値があるのではないかしら」

「にゃはは、だからこそ戦争に勝った側は、その記録を焚書ふんしょするのでございます。自らを正当化する上で、その国に伝わる正しい歴史は邪魔でしかありませんから」


 チェシャは軟骨入りミートボールを頬張り箸を置くと、傍らにあるデスクの引き出しから手帳を取り出した。付箋の付いたベージを開き、彼女はその一節を妙子に指し示す。


 “世界の均衡は崩れ、大地は荒廃し、民心が乱れたる時。

  大精霊の使者は来たる。

  大精霊の巫女として大精霊のわざを成し、大精霊の意を代弁す。

  使者は世界の統治者を選び、権威と力を与えたもう。

  その使者、無属性なり。

  八花弁の紋章を戴く、明けの明星、宵の明星なり”


「ここに『使者は世界の統治者を選び、権威と力を与えたもう』とあります。みやびさまが今までやらかしてきた行動は、古文書が伝える通りと思いませんかにゃ? 妙子さま」


 大精霊の巫女であるみやびが辿った道は、奇しくも古文書の通りである。だがその気になれば彼女は、惑星イオナを掌握し覇者になれたはずとチェシャは言う。


「カルディナ陛下もアムリタ陛下も陽美湖さまも、みやびさまが頂点に立つならと無条件で受け入れたはずですにゃ。法王さまとアーネスト枢機卿にしても、反対など致しますまい。

 けれど、にゃはは。あのお方は惑星イオナに君臨せず、統治をお三方に任せたのでございます。古文書の通り世界の統治者を選び、権威と力を与えましたにゃあ」


 みやびが優秀な指導者であることは、妙子に限らず誰もが認めるところ。けれど彼女はただの一度も、てっぺんに立とうとはしなかった。

 それは宇宙に飛び出しても変わらず、統治するに相応しい人物を選び、その後押しに終始している。キラー提督然り、マクシミリア陛下然り、ラカン星は従来政権を保つ方向で支援している。


「みやびさんは個々の惑星にこだわっていないわ、チェシャ」

「あのお方が見据えているのは、宇宙全体ではありませんかにゃ? 妙子さま」


 そうかもねと、妙子は巫女戦記をチェシャに返した。だいぶ誇張はされているけれど、人々の記憶に残り語り継がれるでしょうねと笑いながら。


 お料理を世界に広めようと一緒に決めた目標は、今だって一ミリたりとも変わっていないと妙子は確信している。ただそれがロマニア侯国から惑星イオナ全体に、そして今では宇宙にまで広がっている。

 惑星間鉄道もお料理を広める一環ねと、妙子は気付いていた。いつかは天寿を全うし、みやびも自分たちも精霊になる。瞬間転移や亜空間倉庫が使えるのは、みやびが生きている間の話し。それまでの期間は数十年とあまりにも短く、料理を広める布石としてみやびは打ち出したのだろうと。


 それにしてもと、妙子は思わずクスリと笑ってしまう。

 正しい精霊信仰を世に普及させるのが根底にあるわけだが、それを実現する手段としてみやびはお料理を広めているのだ。そんな手法を思い付いた精霊が今まで存在しなかった事は、アケローン川の会食ではっきりしている。


 任侠の徒であるみやびがお料理を広め、宇宙で食前の祈りを捧げましょうと誘う。そんな堅苦しい話しではない、日本人なら頂きますとご馳走さまでいいのだ。その祈りが糧を与えてくれる精霊という名の、神や仏に対する感謝になっているならば。


「妙子さま、何やら楽しそうでございますにゃ」

「何でもないわ、チェシャ。そう言えば少し前に、エレオノーラ菊池の嫁とシモンヌがヤイズ港から戻ったのだけれど」

「ほう」

「アマダイがいっぱい入荷したわ」

「ほうほう」

「その中にね、白アマダイが一尾だけあったの」

「ほうほうほ……にゃんですと!」


 日本に於いてアマダイは、赤アマダイ・白アマダイ・黄アマダイの三種類が食用として珍重される。黄アマダイは漁獲量が少なく、ほとんど流通しない。赤と白はキロ当たり一万円が相場で、関東じゃ超が付く高級魚と言えるだろう。

 赤と白の味に差は無いと言う人もいれば、うんにゃ白の方が上だと主張する食通もいらっしゃる。割烹かわせみの華板も白を推す派で、チェシャも白が好きだからこの時ばかりは目の色を変える。


「妙子さま、若狭わかさ焼きで……」

「いいわよ、チェシャに取っといてあげる。みんなにはナイショね」


 若狭焼きとはアマダイや子ダイを、ウロコが付いたまま塩焼きにする調理法。何でまたウロコまでと思われるかも知れないが、アマダイのウロコは焼くと反り返り、パリパリ食感で美味しいのだ。

 しっとりとした身と、パリパリしたウロコのコラボ。そこをリクエストして来る辺りは、チェシャも中々の食通さんってことね。

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