第645話 アメロン星で墓荒らし(5)

 みやびが錬成した四属性の土偶ちゃんは、全部で二百二十八体。もちろん小型反重力ドライブを搭載し、虹色コーティングを施した最新鋭だ。

 ただし愛妻ファフニールの影響か、四割ほどが水属性になってしまうというハプニングも。てへぺろと頭に手をやったみやびであるが、狙った属性を生み出すのが今後の課題と言えるだろう。


 そうは言っても成功率は百パーセントで、フレイアがうわぁと舌を巻いたのは言うまでもない。ゲイワーズが聞いたら再起動どころか、一度ぷちっと強制終了しなきゃ立ち直れないかも知れない。


「他の陵墓はどうしましょう、流星を待って全部開封します? マクシミリア陛下」

「いいえみやび殿、土偶ちゃんは同属性の者でなければ起動できませんでしょう。タコバジル星で活動するスオンへの配分が確定するまでは、保留ということで」


 それは確かにと頷く、みやびと黄金船のメンバー達。

 アメロン船団に戻り閣議を召集して、属性マッチングの検討が必要ですと、サッチェスは湯呑みに手を伸ばした。水属性の土偶ちゃんが多いもんだから、配分で揉めると踏んでいるようだ。


 今は数がなくて提供できないが、レールガンを装備すれば頼もしい戦力となる。麻子組と香澄組が土偶ちゃん同士の模擬戦を披露したから、その強さはマクシミリアもサッチェスも重々承知している。 

 大気圏内でも宇宙空間でも戦える土偶ちゃん。閣議で属性マッチングと言えば聞こえはいいけれど、水属性以外、つまり残り三属性の取り合いになるってことね。


 そんなわけで墓荒らしチームはいったん店仕舞いして、ヒュスト城へ帰還することと相成った。ところが戻ってみれば城内はえらい騒ぎになっており、マクシミリアが家臣団に取り囲まれ質問攻めとなってしまった。


「お嬢さま、いえ陛下、領邦国家群とは一体何なのでしょうか!」

「狭い土地を奪い合っていた、情けない国々ですよ。それを助けると仰るのですか? 納得できません」


 ありゃまあと、顔を見合わせる栄養科三人組と嫁たち。アルネ組とカエラ組にメイド五人も、どうしたもんでしょうと思案顔。

 だがそこはサッチェス、謁見の間で明らかにしますと、マクシミリアの手を引き家臣団をけむに巻いた辺りはさすが。


「コスモ・ペリカンを追ってきたムシューラ達といい、マクシミリア陛下の行動が漏れてるような、そんな気がしない? フレイア」

「そうねファフニール。これはあくまでも私の勘だけれど、所属する国は違ってもキリン族は親戚同士、つまり一枚岩ではないかしら」

「一族を存続させたい……か、でも国主からすれば情報漏洩は重罪だわ。私がその立場だったら、同胞を罪に問えるかしら」


 目を伏せるファフニールの肩に、フレイアはそっと手を添えた。国主である以上は例え一族の長でも、身内を贔屓ひいきするなんてことは許されない。だからこそフレイアは、国主と族長を兼任するファフニールに、貴方を尊敬していると言ったのだ。


「その答えをくれる人が、一番近くにいるじゃない。そして私も、何があろうと貴方の味方よ」


 微笑むフレイアが、チームを集めて作戦会議を始めたみやびに視線を向けた。こういう重苦しい雰囲気はドンチャン騒ぎで吹っ飛ばそうと、謁見の間を宴会場にするつもりらしい。


 ワインの樽を出すようだが、今この国では禁酒令が出ていたはず。食糧を優先するべきで、穀物をお酒にするなどもっての外、城がそんな風潮に支配されているのだ。


「みやびは自分が悪者になって、場をごった煮にするのでしょうね、ファフニール」

「その原動力は正しい信仰ありきで家臣と領民の幸せ、責任を問い紛糾する場にはしたくないのでしょうね、フレイア」


 領民あっての王侯貴族、その領民を守れないようでは国主や領主たる資格は無い。そのおかみが民を守れないのであれば、法に反してでも自分が守る、それが任侠の本懐であり生き様だ。


「みやび殿、ここ、これは酒ではないか!」

「ロマニア侯国が誇る自慢のワインよ、上皇陛下」

「我が国はいま禁酒を発令中なのだが」

「でも初代皇帝の陵墓、十字架の台座にはこう書いてあったわ。『めでたい時は酒を飲み、大いに語り喜び合い、歌って踊れ』と」


 今がめでたい時なのかと眉尻を上げる上皇に、落ち着きなさいと上皇后が遮った。彼女はみやびの話しを聞くべきですと、家臣達に向かって声を上げたのだ。

 アルネ組とカエラ組にメイド五人が、皆の杯にワインを注いで回り始めた。運動会テントでは麻子組と香澄組が、オードブルを量産している。


「マクシミリア陛下が領邦国家群の盟主となるのです、惑星イオナでは国を挙げてのお祝いになるのだけど」

「その盟主というものがよく分かりませんの、みやび殿。教えて頂けないかしら」

「大小国家を束ね帝国連合の頂点に君臨する、キング・オブ・ザ王の中の王・キングスです、上皇后陛下。帝国全体の憲法を司る存在であり、軍事に於いては全軍の大元帥でもあります」


 最初にどんな法律を発布したいかとみやびに問われ、マクシミリアは迷わずこう答えた。皇帝の許可無く戦争を行うのは禁止、従わなければ廃国にしますと。

 室内のあちこちから、おおうという声が聞こえてきた。盟主とはいったいどんな存在なのか、家臣達もようやく理解できたようだ。


「しかし他の国々へ情けをかける必要はあるのか? マクシミリア」

「情けは人の為ならずと言うではありませんか、お父さま」


 心ある者ならば、情けをかけてもらえば恩を返そうとする。それが良い報いとなって、自分に戻って来るという意味だ。お前も言うようになったなと、上皇は目尻に皺を寄せた。


「キリン族は国を越えて手を取り合い、マクシミリア陛下が盟主となるようお膳立てをしてくれました。皆さんはこの慶事を、国を挙げて祝うべきなのです」


 そんなみやびのセリフに、成る程そう来ましたかと笑ってしまうファフニールとフレイア。これではキリン族による情報漏洩を、上皇も家臣も罪に問えなくなる。

 見ればそのキリン族が身を小さくしていた。恥じているのだろうし、猛反省しているのは間違いない。これがみやびの出した答えであり、無言の裁きと言えよう。


「ほらね、一番近くにいる人が答えをくれたじゃない、ファフニール」

「ほんと、みや坊がいてくれるから私は国主と族長を両方できるのだわ、フレイア」


 そんな二人の愛するみやびが、僭越せんえつながら私が音頭を取らせて頂きますと、乾杯の声を上げた。各テーブルには大皿が置かれ、巻き寿司といなり寿司、フライドチキンにフライドポテト、各種焼き鳥に春巻き、焼売に出汁巻き卵と、手で摘まめるものばかり。


「どれもこれも美味いな、マクシミリア」

「タコバジル星に移住すれば、これが当たり前になります、お父さま」

「あなた、領民にも禁酒令の一時解除を。それと移住の準備をそろそろ始めるよう、領内に公布しなければなりませんね」

「……そうだな」


 上皇は実のところ、アメロン星に骨を埋める気でいた。だがみやび達の料理を口にして、しかもメイド達だって作れると聞き、心が大きく揺らいでいるもよう。

 自分が居残れば妻や執事、世話をする小間使いや下男の果てまでを道連れにしてしまう。そこにも罪悪感が生じ、彼を悩ませていた。


「何か心配事でも? 上皇陛下」


 みやびからワインの入ったデキャンタを向けられ、杯を持ち上げる上皇。この人に相談したら何か答えをくれるだろうかと、彼は思い切って心情を話すことにした。良くも悪くも人たらしを発揮してしまう、任侠大精霊さまである。


「農民が耕作地に縛られるのは仕方ないけど、王侯貴族が領地に執着するのは考え物だわ。私が生まれ育った日本では、昔はお国替えなんて珍しくなかったし」

「しかしみやび殿、移住先が思ったような土地でなかった場合、後悔する事もあるのではなかろうか」

「そうね、私の国では有名な、徳川家康公のお話をしましょうか」


 このテーブルに着いているのは上皇と上皇后、マクシミリアとサッチェス、そしてみやびと嫁二人。給仕係りとしてアリスが、お盆を手にふよふよ浮いている。誰もがみやびの話す、戦国武将の領地運営に耳を傾けた。


 豊臣秀吉は天下統一を成し遂げると、家康に関東へのお国替えを命じ、江戸に本城を築けと言ってきた。

 三河・遠江・駿河・信濃・甲斐を召し上げる替わりに、武蔵・伊豆・相模・上野・上総・下総・下野・常陸の関八州を与えるというお達し。


 石高は上がるから家康の面目は保たれただろう。だが当時の江戸は低湿地帯がどこまでも広がる、寒村しかない未開の地であった。しかも政治経済の中心である京の都から遠ざけられ、傍から見れば左遷もいいところ。


 本城を築くなら自然の要害となる、小田原や鎌倉であろうと家臣達は思っていた。ところが家康は秀吉から言われた通り、江戸城を築くと決めたのである。これには家臣団も、さぞやびっくりしたことだろう。


 当時は皇居の辺りまでが海で、家康は湿地帯と合わせて大規模な埋め立て工事を敢行した。それが今の日比谷公園や新橋周辺であり、更に普請を進め現在の東京都となる元を生み出したのである。農耕地を増やし領地を拡大した家康には、先見の明があったと言えるだろう。


「だから考え方次第なのよ、上皇陛下。住めば都ではなく、本当に都へと変えてしまう、王侯貴族の腕の見せ所ってね」

「いやはや、そんな武人が実在したとは驚きです、みやび殿。私も引っ越しの荷造りを始めるとするか」

「あら、アメロン星に居残るのはお止めになるのですね、あなた」

「こんな話しを聞かされたら、移住が楽しみになってしまうではないか」


 できれば両親をタコバジル星へお連れしたい、頑固なお父さまを縄で縛り付けてでも。もちろん口に出しては言わないけれど、そんなマクシミリアの願いもみやびは見抜いていた。見事にまとめちゃったわねと目を細め、ワインに口を付けるファフニールとフレイアであった。

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