第644話 アメロン星で墓荒らし(4)

 外に出た途端、一瞬にしてバスタオルが凍り付いた。濡れた髪もカチカチでこりゃいかんと、みやびにアリス、麻子とティーナが、火属性の力で熱波を出す。そこへみんなが寄って来るもんだから、ぎゅうぎゅうの押しくらまんじゅうに。


「ふひぃ、極楽」

「ちょっと陛下、時間が無いのですから早く二重十字架へ」


 そんなこんなで団子状態のまま、陵墓の入り口に移動したみやび達。マクシミリアが十字架の台座に手をかざし、代々伝わる言霊スペルを唱え始めた。

 すると台座が淡い光を発し、シュバイツ家の紋章が浮かび上がる。王冠の左右にサポーターとして、スフィンクスが配置された構図だ。


「お姉ちゃん、彗星が来ました」

「おおう、これは壮観な眺めだね、アリス」


 長く尾を引く彗星が、次から次へと夜空を横切り消えて行く。すると紋章が頭上まで上昇し、台座がゆっくりと奥側へスライドを始めた。そこに現れたのは石造りの下り階段で、何気に冒険心をくすぐってくれる。

 だがそんな悠長な事を言ってる場合じゃない。虹色魔法盾をドーム状にして階段を塞ぎ、コスモ・ペリカンのお風呂へと走るみやび達であった。


 ――翌朝。


「サポーターだからシュバイツ家のガーディアン守護者なのよね? サッチェスさま」

「古い言い伝えですが、豪雨による洪水を察知したスフィンクスが、民を高台へ導いたとされています」


 焼きシャケを頬張る麻子と香澄の脳裏には、いつもだーだー言ってるメアドが思い浮かんでいた。サッチェスの話しによると、人語を話すスフィンクスは昔から希に現れるんだそうな。

 帝国の紋章に使われるくらいだから珍重されるが、たまたま群れからはぐれたスフィンクスをメライヤが拾ったらしい。言葉を話すようになったのは、名前を付けてもらってからなんだとか。


「メアドって、ここでは天然記念物みたいな存在なのね、香澄」

「そうなのだー! 敬意を持って接するのだー! とか言いそうね、麻子」


 香澄の口真似がそっくりで、アルネ組もカエラ組もメイドらも、思わず手を叩いて笑っちゃう。何やかんや言って、だーだーメアドは人気者である。


 今朝は焼きシャケにナスの酢味噌和えと豚こまの野菜炒め。これにタクアンと、ジャガイモがごろごろ入ったお味噌汁の品揃え。酢味噌は甘めに仕上げており、揚げたナスとの相性は抜群でご飯がもりもり進んじゃう。


「ところで陵墓内での明かりはどうするの? みや坊」

「これで行こうかと思って、麻子」

「ちょちょっ、それ照明弾じゃない!」


 みやびが室内に浮かべた青白い玉は、まごうことなき照明弾。

 サングラス持って来てませんと慌てる面々だが、みやびがだいじょーぶだいじょーぶと箸を四拍子に振った。どんな仕様か知っている、ファフニールとアリスがくぷぷと笑っている。


 そこで照明弾が発動したわけなんだけれど、ぜんぜん眩しくなかったりして。広配光のLED電球みたいで、少なくとも眼球にダメージを与えるようなものではない。これってどういうことよと、麻子も香澄もテーブルから身を乗り出してみやびに説明を求めた。


 そんなわけでみやびの種明かしタイム。

 フレイアがこんな使い方もあるのよと教えてくれた、光量を抑え持続時間を長くしたバージョンなんだとか。しかも術者の頭上にあって、ふよふよ付いてくるんだそうな。アリスとフレイアの三人で出すから充分明るいでしょうと、タクアンをぽりぽり頬張る任侠大精霊さまである。


 朝ご飯をしっかり食べて、昨夜の階段に集まったみやび達。被せていた虹色魔法盾を解除し、ワクワクドキドキで内部へ降りて行く。


「マクシミリア陛下、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「何でしょう、アルネ殿」

「台座を動かす条件は厳しくとも、この規模の陵墓です。横穴を掘って盗賊に侵入される可能性は?」

「当然の疑問ですね、しかしその心配は要りません。正しい手順で台座を動かさないと、ひつぎのある玄室げんしつには辿り着けないのです。内部構造が変わると言いますか、陵墓全体が巨大な迷路と言いますか」


 ほらあそこにと、マクシミリアは人差し指を向ける。その先には朽ち果てた骸骨が、数体転がっていた。服装や所持品から、どう見ても皇族関係者とは思えない。もとよりシュバイツ家に、殉葬じゅんそうの習慣は無いですとサッチェスが付け加えた。

 殉葬とは亡くなった王の臣下や妻などが任意に自殺し、あるいは強制的に自殺させられ、墓へ一緒に埋葬されること。そんな非道なことはしません、眠っているのは崩御された皇帝のみですと、マクシミリアもサッチェスも口を揃えた。


 つまりこの亡骸は不法侵入した、盗賊どもの成れの果てってこと。迷路の中を彷徨い脱出することが出来ず、水も食料も尽きて餓死したのだろう。


「この通路、台座を動かさなければ行き止まりなのですよ、アルネ殿。同様に特定の石畳を踏むと壁の両脇から槍が出て来たり、マグマがたぎる落とし穴が開いたりします」

「だ、台座を正しく動かす重要性が、よく分かりました、マクシミリア陛下」


 源三郎さんが見たら喜びそうだよねと麻子が、んな訳あるかいと香澄がピーチクパーチク。人命に関わる迷路はちょっとと、ティーナもローレルもへにゃりと笑う。

 階段を降りてからは登りや下りの勾配があるものの、ずっと一本道であった。これが台座を元に戻すと、トラップ付きの巨大迷路と化すわけだ。


「ねえ麻子、いま私の肩たたいた?」

「うんにゃ、なんもしてないよ、香澄」

「お待ちください、香澄さまの肩に何か付いてます」

「うっそ! 取って取ってカエラ」

「そう言われましても、どうやって取れば良いのやら」


 騒然となるみやびたちだが、マクシミリアとサッチェスは平然としている。そして気が付けば壁や床の隙間から、にゅるにゅるとした物体が現れ始めた。赤とか青とか緑とか黄色とか、伸びたり縮んだりしながら迫ってくる。


 メイドを除くみやび達が魔方陣を展開したその時、マクシミリアがお待ちくださいと割って入った。そんな彼女にもにゅるにゅるが、天井から頭へ落ち、足からも這い上がっている。


「皆さん、これは敢えて導入しているスライムなんです」

はいみやび?」

うっそ麻子

まさか香澄


 光に釣られて集まったのでしょうねと、サッチェスがクスクス笑っている。そんな彼女もスライムまみれなんだが、どうやら人に危害を加える生命体ではないっぽい。


「敢えて導入ってことは、何か理由があるのよね? マクシミリア陛下」

「菌類が主食で、特にカビを食べてくれるんです、みやび殿。陵墓のお掃除役なんですよ」


 そういや菌類を食べる益虫のテントウムシもいたなと、みやびは源三郎さんから教わった農業雑学を思い出す。だがそのスライムたちが、どうして自分たちに張り付いて来るのかが分からない。


「香澄さま、顔に付いたスライムは剥がさないで下さい。久しぶりの人間で、ご馳走に有り付いているのです」

「ご、ごごご、ご馳走って何のことかしら、サッチェスさま」


 今にも泣きそうな香澄の顔に、赤い奴が吸い付いている。なんでも人間の皮脂や角質層が大好物なんだそうで。黄色い奴がブーツの中に入り込み、麻子がこちょばゆいと身をくねらせる。


「娘時代は私、ソバカスだらけだったんですよ。それがスライムで綺麗さっぱり治りましたの。美肌効果がありますから、剥がしたらもったいないですよ、香澄さま」


 ソバカス美人であるレアムールの瞳が、キラリンと光った。メガネを外すやその辺にいるスライムを、ペタペタ顔に貼り付け始めちゃった。


「ふむ、生きたお掃除生命体か」

「何の話し? みや坊」

「黄金船でお掃除の役に立たないかなってね、ファニー。お風呂の浴槽や洗い場、キッチンのシンクとか、ヌメリが出る所に良さそう。浴室だったらお肌をつるつるにしてくれそうだし」


 餌が豊富ならどんどん分裂するから、何匹か持ち帰っても構いませんよと、にっこり笑うマクシミリア。分裂して増えるんだと、香澄の顔がヒクついている。

 にゅーんと伸びて広がったり、まん丸になったりと形を変えるスライムさん。丸くなったところをアルネ組にカエラ組とメイド達が、手で転がし遊んでいる。そんな彼女らも全身スライムまみれなんだが。


「こりゃメタルスライムとか、いるのかしらね、香澄」

「どこのゲームの話しよ、麻子。でも個人的にはさ、倒す前に逃げられると腹立たしいのよね」


 やはり伝家の宝刀、快心の一撃だわさと、しょうもない話しで盛り上がる麻子と香澄。古いファミコンゲームがスマホ用にリメイクされているから、二人ともそこそこ遊んでいるのだろう。

 そんなこんなで棺のある玄室に到着した、正規? の墓荒らしご一行様。相変わらずスライムまみれではあるが、慣れれば可愛いものである。

 マクシミリアが扉の紋章に手をかざすと、観音開きの扉が内側に音も無く開いた。中に足を踏み入れたみやび達の目に映ったそれは、豪華絢爛な調度品や装飾品の数々であった。


「壺や食器類、図柄が見事だし手が込んでるよね、麻子」

「ベッドや椅子は金箔を張り付けてるみたいね、キラキラしてるわ、香澄」

ひつぎには手を出さないで下さいね、みやび殿」

「もちろんよマクシミリア陛下、死者の寝床まで荒らしたりはしないわ」


 エジプトのピラミッドも墓荒らしが無ければ、こんな感じかしらと見て回る麻子と香澄。圧巻なのは等身大の兵士像が、壁際にずらりと並んでいること。

 鎧兜や手にしている剣も盾も本物で、スライムが錆びないよう腐食を防いでくれるんだそうな。菌類が主食と言うだけで、金属のサビもご飯になっちゃうらしい。


「そうそう、大事な事を言い忘れていました。スライムをペットとして扱えるのは、正しい信仰が大前提ですからね、皆さん」

「それってどんな意味で? サッチェスさま」

「悪しき信仰の徒に対しては攻撃的になるのです、香澄さま」


 消化液を吹きかけて相手を溶かし、餌にしてしまうとサッチェスは笑う。いやそれ笑い事じゃないでしょうと、ドン引きしちゃうみやび達。こりゃ少なくとも地球には連れて行けないなと、遠い目をする任侠大精霊さまであった。

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