第643話 アメロン星で墓荒らし(3)

 領邦国家群は惑星イオナに於ける、メリサンド帝国の国家形態だ。地球で言うなら中世に於ける神聖ローマ帝国に近く、皇帝を盟主とする大小国家の連合体。


「マクシミリア陛下を盟主と認めることが出来たら、あなた方は救われるのだけど、ムシューラ」

「みやびさま、それはどういう意味でしょうか」

「新天地となる惑星が決まり、いま開拓の真っ最中なの。無理して船を手に入れ、苦労して星探しをする必要がなくなるわ」

「な、それは本当ですか!」


 そこから先をみやびは口に出来ない。

 決定権を持つのは盟主と成り得る、マクシミリアその人だからだ。彼女がうんと言えばムシューラ達は、領民を引き連れタコバジル星への移住が可能となる。


 メリサンド帝国がどんな国家かは今までの付き合いで、理解しているマクシミリアとサッチェス。カルディナ陛下が西大陸に於いて諸国をまとめ上げたように、その責務を負うかという話しだ。

 もちろんお断りの選択肢だってある。シュバイツ家が他国に対し、ましてや狭い土地を巡りドンパチやってた国々に、手を差し伸べる義理は無いのだから。


 マクシミリアがみやびを見て、次にサッチェスを見た。私がここで決めてもよいのかという無言の問いかけに、二人とも口を挟むことなく黙って頷く。麻子と香澄に嫁達も、静かに成り行きを見守っている。

 小学校四年生くらいの女子に、その判断を委ねるのは酷かもしれない。それでも皇帝という肩書きを持つ以上は、避けて通れない道だ。彼女も腹を括ったようで、改めてムシューラ達に顔を向けた。


「帝国という枠組みの中で、大小国家が独立を保ち協力し合う、それが領邦国家群です。ただし立法府の長となるのは、皇帝であるこの私。それを認められるか、決断して頂くことになります。

 反対する王侯貴族は必ず出て来るでしょう。しかしそんな頭の固い連中は、滅び行くアメロン星と運命を共にすればよいだけ。今直ぐにとは言いません、国元へ戻りよく話し合って下さい」


 サッチェスはもちろん栄養科三人組と嫁のみんなが、よくできましたと満面の笑みを浮かべた。もちろん口に出しては言わないが、ムシューラ達に臣下の礼をとらせたのだ、満点回答であろう。


「予備のゴンドラがあって良かったわ。これはお国に着いたら空腹のキリン族に食べさせてあげて、もちろんムシューラ達も食べていいのよ」

「この包みは食べ物なんですね? みやびさま」

「んふふ、おにぎりって言うの。凍らないようお腹に巻いておくといいわ」

「あ、それで包みに紐が付いているのですね」


 極寒の地では、外気にさらせばおにぎりだって凍っちゃう。食べるに食べられなくなるからと、栄養科三人組のちょっとした心配り。ゴンドラに食料を満載し、飛び立つ彼らを見送るみやび達である。


 シュバイツ家の陵墓りょうぼ合祀ごうひもあるが全部で十二カ所。どれから行きましょうかと地図を広げ、テーブルで額を寄せ合う首脳陣。比較的新しい方が埋葬品は豊富だとサッチェスが言うので、ならば十三代と十四代が合祀されているこの陵墓ねと話しはまとまった。


 その頃アルネ組とカエラ組は、メイドと一緒に野営の準備を始めていた。とは言ってもコスモ・ペリカンの格納庫内に、テントを張ってるわけなんだが。

 夜はマイナス三十度を下回るなんて当たり前の世界。竜族とリッタースオンは暑さ寒さに耐性を持つけれど、陛下と首相にメイドらはそうもいきませんので。


「本来なら黄金船や亜空間倉庫で過ごせますのに、付き合わせる形となり恐縮です、みやびさま」

「いいのよサッチェスさま。開封の儀式とやら、私たちも見学してみたいの」


 どの陵墓も入り口には二重十字架が立ち、支える台座を動かさないと中に入れない魔力鍵がかかっているらしい。その台座を動かす条件が、シュバイツ家の血筋であることはもちろん、夜空に流星が流れる瞬間なんだとか。


 なんて運任せと言うか出たとこ勝負、まあ墓荒らし対策としては完璧とも言うが。

 今の時期になると流星群が頻繁に出現するからこそ、マクシミリアは事を急いだのだろうとサッチェスは話す。そんな訳でコスモ・ペリカンの窓から流星群が確認できるまで、中で暖をとるって寸法だ。


「それじゃよろしくね、秀一さん」

『任せてくれ、みやびさん。みんなと交代で流星の観測をしよう、兆しがあったら連絡するから』


 衛星軌道上にいる秀一たちにも協力を要請し、万全の体制を整えた任侠大精霊さまがむふんと笑う。みやび亭のメンバーが不在となるわけだが、もとより古参のメイドたちだ、お品書きにある料理はだいたい作れるから心配はしていない。

 キッチンにあるダイヤモンド通信で食材のリクエストがあれば、亜空間倉庫から転送するだけ。冷凍食材の解凍と加熱調理は、ゲイワーズをはじめとした火属性の竜族が請け負ってくれたから何とかなるだろう。


「これは何というお料理なのですか? 麻子さま。鍋の中に仕切りがあるなんて、初めて見ました」

火鍋ひなべって言うのよ、サッチェスさま。仕切られてる白い方が白湯ぱいたんスープ、赤い方が麻辣マーラースープなの」


 見た目から察するに赤い方は辛いのですよねと身構えるサッチェスに、そりゃもちろんと笑う麻子。寒い時は辛い方が食欲湧くのよと、麻辣スープの味を見て豆板醤を追加。赤い色が更に赤味を増し、鍋が白と赤の対極を成す。


 中国発祥の鍋料理だけれど、その起源は定かではない。広いお国柄なのか、肉が主体、魚介類が主体、きのこが主体と、地域性がある。麻子が手がける火鍋はもう何でもありで、ザルに用意された具材は様々。内臓肉も入れるのですねと、野菜を切る五人のメイドが感心しきり。


「牛バラのスライスはしゃびしゃぶみたいな感覚? 麻子」

「そうそう、しゃぶ、しゃぶ、しゃぶとスープの中で三回泳がせる感じね、香澄」

「肉と魚介類と野菜にきのこ、スープに色んなお出汁が出るわね、麻子」

「むっふっふ、〆はご飯を投入しておじやにしよう、みや坊」


 ひとつの鍋を四人から五人前とし、テーブルを囲むみやび達。自分が好きな具材を選び鍋に入れるスタイルだから、給仕は不要なのでメイド達も席に着く。


 食前の祈りを捧げてさあ実食。こちらは陛下と首相、みやびと嫁二人のテーブル。 

 マクシミリアはホタテを、サッチェスはタラの切り身を選んで白湯パイタンスープへ。みやびはハマグリ、ファフニールはタコ、フレイアは有頭むきエビをチョイスして麻辣マーラースープへ。


 魚介類は生食できるくらい鮮度が良いものを使用。ただし煮込み過ぎると固くなってしまうから、みやびが鍋奉行よろしく引き上げのタイミングを教えている。


「はふ、はふ、ホタテの貝柱が、歯触りといい美味ですサッチェス」

「タラの切り身もふんわり食感で、スープによく合いますわ、陛下」


 最初に入れておいたハクサイやニラにネギ、シイタケやエノキにシメジといったキノコが無くなり、追加していく任侠大精霊さま。鍋料理とは不思議なもので知らず知らずのうちに、野菜やキノコをたっぷり食べていたりする。そして素材の持つエキスが、スープにどんどん凝縮されていくわけだ。


「麻子さま、それ私のあん肝」

「あれそうだっけ? ごめーんアリス、白子あげるからチャラってことで」

「ふむ、白子ならば相殺そうさいに値しますね、頂きます」


 何やってんだかと、眉を八の字にする香澄にレアムールとエアリス。ここで言う白子とはタラの精巣のことで、濃厚でクリーミーな味わい。あん肝とは甲乙付けがたい美味しさがある。

 アルネ組とカエラ組のテーブルも、そしてメイド達のテーブルも、何やかんやでわいきゃい騒ぎながら鍋を突く。みやび亭では出したことのない料理だから、次の小冊子ではトップにででんと紹介されることだろう。


麻辣マーラースープには行かないのですか?」


 にっこり微笑むみやびに、顔を見合わせるマクシミリアとサッチェス。

 麻子だって鬼じゃない、スープの色は真っ赤だけど、メイドの子らが食べられる程度には辛さを抑えているのだ。某蒙古湯麺の五辛と言えば、分かりやすいだろうか。


 有無も言わさずスライス牛肉をしゃぶしゃぶして、二人の取り皿に置いちゃう任侠大精霊さま。美味しいから食べてみなさいよと、目を細め畳みかけるファフニールとフレイア。そこまで言うならばと、箸を伸ばすお二人さんである。


「う……辛いけど美味しいけど辛いけど美味しい……わ。サッチェスは?」

「この冷え込みだと言いますのに、汗が出てきましたわ、陛下。でもクセになりそうなお味ですね」


 隣のテーブルで麻子が、してやったりの顔をしていた。ただ辛いのではなく、辛さの中にも甘みと旨さがあって箸を止めさせない、それこそが麻子の真骨頂だ。どのテーブルもザルに乗せた食材がどんどん減っていき、〆のおじやで大満足。


「お姉ちゃん、お風呂テントの準備は出来ていますが」

「メイド達が汗かいてるし流星も現れないから、今のうちにみんなでお風呂に入っちゃおうか、アリス」


 頭皮の毛穴という毛穴が開いて汗だくの陛下とサッチェスも、迷うことなく賛成と異口同音。そんな訳でみんなして、お風呂タイムと相成った。


「流れ星をトリガーにするなんて、割りとロマンチックな一族だったのね、マクシミリア陛下」

「そうでしょうか、みやび殿、子孫からすれば有り難迷惑な条件です。もし目の前にご先祖さまがいたらぶん殴ってやりた……」


 そこまで言って頭にフェイスタオルを乗せた陛下が、顔を半分湯船に付けてぶくぶくと泡を出す。お口が過ぎますよと、サッチェスが目を吊り上げたからなんだが。

 でも天体の運行を把握していたからこそ、取り入れたのではないかしらと、洗い場でフレイアが濡れた髪をキュッと絞る。ヘアターバンを頭に巻いた麻子と香澄が、そうかもねと言いながら湯船に足を入れた。


 そこへ湯船の縁に置いていたダイヤモンドが、ぷるると鳴動し着信を告げる。交代で祭壇の宇宙儀を観測していた美櫻からで、流星群の軌道をキャッチしたとのこと。ただしアメロン星で目視確認できるのは、僅か三十秒だと告げた。


「み、短いね麻子」

「文句言ってもしゃあない、行くよ香澄」


 おのおのが体にバスタオルを巻き、コスモ・ペリカンを飛び出して行く。それって極寒の地では、割りと危ない行為だったりして。

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