第638話 共同体の本拠地

 ――ここはエビデンス城、夜のみやび亭本店。


 怒濤の勢いで植民地化された惑星を、次々と解放している任侠大精霊さま。正しい精霊信仰を広める手法はラカン星と一ミリも変わらず、お祭りどんちゃんを推し進めていた。その度に合わせ技を披露して破壊と修復を行い、各惑星の建造物に魚漢字のスタンプを押しちゃう訳だが。


 共同体の本拠地も駆逐艦の活躍で、空域がだいぶ絞られて来ている。直接対決は目前で、ミーア大司教のアルカーデ号も近代化改修を終え、黄金コーティングを施したみやび。

 最悪は全ての船と惑星イオナの兵力を動員する方向で、各国首脳とも話しはまとまっていた。みやびに協力するのは損得勘定なんて浅い話しではなく、放っておけば魔の手が天の川銀河にも及ぶと、誰もが容易に想像できたからだ。


「これがラカン星の赤ワインなのね、みやびさん。うん美味しい、間違いなくブドウの品種が持つ特性ね」

「苗木をカウパー議長から頂いたのだけど、どこで育てようか、妙子さん」


 大葉と同じでブドウにも雑交配が発生する。

 最も品種改良には有効な手段なのだけれど、新種の優良株とダメな雑種が生まれる紙一重とも言う。なので現状は東シルバニアに持ち込めず、妙子さんが南シルバニアはどうかしらと提案してきた。


 西シルバニアは絹と綿の一大生産地で、元来は地力ちりょくのある領地。だが淡水魚の養殖は好調だけれど、南シルバニアはこれといった産業が無い。それは名案かもと、手のひらに拳をポンと当てるみやび。ぶどう栽培の指導者は私の工房から出すわよと、妙子さんが快く請け負ってくれた。


 東西南と地域分けしてるだけで、全てみやびの領地であり領民である。いずれはアルネ組とカエラ組に、それぞれ西と南を任せるのがみやびの構想だ。

 アルネは領事を経験しており、カエラは知事を経験している。そこまで心配する必要もないのだが、伯爵に相応しい領地に仕上げようって親心が、みやびの中にあるもよう。


「あーみやびさま、イカのお刺身をもう一皿」

「ちょっとチェシャ、昔から食べてるって言うから出してるけど、猫って本来イカ・タコ・エビ・カニは致命的なのよ」

「そうは言われても、こうしてピンピンしてるんだにょす」


 人間にとっては問題なくとも、猫には害となる食材がごまんとある。

 フルーツならブドウ、イチジク、パパイヤ、マンゴー。

 野菜ではネギ類、ユリネ、アボカド。

 魚介類では生のイカ、タコ、エビ、カニ。生の貝類も総じてダメ。

 他にはナッツ類、チョコレート、キシリトール、お酒もダメ。

 猫の胃腸は魚の脂質を上手に消化出来ないから、脂が乗り過ぎてる切り身も避けた方が良い。


「でも不思議ね、チェシャは出会った時から普通にお酒を飲んでる。猫の肝臓ってアルコールを分解できないはずなのに」

「今にして思えば尻尾が二本に別れ、人の姿を採れるようになってからでございますにゃ、みやびさま」

「成る程、猫の姿をした別の何か、そう言うことね」

「それって褒めてますのかにゃ? みやびさま」


 まあまあそこまで言うなら食ったんさいと、アオリイカの一本造りを出しちゃう任侠大精霊さま。危なくなったら鶏や豚でも連れてきて、蘇生してあげるからと。

 あまりの言い草に、カウンター席が笑いに包まれる。これにはシルビア姫もバルディも、瑞穂さんにルミナスも、思わず吹き出していた。


「ふんぬぬぬ、わたくしの命は鶏や豚と同等なのでございましょうか、みやびさま」

「あら等価交換に命の優劣・上下・浅深はないのよチェシャ。生きとし生けるものは全て、輪廻転生を繰り返す輪の中にいるんだから。次に生まれ変わる時は人として、生を受ける可能性だってあるのよ。

 だから生き物を糧にしている私たちは、食前の祈りを捧げるのではないかしら。あの内容って正に、糧として授けてくれた精霊に対する感謝と懺悔だもの」


“この世界に住まう、全ての精霊に。我らに糧を与えたもう、全ての精霊に心からの感謝を。糧を得る為に命を奪う罪深き我らに、全ての精霊よ慈悲の手を”


 確かにその通りだと納得する、カウンターの常連とキッチンスタッフの面々。達観ですねとジェラルド大司教が、アリーシャ司教とラカン産のぶどう酒を口に含む。

 パラッツォとブラドも同感だなと頷き合い、馬刺しの盛り合わせに箸を伸ばす。そして生き物が人として生を受ける為には、どんな経過を辿るのだろうという話になった。


「人間と共に生きて、心を通わせるとかかな、香澄」

「牧羊犬や狩猟犬が一番近そうね、麻子。次点ならペットとして飼われてる、一定の知能を持つ動物じゃないかしら」


 その一定の知能を持つに至るまで、生き物も輪廻転生を繰り返すわけねと、麻子と香澄は想像してみる。昆虫から魚類へ、魚類から爬虫類や鳥類へ、そして哺乳類へ。

 逆を言えば人間が動物に転落しちゃうケースもあり得るのではと、二人は仮説を立ててみる。理論的にはそうなりますねと、テーブル席で話しを聞いていた聖職者チームが頷き合った。


「動物に転生しちゃうのは勘弁よね、アヌーン」

「そうですねサルサ姉さま、生きてる間に魂を磨かないと」


 聖職者向けのチーズピザとオニオンスープを手がける姉妹が、人として生を受けるってそういうことよねと口を揃えた。真理かも知れませんねと、牡丹ぼたん菖蒲あやめあおいも手を動かしながら同意を示す。


 みやびには確信めいたものがあった。人の道を踏み外すと、輪廻転生で人間から転落するんじゃないかしらと。無差別殺傷、父母の殺害、幼女の強姦、これらを宇宙の意思が許す筈もない。

 金品目的で人を騙すのも、シカトやイジメで無意識だろうと他人を自殺へ追い込んじゃうのも、人にあらざる鬼畜の所業だ。その度合いによって軽ければ哺乳動物から、重ければ昆虫からスタートではあるまいかと。

 もっともその前に罪深い者は、転生まで気が遠くなるほど待たされる事になる。その間は魂が骨折に近い重苦しい痛みを、延々味わうことになるとカロンお爺ちゃんは話していた。


「大精霊の誰かが遊びに来たとき、聞いてみようかな」

「何の話しかしら、みや坊」

「ううん、独り言よファニー。はいきんぴらごぼう、フレイにも」


 顔を見合わせるファフニールとフレイア。まあみやびのことだ、またとんでもないこと考えてたんだろうなと笑い合い、きんぴらごぼうに箸を伸ばすのであった。


 ――場所を移してこちらは、アンドロメダ銀河のデースト空域。


「前方に空間の歪み! タッチダウンのゲートですキリウ艦長、識別信号なし」

「分かったリリム君、直ちにゲート解放を」

「了解です」


 乗組員へ警戒態勢から総員戦闘配備が通達され、駆逐艦ソグマの艦内が慌ただしくなる。祭壇ではもちろん全砲門を開いたわけだが、すたこらさっさとトンズラの準備も進んでいた。

 これを今まで幾度となく繰り返しており、苦笑するキリウ艦長。それは彼だけでなく、リリムも含め祭壇に手を添える士官たちも似たような表情である。

 アンドロメダ銀河の全域に散った駆逐艦によるチェック&ラン及びガン&ランで、ようやくデースト空域まで絞り込んだのだ。苦労がようやく実を結ぶと、誰もが祭壇のパネルに意識を集中する。


「宇宙魚雷と対艦ミサイル来ます!」

「みやびさまが仰る通り、また魔力をケチって物理攻撃から来るか。虹色コーティングの戦艦にはスペクトラ砲を、それ以外の艦艇にはこちらも宇宙魚雷と対艦ミサイルを斉射、即座に反転してゲートに突入する!」


 言ってる傍から次々着弾し、船体が大きく揺れる。しかし物理反射ゆえ敵艦のあちこちから火の手が上がる。そしてこちらの主砲も火を噴き、物理攻撃が次々と射出された。 

 操船担当の士官が艦首を開いたゲートへ向け、最大宇宙船速で飛び込んだ。そこへ敵のスペクトラ砲がかすめて行き、祭壇が一番緊張に包まれる場面と言える。 

 まあそこは数をこなして来たから慣れたもの、敵艦の艦長が魔力消費を決断するまでのタイムラグは把握しちゃってるのだ。


「リリム君、どうだね?」

「他の駆逐艦からもたらされたデータと照らし合わせても、この太陽系に間違いありません、キリウ艦長。敵が広域宇宙レーダーで補足できる範囲に収っています」

「キラー提督に報告し、黄金船の皆さんと軍議だな。ところでリリム君、腰に下げたその袋はいったい何かね。少々気になってしまって」

「クッキーと言います、皆さんもどうぞ」


 パネルに干渉しないよう、祭壇のへりで袋を開いたリリム。彼女も黄金船での生活で、そこそこ料理は覚えたのだ。こりゃ美味いなと、ぽりぽり頬張る艦長と士官たち。簡単な型抜きクッキーではあるが、戦闘後のゲート移動中で皆にとってはほっとする味。


 私が艦長になったら厨房は拡張して、祭壇に囲炉裏テーブルを置きたいな。なーんて野望を抱いているリリム。駆逐艦ソグマは間もなく、ガリアン星の衛星軌道上にタッチダウンする。仲間である識別信号のアイコンをタップし、彼女は思わず口元を緩めていた。

 旗艦である戦艦モラリスには、調理指導のメイドが派遣されている。探索に出た駆逐艦の乗組員には、丸一日の休暇が与えられる決まり。もちろん非常時には招集がかかるけれど、今度はどんな料理を教えてもらえるかしらと、ウキウキが止まらないリリムであった。


 ――そしてこちらはイラコ号。


「あら石黒に高田じゃない、どうかしたのかしらん?」

「やあゲイワーズさん、家畜用の飼料がある保管庫の扉が開かなくて、高田と四苦八苦してる所なんです」

「観音開きでロックされてる訳じゃないのに、ウンともスンとも言わなくて。困っちゃいましたね、石黒さん」


 エピフォン号へ行くにはイラコ号の船倉を通るわけで、石黒と高田だけではなく、雅会メンバーとはすっかり顔馴染みになったゲイワーズ。ちょっと貸しなさいとドアノブに手を掛け、まるで冷蔵庫の扉を開けるが如く、あっさり開けちゃった。そこは何と言っても竜族、普通の人間からすれば怪力の持ち主である。


「長い航海で、微妙な歪みが出来てるのかもね。後でみやびさまに伝えておくわ、彼女のことだから直ぐ修復するでしょう」


 そう言って右手を軽く振り、エピフォン号へ向かうガチホモさん。やっぱり竜族ってスゲェと思いつつ、その背中にお礼の言葉をかける石黒と高田であった。

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