第637話 性教育って

 ――ここは蓮沼家の母屋。


 台所でみやびがふんふーんと、何やら始めていた。花芽が付くと大葉は栄養を穂に向けるため、葉が固くなるし香りが薄くなってしまう。大葉味噌を作るなら今だと源三郎さんにお願いして、ザルに山盛り摘んできてもらった次第。


 家庭で作りやすい分量はと言いますと。

 大葉:四十グラム(約四十枚)

 味噌:大さじ四

 みりん:大さじ二

 日本酒:大さじ二(未成年でも買える料理酒は塩が含まれる為、日本酒が吉) 

 砂糖:大さじ六(お好みで減らすのもアリ)

 ごま油:大さじ二

 すりごま:大さじ四

 飲み助向けなら七味唐辛子:少々(お子ちゃまがいなければたっぷり入れても)


 大葉を洗い水気を切ってから風属性の力で、人間フードプロセッサーよろしくみじん切りにするみやび。それ以外の調理量は混ぜ合わせフライパンで加熱し、日本酒とみりんのアルコールを飛ばす。そこへみじん切りにした大葉を投入し、葉に火が通りみりんの照りが出たら完成。


 作る工程は単純明快で、大葉をみじん切りにする時間を除けば、あっという間に出来上がる便利な常備菜。タッパに詰めて冷蔵庫に入れとけば、十日くらいは持つわよってのがみやびの談。

 実際はもっと持つのだけど、葉の色が褪せるという見た目の話し。蓮沼家の男衆に言わせると、二週間くらい寝かせた方が美味しいって意見もあったりして。


 ご飯のおかずにも、ポン酒のお供にも良く合う。この時期になると蓮沼家の食卓によく並ぶ風物詩みたいなもの。これを調味料としておにぎりに塗り、焼きおにぎりにしたらもう絶品。


 大葉に花が咲いて実が付くと、今度は穂ジソ味噌をみやびは作る。こちらは蓮沼家にとって秋の風物詩となる。穂に付いた実をしごいて取り、以降の作り方は大葉味噌と一緒。実のプチプチとした食感が、これまた心地よくて堪らない。


「マーガレット、味見して」

「はいラングリーフィン」


 小さく切った絹ごし豆腐に、大葉味噌をちょんと乗せたもの。頬張ったマーガレットが目を細め、んふうと足踏みしちゃってる。

 マーガレットだってもちろん作れるのだが、みやびが作るのとだいぶ違うなと感じていた。その理由が分からず、彼女は思い切ってみやびに尋ねてみた。


「もしかして、弱火でやってない? マーガレット」

「はいラングリーフィン、砂糖が入るから焦がしちゃうかもって意識がどうしてもあって」

「それだと加熱時間が長くなるから、大葉の風味が飛んじゃうのよね。強火に近い中火でささっと仕上げる、それを心がけるといいわよ」


 ウィンクするみやびに火加減と加熱時間だったんですねと、目からうろこのマーガレット。炒め物は高火力で一気に仕上げるのが麻子。その中華鍋を振るう姿を見れば参考になるわよと、人差し指を立ててにっこり笑う任侠大精霊さま。


 そこへ自宅に戻っていた麻子組と香澄組が、買い物袋を下げてご到着。近衛隊の寮に顔を出していたアルネ組とカエラ組も、鍋やボウルを手に縁側から上がってきた。


 ファフニールとフレイアは辰江さんに誘われ、日帰りで東京ぶらり旅。近衛隊から二名が護衛に付いたけれど、みんな物理反射と魔法無効の虹色指輪を装備している。 

 このご一行様にちょっかいを出そうものなら、返り討ちに遭うのが関の山。何かあればダイヤモンド通信もあるし、あっちこっちでショッピングや食べ歩きを満喫していることだろう。


「親戚からいい辛子明太子をもらったの、みや坊」

「おおう、これは上等なやつだね、麻子」

「お母さんが持って行けってよこしたの、みや坊」

「うは、ゴーヤとアスパラガスだ。ありがとね、香澄」


 アルネ組が持ってきた鍋は、近衛隊がトロトロになるまで煮込んだ煮豚。カエラ組が持ってきたボウルには、これまた近衛隊の手がけたフルーツポンチがどっちゃり。

 どうして近衛隊がこんなに作るかって言うと、政治結社みやび組の党員である大学政治研究連合会の面々が集まって来るから。寮のダイニングキッチンが、食事時になると学食みたいな雰囲気になるのでござる。


「私は築地で仕入れたカツオをタタキにするね、麻子と香澄は何を作る?」

「ゴーヤチャンプルーとアスパラガスの素揚げは鉄板だよね、香澄」

「うんうん、それに小口切りした辛子明太子と煮豚に大葉味噌の冷や奴。デザートにフルーツポンチもあるし、夕食のメニューは決まりだね、麻子」


 カツオの残骸であら汁を作るから、これで一汁六菜にデザートのフルーツポンチとなる。そこへアリスがもう一品、小松菜の辛子和えはどうでしょうかと意見具申。


 小松菜はカルシウムと鉄がホウレンソウの二倍も入っており、六月から年末まで収穫が出来る葉野菜だ。真冬と春先以外は蓮沼家の畑にいつもあり、いいねいいねと手を叩く台所の面々。マーガレットがスクーターでパラタタタと、源三郎がいる畑に向かうのであった。


 ――そして夜のお茶の間。


「そう言えば先月、不同意性交等罪が施行されましたよね、早苗さん。内容がイマイチ分からないのですけど、具体的にはどんな法律なんでしょう」

「新たに施行された法律に関心を持つのは良いことだわ、京子さん。そうね……奈央さんの方が噛み砕いて説明できるんじゃないかしら」


 そのお役目引き受けましょうと、産渓新聞の記者である相良奈央が、アスパラガスの素揚げを塩にちょんと付けた。タレも良いけど天然塩とも相性が良い、アスパラガスの素揚げさん。


「まず最初に性交同意年齢が、十六歳未満に引き上げられました」

「ちょっ、奈央さん、今までは何歳だったの?」

「十三歳未満ですよ、京子さん」


 そんなに低かったんだ知らなかったと、驚きを隠せない蓮沼家の面々である。ではちょっと掘り下げますよと、奈央はアスパラガスを美味しそうに頬張る。


「これはローティーンやミドルティーンの純粋な恋愛を妨害するものではなくて、行為を成そうとする者が五歳以上の年上だった場合に適用されます。食事の場で何ですが、それがアソコであろうとお尻であろうと口であろうと。

 それとは別に暴行や脅迫、お酒やアルコールを使ったり、拒否できない状況を生み出しわいせつ行為に及んだ場合も処罰の対象となりますね。写真を撮るのももちろんダメです」


 意外とまともな法律なんだなと、頷き合う蓮沼家の男衆。

 いやいや日本が先進国で一番遅れてたんですよと、山下がゴーヤチャンプルーに箸を伸ばす。そして頬張り飲み込んだ後、それよりもと苦い顔になった。ゴーヤが苦かったわけではなく、文科省に問題があると冷酒を口に含んだ。


「文科省が定める学習指導要領には、通称『はどめ規定』と呼ばれる記載が存在するんですよ」

「どんな内容なの? 山下さん」

「驚くなよみやびちゃん。小学5年理科、人の受精に至る過程は取り扱わないものとする。中学1年保健体育科、妊娠の経過は取り扱わないものとする」

「……はい?」


 思い起こせばそんな授業無かったわねと、顔を見合わせる麻子と香澄。実は栄養科三人組に性教育を施したのは、蓮沼銭湯で猥談わいだんをする任侠チームだったりして。それ何の話しと食い付いた、中学一年生の三人へ懇切丁寧に教えちゃった訳で。


「ユネスコが公開した国際セクシュアリティ教育ガイダンスだと、五歳から八歳までに赤ちゃんがどこから来るのかを説明するってあるんですよ。コウノトリが運んでくるなんてファンタジーにはしません。九歳から十二歳の間で妊娠の仕組み、避妊方法を確認するとうたってるんですよね」


 つまり文科省は性教育を忌み嫌い隠す方針な訳だ。日本に結婚しない聖職者でも増やしたいのかと、山下は冷酒を呷り毒を吐く。


「昔は若者の交通事故が多いから、免許の取得年齢を引き上げようって議論があったよな、徹」

「そうですね、親父。でもそれって事故を起こす年齢層が引き上げられるだけで、根本的な解決にはなりません。必要な知識は早い方が良いと思う」


 その通りねと、早苗がカツオのタタキに箸を伸ばす。特に性教育は思春期が始まる前、男子なら夢精が起きるまでに、女子なら生理が始まる前が望ましいと。でないと多感な少年少女は、両親や学校の先生に不信感を抱いてしまうとも。


 そろそろご飯とあら汁をお出ししてもよろしいでしょうかと、ベネディクトが台所から顔を出した。いい頃合いねと、東京ぶらり旅を楽しんだ辰江が頷く。

 だれも辛子明太子に箸を付けないのは、ご飯のおかずにしたいから。明太子茶漬けもオツなものよとみやびが緑茶を煎れ始め、阿吽の呼吸で台所へ刻み海苔を取りに行くアリス。


 そんな中、庭が真昼のように明るくなった。

 いま茶の間にいるメンバー以外で照明弾を使えるのは満君のみ。何事と縁側のサンダルに足を入れ、庭に飛び出し空を見上げるみやび。だが照明弾は空中に無く、光源は畑の方からだった。


 そして畑に集まった蓮沼家の面々と、異常を察知して集合した近衛隊の乙女たち。畑のど真ん中にぽっかり穴が空いており、照明弾の光はそこから出ていたのだ。穴の周囲を満君が飛び回り、クロヒョウ三兄弟がグルルとうなり声を上げている。


 照明弾の効果が切れると共に、穴へ飛び込むクロヒョウさん。そして引きずり出されたのは、ライト付きのヘルメットを頭に被った男たちであった。目がチカチカするのか無抵抗だが、拳銃と手榴弾を所持していた。


「はあ? 下水道から横穴を掘って敷地内に繋げたですって!?」


 問い正したみやびと共に、呆れかえる蓮沼家の面々。蓮沼への襲撃を諦めていない極左暴力集団が、まだ残っていたとも言う。みやびの目線に黙って頷く早苗さん、公認出入りの開始である。


 こうなると事は重大で、蓮沼組任侠チームと雅会任侠チームの合同となる。もちろん茶の間の男衆も目をぎらつかせ、自分らも行くぞ潰すぞと修羅の顔。

 関東に僅かながら残っていた極左暴力集団が、一夜にして壊滅することとなる。蓮沼に手を出すとどうなるか、改めてその筋に知らしめる形となるわけだ。


 でかしたぞと、ご褒美のキョン肉を持ってきた源三郎さん。クピピーと声を上げ自慢げな満君と、肉をわしわし頬張るクロヒョウ三兄弟。もはや蓮沼家の守護神とも言える彼らに、目を細める栄養科三人組であった。

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