第635話 精霊の何たるかを思い知れ

 案内されたアリーナ内部は、野球やサッカーの競技を行うような、周囲が観客席となっている構造であった。そして競技が行われるセンター部分がステージとなっており、大陸の各地から集まった代表らが政策決定を行う円卓となっている。


 服装の違いから半分が議会の議員たち、半分がアドンドロメダ共同体の幹部たちであることは間違いない。意外な事に議員の中には、リリムの父親も混じっていた。声を上げそうになった父に対し、リリムが人差し指を唇に当てる。余計なことはしゃべらないでと、合図を送ったのだろう。


「系外銀河から訪れた客人をお連れしました、カウパー議長」

「おいユンカース君、武器を携帯してるじゃないか、なぜここに通した」

「会談が目的とのこと、武力行使が最初にありきなら、門は戦場になっております」


 アドンドロメダ共同体の連中は、竜族が含まれているからか敵意を剥き出しにしていた。その前にあるのは酒と食料で、ラカン星の議員たちには水しか置かれておらず苦々しい顔をしている。

 植民地化して魔力どころか酒や食糧までたかる、そんな構図が見て取れる。何の話しだと二段腹の共同体幹部らしき男が口を開き、取り巻きどもが品定めするような顔をしている。栄養科三人組が魔力持ちならば使えそうだ、そんな風に考えているのだろう。


「あら私たちに立ち話しをさせる気? 椅子を勧めるくらいの礼儀を持ち合わせていないのかしら」

「ふんっ、小生意気な娘だ。好きな席に座るがいい」


 対面となるよう席に着く栄養科三人組と嫁たち。その後ろに護衛役として、アルネ組とカエラ組にゲイワーズ、飯塚とジェシカが立つ。

 雅会任侠チームはリリムを隠すように、壁際に控えた。六属性として取り込むために捕えた娘と誰かが気付けば、ややこしいことになりそうだからだ。

 会談の場が整ったことを見届けたユンカースが、後は知らんぞとみやびにささやき足早にその場を去って行った。


「さて何の会談かね、系外銀河からおいでのお客さん」

「私はみやび、貴方がこの惑星を管轄する共同体の責任者かしら」

「さよう、方面司令官のキグルズだ」


 客人にお茶を出すでもなく、焼いたのであろう鶏のもも肉を頬張るキグルズ。その食べ方は口の周りに肉片を付け、それを気にすることもなく、肉がまだ残っている鶏ももを皿に置き新たな肉に手を伸ばす。何とも汚い食べ方、ゲイワーズの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと、みやび達は眉をひそめた。


「ではどんな話しをしに来たのか、我々に聞かせてもらおうか」

「お尋ねしたいのはたったひとつよ、シグルズ司令官。精霊の存在を否定し、魔力源となる竜族を忌み嫌い排除する。それなのに正しき精霊信仰の者から魔力をかき集めて、武力行使に使うって矛盾してない?」

「矛盾なんてありはしない、使えるものを有効利用しているだけだ」


 それが矛盾だとみやびは言っているのだが、理論が破綻していることすら気付いていないようだ。日本の左側やカルト宗教の狂信者と同様、同じ言語で話しているのに言葉が通じない。


「ガリアン星に駐留していたお仲間さんが、全滅したことはご存じかしら」

「なん……だと」

「ガリアン星を奪還に来た大艦隊も全滅したことはご存じかしら」

「ま、まさか、嘘だ」


 魔力の枯渇が原因であろうか、本国への通信手段すら覚束おぼつかないようだ。そこへ一人の男が扉を開けて円卓に駆け寄った。服装からして共同体側の人物と分かるが、ノックもしないとは無作法もいいところ。


「墓地に出向いたワグナが行方不明です、司令官」

「何だと! どういうことだ」

「それがさっぱり、人を使い方々を探しているのですが」

「もしかして死人しびと使いさんかしら、挨拶も無しに仕掛けて来たから灰にしたわよ」


 そんなことをさらっと言っちゃうみやびに、連中が一斉に魔方陣を展開した。そんな共同体の面々に、虹色に輝く光の粒が舞い降りる。宝石に溜め込んだ魔力を謹んで精霊にお返しする術を、みやびはお祈り無しで出来るようになっていた。そもそも大精霊候補なのだから、いずれは祈りに応え魔力を授ける側ですゆえ。


 彼らが出した魔方陣がしぼんでいき、次々と消えて行く。あり得ない事象を目の当たりにし、ラカン星の議員たちが口をパクパクさせている。


「もしかして、大精霊の巫女」


 リリムの父親がそう口にして、場の雰囲気が一変した。議員たちは驚きを隠せず、共同体の連中は憤怒ふんぬの形相から顔が青くなっている。いやこの表現はメライヤ領事に失礼か。

 みやびは右腕を突き出し手のひらを共同体側に向ける。そこに現れたのは七連魔方陣で、その先にみやびの紋章である八枚花びらのロータス蓮の花が浮かび上がった。大精霊による選民の縮小版なのは間違いない。


「私は悪しき精霊信仰の徒を一瞬で灰に出来るわ、試してみる? キグルズ司令官」

「ば、馬鹿な、そんなこと出来るわけ」

アース・クェイク大地の怒り!」


 みやびが言霊スペルを口にした途端、大地が揺れ出した。立っていられないほどで、雅会メンバー数人がしゃがんで円陣を組みリリムを守る。

 飲んでいたのはぶどう酒だったのか、デキャンタや杯が落ちて床に赤い水たまりを作る。アリーナの壁はあちこちに亀裂が走り、崩れ落ちている所も。主体は地属性だが、四属性の合わせ技が生み出す大地震だ。これは都市全体にも尋常ではない被害をもたらしたであろう。


「な、なんてことをなさるのですか! 無関係な市民を巻き添えにするなんて」

「精霊を怒らせるとどうなるか、それを知らしめているのよ、カウパー議長」

「精霊とはそんな無慈悲な存在なのでしょうか」

「違うわ、精霊が怒る理由はただひとつ、正しき精霊信仰が失われた時なの。この惑星がいま存亡の危機にあることを、民は肝に銘じるべきよ」


 そう言ってみやびは新たに、アトモスフィア・トルネード大気の怒りと言霊を発した。風属性が主体となる四属性の合わせ技で、竜巻が発生しアリーナの天井に穴を空けていった。派手にやるわねと、教えたフレイアが頬を緩めている。こりゃ水属性主体の津波や、火属性主体の大規模火災もあり得そうだ。


「司令官、貴方たちがやってることは、自らを破滅に導くお馬鹿な行為なの。とは言っても一生理解できないでしょうね、お馬鹿だから」


 そこへなぜか、衛兵たちがなだれ込んできた。剣を共同体の連中に向け、捕縛し始めたではないか。しかもリリムの父親であるクリストファが、裁きにかけるから舌を噛んで自害しないよう、猿ぐつわをしろと指示している。


「ちょっとユンカース、どういうこと?」

「こんなチャンスが訪れる日を俺たちはずっと待っていたんだ、みやび……いえみやびさま。人身御供で連れ去られた、クリストファさまのご息女を同行させていた時点で、俺は決断の時が来たと確信した」

「もしかして、あなた達はレジスタンス抵抗者なのかしら」


 その通りとユンカースは頷いた。迫害を受けるであろう竜族を保護しかくまい、反抗の機会をずっと待っていたのだと。

 そして彼はこう話す、都市の北側にある湖に奴らの艦隊が停泊していると。レジスタンスのメンバーを全員集めるから、乗組員の捕縛に力を貸して欲しいとのこと。

 その存在は事前に祭壇のレーダーで、みやび達も把握していた。植民地支配している奴らをとっちめて、解放するのが目的だからみやび達は二つ返事で了承する。


 そして現地に行ってみれば、巡洋艦一隻と駆逐艦が三隻、戦艦も空母もないショボイ艦隊であった。魔力がないと船の錬成も弾薬の錬成も、ままならないことの証左であろう。

 集合したレジスタンスも含め、祝福を新たにかけ直した任侠大精霊さま。無敵となった雅会任侠チームが、ひゃっほうと乗り込んで暴れたのは言うまでもない。そうして東の空に、朝日が昇るのであった。


 ――そして再び、ここはアリーナの円卓。


 黄金船に戻り一眠りした後、打ち合わせに戻ったみやびたち。太陽は真上で昼食タイム、運動会テントをポンと出してお料理が始まっていた。

 けれど議員の皆さんが、がっくりと肩を落としている。死者は出なかったが地震による都市の被害が甚大で、胃が痛いらしい。


「魔力を使わず、これだけの大都市を築き上げた技術があるのに? カウパー議長」

「簡単に言ってくださるな、みやびさま。石切り職人が何代にも渡り長い年月をかけて築き上げた都市なのです」


 しょうがないなと、眉を八の字にした任侠大精霊さま。まあ壊したのは私だからねと、胸をポンと叩いてにっこり微笑む。


ワイド・オリジナル・ステート広域で元通りに復元!」


 それはかつてのグルア戦でみやびが城壁を元通りにした奥義だ。ワイドが頭に来るのは、広域版である事を意味している。

 あちこち崩れたアリーナがどんどん修復されていき、屋根の穴も塞がり、破損した大都市の家屋も元通りに復元されていく。その様相にまさかこんなことがと、議員らの目が点になっていた。

 ただし、修復した跡に魚漢字が刻まれるクセは直っていなかったもよう。市民たちがこれは何の記号だろうかと、首を傾げることになる。アリスがここでもお寿司が流行りそうねと、クププと笑ってたりして。


「リリムよ、よくぞ無事であった。大精霊の巫女に助けられたのだな」

「はいお父さま、ご心配をおかけしました」

「家に戻ったらお祝いをしよう、母さんもきっと喜ぶ」


 チーズハンバーグプレートの、サラダに付いていたミニトマトを咀嚼して飲み込んだリリム。その顔がいいえと、左右に振られた。


「私はこの後、ガリアン星の艦隊に戻ります」

「なんだって? それは何故だ」

「アンドロメダ銀河の一員として、平和を取り戻したい所存です、お父さま。お祝いはその願いが成就した時に開いてくださいませ」


 しばらく会わないうちに随分とたくましくなったもんだと、嬉しさ半分寂しさ半分の父親の図。だが娘が大志を抱きそう決めたのだ、ならば行って来い初志貫徹して来いと、愛娘の肩をポンと叩くクリストファであった。

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