第634話 巨大都市コンスタンチ

「雅会の諸君、準備はいいかしら?」


 それぞれ拳銃を手にした任侠たちが、無言で安全装置を外しみやびに応じる。既に祝福をかけているから、物理無効の魔力無効で無敵の状態だ。


「リリム、私の傍から離れないでね」

「はい、みやびさま」


 久しぶりに陸戦となった栄養科三人組と嫁たち。リリムの母星であるラカン星の大気圏に突入したものの、敵艦が現れるでもなく、対空放火が飛んで来るでもなく、何とも拍子抜け。


 竜族が祭壇にいなくてもリッタースオンとなった秀一たちゆえ、粒子砲を除く全ての武装を扱う魔力がある。そこで黄金船は秀一と豊、美櫻と彩花に任せ、瞬間転送で地上に降り立ったみやび達。場所はラカン星の巨大都市、コンスタンチだ。


 尚ガリアン星の衛星軌道上には訓練を終えたキラー艦隊が陣取っており、広域宇宙レーダーに目を光らせている。護衛に土偶ちゃんSスーパーを配置しているから、特に心配はいらないだろう。

 何かあればガリアン星へ直ぐ戻るつもりだし、駆逐艦による敵本拠地のあぶり出しも始まっている。なので植民地化されている惑星の解放に、みやびは着手したのだ。


「民の信仰心はどうなの? リリム」

「八割は無信教です、ファフニールさま」


 あちゃあと顔に手をやる麻子と、額に手をやる香澄。

 セラフィムがアンドロメダ銀河そのものを作り直すと言ったくらいだ。ガリアン星がまともなだけで、他の惑星に信仰心は期待できそうもない。


 リリムは日本で言うところの、神社の宮司ぐうじを代々務める家系らしい。真っ先に家族の元へと考えていたみやびだが、意外な事にリリムはアリーナに行きましょうと主張した。屋根付きの闘技場みたいな建物で、ラカン星に於ける政治の中心なんだとか。大陸各地の代表からなる議会制で、アンドロメダ共同体が巣くうならそこしかないと彼女は話す。


 そんなわけで夜陰に乗じアリーナを擁する巨大都市、コンスタンチに潜入したのが今のみやび達である。リリムの案内で繁華街を避け、裏路地を進む解放メンバー。

 大精霊による選民を使えば、悪しき信仰の徒を一掃するのは簡単だ。だがそれでセラフィムが納得するはずもなく、無信教の民に意識改革を起こさなければいけない。


「無信教ってことはさ、現世主義だよね、香澄」

「そうだね、麻子。この世におぎゃあと生まれたのが始まりで、死が全ての喪失」

「だから生きてる間に、面白おかしく生きようって思考回路になるのか」

「それだけなら良いけれど、思考が法を犯してでもっておかしな方に向くと、詐欺とかやらかす訳よね」


 魂は生死生死を繰り返す輪廻転生。

 転生した先が裕福か貧乏か、五体満足か不満足か、良き縁に恵まれるか悪縁に振り回されるか、それらは全て前世の行いによって決まる。

 神や仏という名の精霊は存在し、身口意しんくいで祈ればけして悪いようにはしない。

 やること言うこと思うことが一致しているのが重要。具体的には手を合わせ、祈りの言葉を口にし、心の底から精霊に願いを委ねること。


「どうしてそれだけのことを、人類は忘れてしまうのかしらね、みや坊」

「慢心なんでしょうね、ファニー。精霊がいなくたって人類はやっていける、そんな思い上がりが芽生えてしまうのかも」


 整然と並ぶ町並みは、石を切り出して建てたものだろう。見事ではあるが魔法を生活に取り入れているような、そんな気配は感じられない。

 魔力が動けば今の栄養科三人組は、肌で感じることが出来るようになっていた。ラカン星の民は祈りを捧げる事で得られる魔力と、その使い方すら忘れてしまっているようだと頷き合う。

 リリムが話すにそれが出来るのは、神職と祭事関係者くらいらしい。民の八割が無信教では納得できると言うもの。そして無信教の者たちは、神職を手品使いか何かと勘違いしてるらしい。


「みんな、何か来るわよ」


 魔力の流れに一番敏感なみやびが、メンバー達に注意を促す。それと同時に前方と後方の地面から、みやび達を挟む形で無数の魔方陣が出現した。ああ……あれねと、みやびと麻子が剣を抜き、麻子が弓矢を構える。今までの戦いで見て来たから慣れっこだ、アンデットの召喚でしょうと。


 それはピンポン大当たり。ただし今までの骸骨とは違い、相手はゾンビであった。緑色の汁を垂れ流す腐った屍が、短剣を手におおぉと声を上げ迫ってくる。


「遺体は火葬せず土葬なのね? リリム」

「その通りです、麻子さま、近くに市民墓地がありまして」

「どうして短剣持ちなんだろう」

「棺に短剣を入れるのは、昔からの習慣なんです、香澄さま」


 精霊信仰は忘れても、そんな習慣は形骸化して残るんだと、はにゃんと笑う麻子と香澄。そんな中、みやびが地属性と闇属性の魔方陣を展開した。


アース・タイドアップ影縫い!」


 すると地面から蔦が生え、ゾンビの足と腰に絡みつき動きを封じたではないか。いつの間にそんな技をと、目を丸くする解放メンバーの面々。地属性が主体だけど、地と闇の合わせ技よと言ってむふんと笑う任侠大精霊さま。


ぜきヶ原の戦いで、伊牙いが甲牙こうがの忍軍に使い手がいたのよ。発動率は低かったみたいだけど便利だなと思って」


 あの合戦の中よく見ているなと、感心してしまう戦いに参加したメンバー達。だがこうなれば栄養科三人組の武器攻撃は、属性無視の万能攻撃だ。ボコり放題でアンデットを灰に変える事が出来る。雅会メンバーの銃撃は無駄玉になるから、待機しててねと指示を飛ばす任侠大精霊さま。


 みやびと麻子は前と後ろに分かれて次々と切り伏せ、香澄が遠くにいるゾンビに矢を放つ。なんでゾンビは緑色なのかしらと麻子が声を上げ、タンパク質が変質するからよと香澄も声を上げて返す。


 先入れ先出しの管理が徹底されていない食肉の卸売り業者だと、古い牛肉の表面が緑色に変色してしまう事がある。先入れ先出しとは、入荷した順番に日付の古い方から出すという考え方のこと。

 そのいい加減さを是正しない業者が緑色になった表面を削り取り、出荷していたのが発覚して廃業に追い込まれたというニュースは記憶に新しい。ゾンビに等しい肉を販売したわけだ、当然の報いと言えよう。


「みい付けたっ」


 ゾンビを葬りつつも操っている魔力の糸を絡め取ったみやび。魔力の糸で綱引きを始めたら、魔力量の高い方が勝つのは当然の理。この場に於いて、情けなんてミジンコほども持ち合わせていない任侠大精霊さま。すかさず光属性の波動を魔力の糸に叩き込む。そんな彼女の瞳には、どこか遠くで悶え苦しみ、灰と化していく術者の姿が映っていた。


うぷっ麻子

うぼあっ香澄

これはちょっとファフニール


 術者を倒してゾンビが地面に崩れ落ちたのは良いが、それと同時に鼻を摘まみたくなるような腐臭が漂い始めたのだ。これはいかんと、ブラックホールにぺいっと放り込むみやびである。


「さてアリーナに到着しましたが、中へどうやって入りましょうね、香澄」

「門には衛兵がいるわね、麻子。いつもあんなに大勢いるの? リリム」

「そんなわけないです、麻子さま、香澄さま、普段の常駐は四名のはず」


 リリムの父親は宮司という立場から、議会のオブザーバー役なんだそうな。ゆえに席を用意されており、会議に参列するという。だから彼女は詳しいのだが、宮司が参加する意義にしたって、ほぼ形骸化しているのだとか。

 さて黄金船が上空に在ることは、敵さんも察知しているはず。ならば攻撃してこないのは何故だろうと、誰もが首を捻る。


「自分たちが使う魔力でカツカツ、艦隊を動かす魔力も、対空陣地を動かす魔力も、無いんじゃないかしら、麻子」

「無信教が八割じゃその線が強いわね、香澄。是が非でもガリアン星を奪還したい理由の、裏付けにもなるわ」


 では門に向けてグラウンド・クロウ大地の爪でもぶっ放しますかと、相談を始める麻子と香澄。ところがたのもーと声を張り上げ、みやびがとことこ門に向かって歩き出しちゃった。


 まあみやびらしいと言えばみやびらしい。やれやれと肩をすくめ、後に続く解放チームの面々である。衛兵達が接近してくるみやび達を認識し、一斉に剣を抜いた。四属性ビーム銃でないのは、精霊信仰による魔力を蓄えた宝石を持たないからだろう。


「止まれ止まれ、見かけない服装、貴様ら何者だ」

「お控えなすって!」

「は?」

「さっそくのお控え、ありがとうございます。手前生国と発しまするは天の川銀河の惑星アマラ地球所属、姓は蓮沼、名はみやび、人呼んでみや坊と申します」


 やられたら倍返しのみやびだが、私怨の無い相手に前口上もなく、一方的に攻撃を仕掛けたりはしない。まずは仁義を切ってから、それで話しの通じない相手であるならば剣を交えるのみ。


「それでみやびとやら、はるばる遠い別の銀河から、我々のアリーナに何の用だ」

「中に評議会メンバーとアンドロメダ共同体の幹部がいるんでしょ? ちょっとお話しをしたいのよね」


 衛兵の隊長らしき人物に問われ、オブラートで包み隠すことなく、そのまんまを口にする任侠大精霊さま。そんなみやびの瞳が、一瞬虹色のアースアイに輝いた。


「お前たち、剣を収めろ」

「し、しかし隊長」

「死にたい奴は止めやしないがな」


 もしかしてみやび、無意識にチャーム魅了を使ったのだろうか。それともこの隊長さんが、ドンパチやっても勝てないと悟ったのだろうか。どちらにしても門が血塗られる事態は回避され、みやび達は無駄な殺生をせずに済んだ訳だ。


「案内しよう、付いてくるがいい。ただしアンドロメダ共同体の幹部らが、君たちをタダで帰すとは思わない方がいい」

「ご忠告ありがとう隊長さん、名前を聞いてもいいかしら」

「ユンカースだ。我々衛兵はこれ以上、君らを手助け出来ない。そこは肝に銘じておいてくれ」


 充分よと満面の笑みを浮かべ、ユンカースの案内でアリーナへ入るみやび達。さて敵さんはどう出て来るかしらと、口角を上げる解放メンバーの面々であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る